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●【500文字エッセイ】ミナペルホネン 〜choucho


その日私は急いでいた。
歯科の予約時刻には間に合ったが薄いダウンジャケットの下はすっかり汗をかいている。乱暴に引き剥がすように脱いだ時、ふわりと周囲に何かが散った。
周囲の人達も一斉にこちらを向く。

「あ!とりさんの羽」
近くに居た男の子が目を輝かせ、それをつかもうとした。

慌てれば慌てるほど羽は広がり舞い上がる。どこかでダウンジャケットに切れ目を入れてしまったらしい。

お直し屋『実家』へ直行した。
極薄のウルトラライトダウンの生地、しかも羽が飛び出ている状態はかなり手強い。年齢と共に酷くなる震えを抑え苦闘の末、母は何とか仕上げてくれた。
パチン!糸切りの音をさせてソファーに小さな体を背中から埋めた。

黒地に白い蝶々がついている。これはミナペルホネンだ。
春の先取りとはなかなか洒落ている。素直に労をねぎらう前につい口から出る。あ、でも私はあっちの鳥の方が良かったかも?
何言ってるの、鳥だとまた羽が飛んでいってしまうでしょう?
母の返しに、蝶々だって飛ぶ…を飲み込む。
そしてお茶、淹れるね、と立ち上がった。

お母さん、袖を見るたびにこの先もずっと
この会話を思い出すのでしょうね。

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