見出し画像

オリジナル短編小説 【地に足をつける旅人 〜小さな旅人シリーズ シーズン02 第一話〜】

作:羽柴花蓮
ホームページ:https://canon-sora.blue/story/

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

 陽だまり邸で平和な生活をしている新妻達の元へ結愛が飛び込んできた。
「結愛! どうしたの?!」
 亜理愛が結愛に手をかけて聞く。結愛はボロボロ涙をこぼす。
「もう、私達、ダメかも・・・」
「ダメって・・・。武藤さんと?」
「うん」
 泣きながら結愛は頷く。
「どうして? あんなに想い合ってるのに」
「武藤さん、いつも静かに微笑んでるだけなの。私が何をしても何も言わないの。普通、手をつないだりキスしたりしないの?」
ああ、といって亜理愛は納得する。
「ああ、ってお姉様!」
「武藤さんは野口家一筋だったから恋愛の仕方も、愛情の注ぎ方も知らないの。それを結愛が受け止めてあげないと。どうせ、デートでもはしゃいでばかりいたんでしょ?」
「うん。一人はしゃいで馬鹿な結愛って思ってた」
「困った旅人さんね」
 マーガレットがカードデッキを持ちながら来る。
「マギー! 助けて。私はどうすればいいの?」
「私達に出来ることは旅人の背中をそっと押すことだけ。恋占いはめったにしないし。それに結愛はどうしたらいいか解らないのでしょ? 告白は終わってるから、やっぱり旅人さんね、マリーはつわりで大変そうだから・・・」
「マギー。放っておくなんて卑怯よ」
「ってその状態でリーディングできるの?」
「一枚引きはしてきたわよ」
 万里有は今、つわりでダウン中である。それでもマギーがカードデッキを持って行くのを見て自分も事前リーディングしてきたようだ。
「結愛、恋と愛は違うのよ。私も現実逃避から始まった恋だった。それがいつしか愛に変わったのよ」
「マリーお姉様! その体では・・・」
「何言ってるの、この子は。アリーにそっくりね」
「そっくりって・・・」
「いくら大河が婚約破棄したとしても、私から婚約破棄とでもしないと最後の最後まで奪えなかったじゃないの。姉妹揃って手のかかる子ね。ほら。さっさと座る」
 いつもの旅人を迎える夏の定位置に皆、座る。
 マーガレットは優雅に座ると、カードをシャッフルし出す。結愛はそんなマーガレットを心配そうに見つめる。悪い結果がでたら、どうしようという具合に。
「だから、恋占いじゃないの」
 一度手を止めてマーガレットは結愛に言い聞かす。
「どうしようって声ばかりが聞こえるわ。少し冷静になりなさい」
 言われて、思わず、結愛は姿勢を正す。万里有はカードをテーブルに伏せたままだ。
 また、シャッフルが始まる。一定の所でシャッフルの手を止めるとまた扇状にカードを並べる。
「手に触れずに気になるカードを示して」
 結愛は泣きそうな顔でカードを見ていたが、意を決して一枚選ぶ。
「このカードね。『Grounding』、グラウディングってこういう世界では大地に足をつけてエネルギーをもらう、という言葉でもあるけど、結愛には違ったメッセージね。結愛はいつも武藤さんと会うときふわふわしてないかしら?」
「いつも、ふわふわとして、落ち着かないわ。何年経ってもドキドキがとまらないの。で、はしゃいで落ち込むことばかり・・・」
「ドキドキが止まらないのは素敵な事だけど、このカードは必要不可欠なもの以外は捨てなさいと言ってるわ。未来にそわそわするのでもなく、過去を蒸し返すのもやめましょう、と言ってるわ。目の前の問題に取り組んで内省する時間と言ってる。そのために大地に根を張るようにしっかりと足をつけなさいと。一度、お付き合いの仕方を考える方がいいのかもね」
「やっぱり、ダメなの?」
 結愛が聞く。
「だから。恋占いじゃないのよ。これからどうやって武藤さんと接して行くか考えるのよ。結愛は武藤さんの気持ちを考えたことあるかしら?」
「ただ、想ってくれている事しかわからないの。何を考えているかさっぱりわからないの」
「これは、武藤さんにも責任あるんじゃないの? 有能な秘書の顔を捨て去ってないのよ。秘書はどんな感情も隠してしまうもの」
