蓮水レイ

水底から。雑記。

蓮水レイ

水底から。雑記。

最近の記事

面影

ひかりに名前をあげるだなんて無粋な営みが、すっかりあなたを塗り替える。それもこれも神様のせいなのだから、あなたに名前があるのだって対等な一瞬間のスパークだとわかった途端、手紙だって正しく無意味になる。触れ合えない目と目がなにもかもを物語るのを見届けるためだけの生。 水中ではなく波の直中にじっと立ち止まって、夜が明けるときのグラデーションを反芻しているうちに、わたしたちのかつての生は丁寧に巻き戻される(それはわたしの手の中に収まり、あの懐かしい惑星によく似た温度を保っている)

    • 獣たち

      反射でうまれる色たちが眩しくって、透き通れたら、って口にまで出した。 カーテンを閉じてないと生まれない隙間から差し込んでくる、冷たいのにぼやけた感触が、手を差し伸べてるってみんなは言うけど、手招きの間違いだよ、って教えてあげたい。 撫でて、毛並みに逆らって。 伸びきらない爪の先も、白く弧を描く。 馴染ませるように身を隠した獣と呼応する眼差しが、潜ませた呼吸が、新雪を溶かすようにわたしの唯一無二性の在り処を暴いて、それに伴う痛みが何より冬めいている。 冷えきったせかいで自

      • 秋思

        年老いた木の静けさをてのひらで知ったとき、その樹皮が語るすべてをさみしさと呼んでわたしは自分勝手に泣いていたかったのだと思い知った。 痛がったことは無かった。傷はいずれ塞がるからだ。過去を引き合いに出すことは、四六時中春だけを待っているように愚かで、可愛らしい営みだと認めながら、それでも春にわたしは似合わなかった。相応しくない、と言うべきかもしれない。 沈黙。 深い森を抜けた先にあるものにばかり思いを馳せて、見放した数多の木漏れ日さえいつかあなたを、わたしたちを、祝福する

        • ハレーション

          神様から解放されたあなたの、冷めた緑色の血管に指先で触れた。愛撫は両の目だけで十分すぎるほどだと思った。体温の生々しさが、切迫した生が、性が、耳鳴りのようだった。 海がみたい、と言った。 何度目でも夏はハレーションを起こしたように、鮮烈でありながら曖昧である。 だから懲りずに夏を待っている。 たましひ、と言えば大袈裟な、午睡から覚めたような心地が、平坦なせいかつが、皮膚に滲む熱が、途端に恐ろしくなって、口先だけで繰り返した歌をまた口先だけでひたすらになぞる。心のありかを確

          永遠と結晶化

          正直に生きられない、と泣き出しそうになると決まって喉はジクジクと痛み出して、まるで真っ赤なルビーがつかえているように発熱する。 張り裂けられないこころの代わりに内臓や肌が破れるのなら血なんていくらでも流れればいいと思った。 やけに軽い春の亡骸を抱いている。 正直者のあなたはどんどん透き通って、風とひとつになる。はつ夏の風にわたしは何度もあなたを感じる。それは同時に何度もあなたを忘れることだ。 せめてもの祈りであった花瓶の花たちはとうに虚飾に成り下がって、こぼれた花弁を散

          永遠と結晶化

          芽吹

          毎夜毎夜、いのちのはじまりへの歓声を閉じ込めた胸が祈りを捧げたので、あなたは疾うに神様のかたちをしていました。ペリドットのように結晶化した芽吹きの気配は控えめな不安を孕んで、見透かされているとわかる瞬間の居心地の悪さを春の直中で思い出してしまう。だからもうずっと夢の中では季節が死んでいると言い出せないでいます。 読み終えた本の束を端に寄せて、わたしはこれから便箋をひろげます。花筏なんかに怯えなくてもひかりはそこらじゅうに溢れていて、わたしの眼はあなたの輪郭をなぞることができ

          徒花

          すっかり空けた酒瓶に徒花を挿して、「あなたを赦すための儀式」は予定通り行われました。薄緑のガラス瓶の透明度の分だけ赦されたのはわたしです。聞き入れられたのはかつての願いでしかなく、薄情な部屋にはそれでも、やわらかいひかりが差してガラス瓶に居場所を与えていたのでした。 思い出は鱗。 鈍くひかりを反射して容易く色を変えるから。 だからだいじなのはこころだよ、って伝え損ねてしまったところからわたしたちは解けてしまったのでしょうか。 春の度に腐敗して零れてしまうのはあなたのここ

          無限ループと螺旋

          それでも、初任給で花を買ったのはせめてもの抵抗であり、ずっと欲しがっていた愛でした。 3度目の深呼吸で間違えて吸い込んだきみへの眼差しが生温かくて、僕らはもうじき陸にあがらなくてはいけないのだと再び目をひらきました。きみのあばら越しに見えた世界が、いつまでも僕のものにはならないことに安心しきってようやく言葉が喉を震わせたのです。やさしくなるために必要なことなんて別にないって笑っていられたら、僕ら何度だって鼻唄で同じフレーズを繰り返し繰り返して留まり続けられたのでしょうか。

