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オリジナル短編小説 【ウィンターコスモスの物語〜花屋elfeeLPiaシリーズ36〜】

作:羽柴花蓮
ココナラ:https://coconala.com/users/3192051

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 ここに一軒の花屋がある。花屋elfeeLPia。その花屋はこじんまりと街の中に溶け込んでいた。そんな花屋elfeeLPiaは店長、一樹と小さな店員向日葵が回している。一樹の妻、萌衣も時折、顔を出す。そしてこの花屋elfeeLPiaの名は妖精が感じられる場所という造語だが、まさにこの花屋には花の妖精がいるのである。その妖精と意思疎通まで図れる向日葵は、店主一樹の実子でないものの、次期店長が確定していた。そんな向日葵も中学三年生。受験生である。いつもは花言葉を持つ妖精と客の橋渡しをしていたが、一樹に散々言われて今は店のテラス席で受験勉強中である。それでも学校が終わると一目散に店に向かってくる。そして最近は妖精とはあまり接する機会が少なくなったが、短い時間ながらもしっかり妖精と絆を確かめ合っていた。

 そんな向日葵に変化が訪れた。ある秋の日、もう十一月に入った頃、いつも通り妖精と話そうと天井を見上げた向日葵は、目をパチパチさせた。今まではっきりと具体的に見えていた、妖精が見えないのである。光がぼんやりとしている。たまに妖精を見る事の出来る人の中にはこの程度に見える人もいる。だが、向日葵は小学生の時からの付き合いである。いつもは声も姿も見えるのに・・・。向日葵に不安が走る。一樹に駆け寄る。
「いっちゃんー。妖精さんがー」
 もう半泣きである。勝ち気な向日葵ではあるが妖精の存在が向日葵を支えていた。その支えがなくなりつつある。一樹は向日葵の目線に立って話す。
「来たんだね。その時が。今が大勝負の時だよ。ひまちゃんが妖精を見れなくなったのは大人になった証拠。このまま見えなくなるか、再び見えるかはひまちゃん次第。萌衣さんもこの頃から見えなくなったらしい。今はまたちょくちょく目にするようだけどね。そうだなぁ。
ひまちゃんにはこの、『ウィンターコスモス』の花をあげる。花言葉はわかるね?」
「うん」
 向日葵は泣きそうな顔で花を受け取る。
「『もう一度愛します』、『忍耐』、『調和』。でしょう?」
「そう。それが今のひまちゃんに必要なこと。さ。この花を見ながら受験勉強しておいで。みんな集ったようだから。この話はいっちゃんとだけの話ね。萌衣さんにも言わないから」
「うん」
 一瞬、一樹は向日葵が泣くと思った。それほどか細い声で答えた。だが、顔を上げた向日葵はいつもの向日葵だった。いや、それより強い表情だったかもしれない。向日葵も腹をくくったのだ。ここで見えるか見えなくなる所で、見たい、という気持ちが勝ったのだ。ずっと側にいてくれた妖精。今度は向日葵が妖精に寄り添う番だと認識したのだ。向日葵は親友達の集るテラスルームへ向かっていった。
「相変わらず、強いねぇ。ひまちゃんは」
「あなたもでしょ」
「萌衣さん」
 妻の萌衣が娘の彩花を抱いて立っていた。
「そういえば、俺の時もウィンターコスモス、じぃちゃんにもらったなぁ」
「さっき、妖精の大群が、ひまちゃんを助けろと押しかけたわ。こればっかりは本人の力でしか解決出来ないのに。ひまちゃんは愛されているのね」
 それでも消えぬ、影があるが。いずれ、消えるだろう。賢太という恋人とともに。今は、まだ、海外だ。いつになれば向日葵のロマンスは始まるのか、と萌衣はきりきりしていた。
「それも、また乗り越えていくよ」
「そうね」
 三人で親子劇場をしていると向日葵達のの声がする。
「萌衣さーん! 解き方教えて~」
 最近はいっちゃんと呼ぶより、萌衣さんと呼ぶときが多い。少し寂しい今日この頃の一樹である。
「さて。私は仕事に戻ろう」
 そうしてまた接客に戻った一樹だった。

 そんな衝撃的な一日を終えて向日葵は受験勉強そっちのけでウィンターコスモスを見つめていた。先ほど植え替えしてあげたところだ。コスモスとは言うが、コスモスの仲間には属していない。冬にコスモスのように咲くのでそういう名前が付いた。初心者でも栽培しやすく、庭に植えると雑草並に増えることもある。白い花、もしくは黄色い花が咲く。
 そんな花を見ていると冬の寒さにも耐えて咲くウィンターコスモスは今の向日葵と一緒だった。高校へ行くために仕事をセーブして受験勉強をする。最近、妖精と話すことが少なかった。「再び愛する」。この花言葉は受験期を通り抜けて再び妖精と繋がれるのではないかと向日葵は思った。そうしていると、妖精と会うためにはまず、受験勉強を頑張らないといけない。そう思った向日葵は、窓辺に置いたウィンターコスモスを一度見つめて学習机に向かった。そんな向日葵をウィンターコスモスの精がじっと見て観察していた。そして一心不乱に勉強に打ち込む向日葵ににっこりと笑いかけていた。大丈夫よ、と心の中で言いながら。

 向日葵と会話できなくなった妖精達は一樹に直訴していた。朝、開店と同時に妖精達が列挙する。そしてまた一片通りの返事をする。これは向日葵が成し遂げる山だ、と。きつく言うと契約主には逆らえぬと、しかたなく自分の花の所で、客を待ち始めた。

 そして、また向日葵が一連のダチを連れてやってくる。一応天井や横の壁を見るが、やはり見えない。そっとため息をつくと頭の中であの花言葉を浮かべてぐっとこらえる。
 今は忍耐が必要なのだ。そして妖精を再び愛することができれば、きっとまた妖精と通じ合うことができる。そう向日葵も一樹も思っていた。

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