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オリジナル短編小説 【はじめの一歩を進む旅人〜小さな旅人シリーズ09〜】

作:羽柴花蓮
Wordpress:https://canon-sora.blue/story/

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 その日は雨、だった。豪雨ではないが、しとしとと降っていた。秋雨前線だろうか。秋の雨が来たのか、と万里有は思った。現在、万里有は征希の受験勉強を手伝っている。兄は手を出すなと言われたらしく教えてやりたくてもやれないジレンマを抱えていた。その救世主に万里有、というところだ。亜理愛と大河は古文書にはまり。大樹と一姫は武道にはまり、残ったのは万里有とマーガレット。当然、受験してきた万里有に軍配があがる。ので、こうして卒論の本を読みつつ、征希に付き合っていた。
 しかし、外から泣き声が聞こえてくる。猫でもなく、人の泣き声だ。少し窓を開ければ看板の前で立ち尽くして泣いている女の子がいた。
「征希! また後でね!」
 万里有は走り出す。旅人だ。この陽だまり邸にくる迷い人を皆、今では旅人と呼んでいる。人生の大きな道に迷った旅人。ちょっと背中を押すだけのほんのわずかな事をここの人間はしていた。主にマーガレットと万里有だが。
「亜理愛! 暖かい飲み物用意して!」
 古文書ルームに向かって走りながら怒鳴る。マーガレットが静かに過ごしている部屋に行く。
「女の子が泣いているわ。たぶん。恋がらみだけど、どうする?」
 どうするとはリーディングである。ただの雨宿りもできるので亜理愛に指令を出したのだ。
 マーガレットは一瞬外へ神経を向けたが、万里有に向かって頷く。
「恋占いじゃなくてもあの子には暖かい飲み物とおしゃべりが必要みたいね。リーディングしましょう。万里有も事前に一枚引きしておいて」
「ラジャー」
 バスタオルとドライヤーを確保すると一姫に押しつける。
「リーディングの修行があるからそれまでお客様対応しておいて」
「ちょっと! マリー!」
 ようやく愛称呼びがなれた一姫である。
「姫、行ってこい。きっと大きな力になる」
「うん!」
 大樹の頬に軽くキスをすると一姫も走り出す。そして扉をあける。
「ようこそ。小さな旅人さん。雨宿りはいかが?」
「たび・・・びと?」
 しゃくり上げながら女の子は聞き返す。
「とにかく屋敷に入りなさい。風邪引くわよ。恋の占いはできないけど人生の背中を小さく後押しするぐらいは無料でやってるわよ。とにかく入りなさい」
 一姫の命令慣れに違和感を抱かなかったのか、女の子は足を踏み入れる。高校生のようだ。
「私は一姫。ここでは姫、と呼ばれているわ。あなたは?」
「栗栖蒼衣。おねえちゃんが、婚約したの。すごく素敵な人と。私はその人を見て恋に落ちたけど、おねえちゃんには敵わなかった。やっぱりあの人はお姉ちゃんを選んだの」
 わっと泣き出した蒼衣の肩を抱きつつ一姫は客間に入る。
「少し寒いのね。今日は少し暖房を入れた部屋を用意するわ。私も道着から着替えなきゃね。これ、バスタオルとドライヤー。ここにいる間に洗濯するから、着替えを持ってくるわ」
「ありがとうございます。一姫さん」
「姫、でいいわよ。家主がそう決めてるから。じゃ、また後でね」
 パタン、と扉が閉まると蒼衣はなんとなく体をバスタオルでくるみ髪の毛を乾かし始めた。
 ノックがする。蒼衣が開ける。
「私はマリー。この家主と親友なの。あなたの面倒を見るように言われたわ。着替え持ってきたから帰る頃には洗濯と乾燥が終わってるはずよ。じゃ、見られたら恥ずかしいだろうから外で待ってる。着替えたら合図にノックして」
 そう言って万里有は出る。数分後、音が聞こえた。
「制服ね。ちゃんとのり付けしてあげる。とは言っても命令出すだけだけど。さぁ、暖かい部屋に行きましょう。チャイを用意してくれているはずよ」
 二人は歩く。蒼衣は何も話さない。心がずん、と言うほどに沈んでいた。それは万里有でなくともそう見えた。
「こちらへどうぞ。お客様。私は制服を洗濯機に入れてくるから中で待っていて」
 客間の一室のドアを開ける。そこにはもうマーガレットと亜理愛、一姫がいた。蒼衣は少しためらったが、すっと前に足を出した。それを見てマーガレットが微笑む。
「もう。第一歩を踏み出したのね」
 蒼衣には何のことかわからない。
「座ったら? 飲み物もあるし」
「私の特製チャイよ」
 一姫と亜理愛が言う。マーガレットが指した椅子にちょこん、と蒼衣は座る。
 一方、万里有は大河に洗濯を押しつけていた。
「また、私か? 女性のものだぞ。相手に知られたら死ぬほど恥ずかしいはずだ」
「私が洗濯することになっているから大丈夫」
「はったりは見物だな」
「よく解っていらっしゃる。現、婚約者さんは」
「嫌みか?」
「嫌みよ」
 あっかんべー、とすると万里有は客間に走って行った。
「子供なのか大人なのか・・・。まぁ、私まで勘当されるわけには行かないからなぁ。亜理愛・・・すまぬ」
 想い合ってもまだ結ばれない相手を想って大河は謝る。それからひと息つくと洗濯機に制服を入れた。

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