          無限ループと螺旋

          輪郭

          らるらーらるーららるるらーるーらー 頭の中で歌声が鳴り止まなくて、詞のない歌に言葉はかき消されてしまうから、わたしは眠るしかないのだと緩やかに冬に閉じ込められています。 そういえば、冬の海をまだ見ていない。 そうして今日も生かされているのだとわかる。 呼吸は意識すると途端にぎこちなく、それでも冬の中では肺の形までわかるくらいに自分を確かめられている。吐く息が白いと安心するじゃないですか。 南天の実がぽろぽろこぼれて、あ、と声になる前に何もかも手遅れになるのを知ってしまっ

          生まれなおし

          呼吸の仕方を誰に教わるでもなく、真似事を上手にこなして生きてきました。雨に目をつむることも、晴れに目を薄めることも、わたしの意志とは無関係で、本当は何も考えずに生きていたし、そうして生きていたかったのかもしれません。 わたしはわたしのことばで話せているでしょうか。 内臓を覆う皮膚を暴いて、肋から覗く心臓の色を確かめてほしい。脈打って生きていることを教えてほしい。 容易く同一視してしまって、心だけならあなたと同じに為れる気がしていて、そのためならこんな身体今すぐ捨てられる

          生まれなおし

          遊泳

          まだ眠り足りない日々の真ん中で、ただてのひらの感触を確かめている。 両手で水を掬って、指の間、両手の薄い繋ぎ目から零れていく水の行方を目で追う。 冷たい水の中に浸された身体。 ここに留まって生きられないのは、かつてここから産まれ、やがてここへ還るからだろう。 素肌で感じる水はいつでも懐かしく、いつかの名残をたしかに感じさせる。 心音はくぐもっている。 バラバラになった水粒がまたひとつになってゆくように、僕もまた、いずれなにかの一部として還ってゆくのだろう。 それまでは

          ことば

          意図せずうまれたことばたちは本当に真っ白なところからやってきていると思いますか? ことばに委ねている。 生まれてからずっと自分の心の在処が曖昧。 本当に伝えたいことなんてなんにもないんだ。 自分の中で絶えずすべてが流れていて巡っていて留まることを知らないから冷たいままなのかもしれない。 それでも歌うのは、ことばが、うまれたままの心を導いてくれると信じているから。 ことばを愛しているから。 美しさだけが本当だと思う。それは心の呼応だから。 明確な意図から歌を生み出せない。

          春愁

          詠めない日々が続き、何も生み出せていないことから生じる引け目から読むこともできない日々が続きました(Twitterに浮上していなかったのもそのせいです)。 冬の張り詰めた寒さの中では認識できていた自分の輪郭が、春が近づいて雪が解けるのにつられるようにぼやけていってしまったので、その心許なさでいつにも増して上手に歩けない、そんな日々でした。 外界との境界線が無いというのは恐ろしいことです。 春は好きですか。 春はあたらしい季節ですね。 あたらしいいのち。あたらしい出逢い。

          喉に住まう蝶

          人間は喉に蝶を住まわせている。 喉仏のすぐ下で、蝶はその翅を広げている。 父が同じ病気だった、と母は言った。確か、と後に加えて。看護師が手早くメモを取っているのを私はぼんやり眺めていた、気がする。もう何年前の話だろう。漠然と、自分はもう死ぬのか、と思いながら母親と看護師が交わす言葉を聞いていた。私はその当時も父の顔を覚えていなかった。 たくさん検査を受けた。病院の日当たりのいい廊下と初めて見た自分の血液の色以外はもう忘れてしまったけれど。 若い医師が私の身体で起こっている

          喉に住まう蝶

          心臓の辺りにぽっかりと穴が空いているような、それでいて、なんとなく重怠い感覚が纏わりついているような。 感情を整理するのに時間がかかっているのはきっと僕自身がそれを拒んでいるからなのだろう。 事実だけがそこに在って、大きな穴を開けていて、空けていて、その虚無を前に僕は為す術もなく、膝を着いてただ途方に暮れている。 昇華と消化が同じ読みである皮肉、とでも言うべきか。なにもかも言語化できてしまうことは必ずしも幸せではないし、そうしないと生きていけないということは残酷なことな

          毎晩同じ夢をみる。毎日同じような時間に目醒めて、昨日と今日、夢と現実の境目が曖昧になっているのを感じて何かから逃れるようにまた目を閉じる。 自室にあったはずの水槽が姿を消していた。 飼い猫があの子たちを食べてしまったのかとふと思う。飼い猫の瞳はあの子たちの鱗と同じ色をしていた。 水に触れたかったのはわたしだ。 日が沈む前の紫がかった空に無理やり星をぶちまけて三日月を貼り付けた天井がやけに綺麗だったことを忘れられずにいる。 空は天井。大きな大きな得体の知れない何かに壊され