見出し画像

保育園て、アクですよね

 「保育園て、アクですよね。お母さんたちから子育てを奪って」

 まなび幼稚園の園長兼理事長は、訪れた人たちに堂々と言う。同族経営の2世だ。幼児教育についての専門家ではない。跡を継いだだけ。この理事長室には、議員と握手している自分の写真を額に入れていくつも飾ってある。
 「幼児教育の無償化は、私が安倍さんに直談判して、そしたら彼はやったでしょ」
 「それはよかったんだけど、まさか保育園の3歳児以上も無償にするとはね。あれが彼の失敗だよ」
 「われわれはね、保育園がアクであるし、あんな赤ちゃんを親からひきはなすべきじゃないって言ってるんだよ。かわいそうだよ。あんなに泣いてさ。そんで、働けってさ。お母さんに仕事させたらダメなんだよ」
 とにかく、保育園が悪で嫌い。幼稚園協会で役員もしているので、われわれ、で語ることも多い。

 今日のお客さんは若くてキレイ。理事長は機嫌が良くて、かなり大きなことをしゃべっている。

 
 「そうなのですね。では、素朴な疑問なのですけれど、なぜ、幼稚園さんは空き教室で保育園経営に乗り出しているのですか? 悪なのに」
 
 「あーー。あそことか、あそことか、でしょ? 背に腹は代えられないんでしょ。うちは定員うまってるけど、定員割れが激しいところはね、背に腹は代えられないってことよ」 

 「なぜ、保育園は悪なのに、幼稚園さんはお預かりしてまで長時間預かるようにしたのですか? 素朴な疑問です」

 「なぜ、お弁当ではなく仕出し弁当にしているのですか? 幼稚園さんならお母さんの愛情手作り弁当を選択すべき、とお考えなのでは? 給食にするならまるで保育園みたいですが。素朴に疑問です」

 
 若くてキレイなお客さんは、笑顔で素朴な疑問をいくつか投げた。そして、
「新鮮でした。保育園さんにお邪魔しても、幼稚園さんの、んーー、例えば、幼稚園さんが悪、といったお話は聞かなくて。今日は、貴重なお話をありがとうございました」

 
 幼稚園は経営が厳しいところが増えている。すでに、20年ほど前から保育園が主流になってきて、いまでは、保育園を卒園する子どもは、幼稚園の倍である。定員を減らしていき、空いてしまった教室で保育園を経営している幼稚園も増えている。必死なのだ。

 保育園は、むやみに保育時間を長くしてきたわけではない。無鉄砲に0歳児を保育してきたわけではない。家庭の時間を奪うことにならないか、子どもに負担がかかりすぎないか。安全か。常に葛藤や反対意見があったので、その都度データを取り、検証し、プロジェクトを立ち上げて、学んできた。学ばざるを得なかったのだ。幼稚園はそれをしてこなかった。乳幼児について、保育について、学ぶ機会がなかった。だから、取り残された者がいる。この理事長のように。




 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?