 一姫が指摘する。
「それはそうね。でも、だからって感情を考えないまま進むと破滅よ」
「マリー、刺激が強い言葉はさけてやって」
 亜理愛が頼む。
「もう。やりにくいわね。私の出したカードは『ワシのスピリット』、キーワードは『自由』よ。でもどちらかというと違うメッセージを受け取ったわ。自由にどんな人生でも選べるけど、ワシに乗って空高く舞い上がり、その下界の光景を客観的に見るようにと、私は感じたわ。そこに自由もあるけど、もっと状況をよく見なさいと。これは今のマギーの解釈と合わせれば自ずと解るわね」
「ええ。武藤さんと向き合う時間と、私自身と向き合う時間が必要なのね」
「エクセレント! そうよ。しっかり自分を見つめて。はしゃぐだけが恋でも愛でもないのよ」
 万里有が言う。
「エクセレント、って随分、英語に染まったのね」
 一姫が嫌みっぽく言う。
「悪かったわね。別に結愛をいじめてるんじゃないのよ。私達が味わったあの苦痛を味って欲しくないのよ。二人は自由なのよ。自由に恋をする権利があるわ」
 万里有の辛そうな声に、一姫達ははっとする。
「ごめん。マリーは、実家以外は敵なのよね。マリーが婚約破棄して捨てたってことになってるから」
「そうなの? マリーお姉様」
「もちろん。そういうことにしてと、おじい様に頼んだのよ。野口家を立てるにはそれしかなかった。吉野家の面目が少々へこんだってあの家系はしぶとく生き残るわよ」
「そんな・・・」
 愛の向こうにそんな話があったとは結愛は信じがたかった。自分と武藤の恋愛はどれほど自由だったのかと思い知った。
「マリーお姉様」
 近くへ行って抱きしめる。
「よしよし、泣かなくていいのよ。こういう所も亜理愛にそっくりね。あの時も亜理愛は泣いたわ」
 そんな女性達の中に夫君が入ってきた。
「おーい。武藤が死にそうだぞ。恋の病で」
「征希!」
 征希が武藤をずりずり引っ張ってくる。
「ちゃんと歩けます!」
「逃亡するだろうが。ちゃっちゃと来い」
「逃亡って・・・。武藤さん!」
「ゆ、結愛? どうして」
「どうしたもこうしたもないわよ。あなたが手を出さなさすぎて気がないんじゃないかと思い悩んでるのよ。手ぐらい握りなさいよ」
「て・・・て・・・」
 武藤は倒れそうだ。
「ほら。武藤さんはこんなに初心なのよ。手を握るなんて考えただけで失神しそうなだから。武藤さん! しっかりしなさい。結愛がどこかへ消えるわよ。あなたと同様に」
「結愛? あ、そうだった。私が何もしないせいで・・・。いつも結愛は可愛い子で華奢なその体に触れると壊れると思っていた。そうではないんだね? 結愛」
「そうよ。もっといろいろな体験をして向かい合いたい。私は恋に恋していただけなの。これから本当に武藤さんとの恋と愛を見つけたい」
「ほれ。武藤。結愛と話つけてこい」
 武藤を結愛の前に突き出す。
「いってらしゃ~い」
 万里有が手を振る。二人は屋敷の東屋に向かう。マーガレットがカーテンを閉める。
「外野は見ないの」
「面白い所なのに」
 征希がのぞき見しそうなのを万里有がデコピン制裁をする。
「いてっ」
「他所の家庭見ているひまがあったら。我が子とお話でもしてなさい」
 そう言って万里有と征希は退場する。
「どうやら、マリーと征希が手を組んだみたいね」
 にっこり微笑んでマーガレットが言う。
「いつの間に・・・」
「あれがマリーと征希の実力よ」
「恐るべし吉野家」
 一姫が言っている側から大樹が抱き上げる。
「大樹!」
「有能な平社員が使い物にならないのでな。今日は店じまいだ。さぁ、こちらも我が子とお話だ」
 お姫様抱っこしながら退場する。
「あれ、するの?」
 残っている亜理愛が一緒に帰ってきた夫、大河に聞く。
「やって欲しければやるが?」
「やめとく。恥ずかしいから。我が家も我が子とお話よ」
 亜理愛は大河と腕を組んで出る。
「あらら。残ったのは私だけね」
 マーガレットが言うと側にリチャードが来る。
「僕達には子供はいないけど、お互い語り合う時間はあるよね?」
「もちろんよ」
 二人は生活している部屋に消えた。

