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月猫、今宵あなたのもとへ【物語】 加筆・修正版
ルナ・レモン・マロングラッセ・エレファントカシマシ・朔太郎Jr.。
ちょっと長いけど、ぼくの名前だ。息つぎなしで言おうとすると苦しくなるから、良きところでブレスしてくれ。
これからルーチーンってやつをする。特別なお出掛けだ。
夜に向かって闇が浸透する世界。それに抗い輝く街。闇を優しく照らす光。一緒に来ればぜんぶ見られる。
それじゃ、ぼくのしっぽについておいでね。行くよ?
ホロミー!
◇
まずは、原っぱを抜けて町へと繰り出す。ルーチーンの始まりだ。
月見草の間から顔を出した瞬間、お散歩中のコーギーと目が合った。でも、吠えられなかったので今日は良い日。
夕暮れ時。部活帰りの中学生がぼくに駆け寄ってくる。「ルナ、ルナ」と呼んで、道端の猫じゃらしを引っこ抜き、彼女達はぼくと遊んでくれる。
商店街を歩いていると、自転車屋のおじさんが、「レモン、おいで」と手招きし、飼い猫のベルちゃんのついでに、ぼくにもカリカリを用意してくれた。んまい!
夜が空から降りてきた。ケーキ屋のパティシエのおねえさんが、お店のシャッターを閉めているところにさしかかる。するとおねえさんは、「マロングラッセ、きみもお勤めご苦労さん」と言って、ぼくの背中を撫で、毛並みを整えてくれた。
駅に次々と電車が到着し、人が流れをつくって改札口から出てくる頃、ぼくは特等席に座る。そして、彼が路上でギターを掻き鳴らして歌うのを聴く。チラホラ立ち止まる人もいる。
歌が終わり、パラパラ拍手のあと、ギターケースに投げ込まれるコイン。
「よう、エレファントカシマシ。今夜も聴いてくれてありがとう」
ギターを担いだ彼が、最後ぼくに挨拶して帰ってゆく。
スナックやバーの建ち並ぶ路地裏。ポリバケツに腰かけ休憩していたバーテンダー見習いの男子が文庫本から顔を上げた。チョッとねず鳴きしてぼくを呼ぶ。彼の膝にピョンと飛び乗る。
何を読んでるの?って覗き込んだら、「朔太郎Jr.にはちょっと怖すぎる本だよ」だなんて言う。
『犬神家の一族』?! うぅ~、ぶるるる…
◇
さて、最後のルーチーン。
丘の上にある公園で、仲間達とお月さまを眺めるんだ。そして、ぼくらはアオーンと夜空に声を響かせる。まるでオオカミみたいに。
「ルナ・レモン・マロングラッセ・エレファントカシマシ・朔太郎Jr.」
「はい。ぼくはここです、お月さま!」
「人間達は、おまえの瞳の色から私を連想するようね」
「え?そうなの?」
「ふふ、とにかく、ルナ・レモン・マロングラッセ・エレファントカシマシ・朔太郎Jr.よ」
「はい、なんでしょう?」
「よく食べ、よく寝て、よく遊び、健康に安全にこの世を楽しみながら生き抜くのですよ。みんなもね」
お月さまの優しい光が、辺りに満ち満ちてゆく。
「あなた達によって、この世は捨てたもんじゃないと思った人間が、あなた達に名前をつけてくれるはず」
お月さまからの言葉に、くすぐったいうれしさが込み上げてきて、ぼく達はムンッとアゴを反った。
◇
これにて解散となったが、ぼくはこれから最近新しく加わったお出掛けルートに寄ることにする。
毎晩泣いているあの人のところへ。
ぼくが縁側に来るとね、あの人は少しの間、泣き止むの。
「月子、心配で帰って来てくれたの?」
ぼくによく似た黒猫の月子ちゃん。目の色もぼくと同じだった。二週間前、虹の橋を渡った子。
「ごめん、ごめんね、月子。何もしてあげられなかったね。助けてあげられなかった」
あの人はぼくを抱っこして、ずっとずっと謝るんだ。たぶん、ぼくのことは月子じゃないってわかってるはず。でもね、涙をペロッてなめてあげると、彼女は少しだけ泣き止むんだよ。
「ありがとう。優しい子」
だからぼくは、幻を演じる。
泣き疲れた彼女が穏やかな顔になるまで寄り添い、やがて眠りについたら、そっと温かい腕をぬけだす。
今頃、夢の中で本物の月子ちゃんに会ってるかもしれないね。
◇
すっかり夜も更けた。
ルナ・レモン・マロングラッセ・エレファントカシマシ・朔太郎Jr.
そして少しの間だけ、月子。
ちょっと長いけど、残さずぜんぶ、ぼくの名前。
~fin~
(本文1695字)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀
こちらの記事は、昨年書いたものに加筆・修正したバージョンです。
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