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【コラム】母とピアノ


先日母からお願いをされた。

『楽譜探してくれんかねぇ…弾きながら歌ってみたいんよ。』

母からお願い事をされる事は、ほとんどない。
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私がまだ幼い頃、ヤマハ音楽出版から発売されていた『月刊PIANO』を母は毎月買ってくれていた。
当時は500円(今880円)というお手頃価格なのに、中身はとってもボリューム満点で、今読み返してもめちゃくちゃ良い内容だ。
毎月どのアーティストの新曲がピアノ譜として掲載されるのか、または、知らなかったどんな素敵な曲と出会えるのか、ピアノが大好きだった私は、毎月の発売日は友達と遊ぶよりも、学校から帰宅して、新譜と出会う事が当時何よりの楽しみだった。
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母は、少しだけピアノが弾けた。
なぜなら、若い頃保育士を数年だけ経験していた。
保育士になるまでの、母が幼い頃の話は、時代的なところもあるのか、聞いただけで可哀想になるほど、裕福な家庭じゃなかった。

『給食代を払えんけんね、おばぁちゃん(私の祖母)が学校の先生に手紙を渡すよう、毎月持たすんよ。教室で皆んながおるところでその手紙を出すのが恥ずかしゅうてね。』

『ピアノに憧れてねぇ、近所のお金持ちの〇〇ちゃんちに、お願いして触らせてもらいに行ったんよ。』

そんな母は保育士を夢見て、昼間は工場勤務、夜は保育学校という専門学校時代を経て、夢の保育園の先生になった。
そして、私が産まれた時には、母が保育士になってからコツコツ貯めたお金で買ったアップライトピアノがあった。

そんな大切なピアノも、母は楽譜は読めるが、決して上手い訳ではなく、初心者レベルだ。
私が子どもの頃、母のレベルをあっという間に追い越して、気付けば私がピアノを弾くと、母が感動して泣いていまう事がしばしばあった。汗

『あんた自由に弾けてからええねぇ。色々思い出すわぁ』

だいたいこのセリフを毎回言われた。
あまりにも号泣してくれるもんだから、私は笑いながら毎回その言葉を聞いてあげてた。
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そんな母が自分から、
『弾きたい』
『歌いたい』
と、使い慣れないラインでメッセージを送ってきた。
今の時代、インターネットで楽譜はすぐに探し出せ、その日のうちに手に入れられる。
『月刊PIANO』を毎月心待ちにしていた時代を思い出すと、なんとも言えない気持ちになる。

母は楽譜をネットですぐに探せる事を理解はしているので、携帯もパソコンも苦手な母はとても申し訳なさそうだった。

『街の楽譜屋さんに行けばすぐに見つかるんだと思うけど、、、』と気をつかう母に『良いよ。すぐレターパックで送るね』
私は翌日には送ってあげた。
なぜ『弾きたい』と突然言ってきたのか、言わなくても、私はわかっていた。
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楽譜の件の数週間前に、母の姉の旦那さん、私からみると叔父が、先日突然亡くなった。
母が工場勤務と夜間学校で過ごした時代、唯一叔母伯父が近くに住んでおり、良くしてくれてたという話は何度か聞いていた。
私にも優しい叔父だった。家系の中で、1人だけ地元を離れ関東で過ごす私に対して、コロナ禍で大変なんじゃないか?と何度か食料を送ってくれた事があった。
御礼を言いに会いに行きたい。そんなことを思っていた矢先だった。
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母がリクエストした曲は、
『愛のカタチ』中村つよしと『愛燦燦』美空ひばり。
ネットで購入印刷した楽譜を、自分でも弾いてみた。
初心者レベルの楽譜を探したものの、母には難しいかもしれないな…そんなことを思いながら、私もなけなしのお金で買ったキーボードで何度か弾いた。
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ここ数年、年齢的に周りの人とのお別れが多くなってきた母。
母自身の衰えもあり、離れていても、何となく元気ないんだろな、と感覚的に感じること続いている。
そんな母へ、叱咤激励の言葉ばかり送っていた私。
叔父の死の知らせを機に、あぁなんか悪かったなぁ、と、胸が痛くなった。
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音楽が好きな1つは、その時の状態に無条件で寄り添ってくれるところが、私は大好きだ。
それが心にとって、とても癒しになる事を無意識に分かっている。なのに、対人間同士になると、なかなか厄介で相手にとって必要な言葉を送れなかったり、特に近しい人こそ、優しさや愛情を送る事が、心の中が単純にややこしい。
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『愛のカタチ』と『愛燦々』
練習の進捗具合について、お伺いラインを送ろうと思う。

精一杯が、こんなことしか出来ない今のワタシです。


あなたにとっての好きな文章だと嬉しいです★