 一方、武藤と結愛である。武藤は結愛をじっと見つめる。
「触れると言ってもなにをすればいいんだい? 結愛」
「違うの。気づいたの。私は武藤さんの愛情を誤解していた。そっと見守ってくれていた愛情を知らなかった。でも。今は違うわ。どれだけ思っていてくれていたか思い出したの。私のために野口家を捨てたあなたを。私がわがままだったの。子供だった。大人の愛を知らなくてはいけないのね」
 結愛は微笑む。その結愛にそっと顔を近づけた武藤はキスをする。
「武藤さん!」
「いけなかったのだろうか?」
「違うわ。この瞬間を待ってたの。でも愛ってそういうことじゃないのね。ふわふわ浮き立つ心で考えることじゃないのよ。いつも浮ついていた私を許して」
「許して、など。私が触れぬままで結愛に辛い思いをさせた。すまない」
「謝らないで。それが武藤さんだもの。初心な武藤さんなの。ありのままを受け入れてなくて理想の武藤さんを作り上げてしまっていたの」
「理想の武藤さん?」
「そう。お姉様みたいに・・・」
 それ以上は結愛でも口にすることははばかられた。その意味を知って武藤もためらう。しかし、結愛の頤にまた手をかける。
「私が間違っていた。こうすればいいんだ」
 二度目のキスを二人は交わした。

「武藤は本当に初心だな。あれだけ愛しているのも伝わらないっていうのも何やら可哀想だ」
「征希みたいにはっきり言えればいいのにね」
「マリーは俺だけを見るの」
 久しぶりに顔を自分の方に寄せる。
「いつも見てるじゃない」
「それでも足りないの」
「いつになったら年頃の男の子からパパになってくれるの? 子供とパパの取り合いなんて嫌よ」
「産まれるまではいちゃついてもいいだろう? こんな天気のいい日に東屋で愛を語れないが災難だ」
「なーにが、東屋よ。武藤さんと結愛が行ったから解った場所でしょ?」
「はい。そうです」
 頭を下げて制裁を待つ。すると真理愛が急に征希の頭を抱える。
「たまには夫婦水入らず」
「万里有。愛してる」
「私もよ」
「ちゃんと言って」
「わかったわよ。私も征希を愛しているわ。側にいなくなるのが怖いほど」
「いつもいるじゃないか」
「それでも。時々不安になるのよ。征希との恋愛は私の現実逃避から始まったから。最初は本当に好きなのかしら? って思ってたのよ」
「今は?」
「さっき言ったでしょ?」
「もう一度」
 子犬の眼に負けて万里有は言う。
「もう。征希愛しているわ。ずっと」
「俺も万里有を愛している」
 そう言って征希は万里有を抱きしめる。随分と成長したことだ。硬い体にふっと思いがよぎる。思っているうちに首筋にキスされる。
「もう。パパったら」
「今だけパパはやめて夫」
 二人は夫婦の時間を堪能した。

 自分向き合い、恋人と向き合った結愛。無事。大地に根を下ろすことは出来ただろうか。それは聖なる旅人しか知らない。

 地に足をつける旅人の物語は今、始まったばかりだ。

 あなたの道を後押しします。

 明日もまたその言葉に惹かれて旅人がやってくるだろう。


【Fin.】

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
応援したいと思ったら「いいね」♡
他の作品も気になる方は「フォロー」♪
コメントで感想もお待ちしています!
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+


この記事が参加している募集

#恋愛小説が好き

4,947件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?