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原点回帰 #01

自宅ではレコーダーに撮り貯めたミュージシャンのライブ映像をぼーっと眺め、マイカーではディスプレイオーディオ全盛の時代にあえて装着したCDデッキを使って、昔に手に入れたジョン・レノンのアルバムを繰り返し流す。ここ何年も、音楽を聴くという行為に対してそんなパッシブな姿勢を貫いてきた僕が自らの嗜好を強く反映したCDを久しぶりに買った。それが昨年3月に逝去された坂本龍一氏が世に送り出した13枚目のアルバム『BTTB』。厳密に言えば初版から二十年を経て新たに発売されたリイシュー盤。同氏のオリジナル・アルバムの中で僕がはじめて買ったCD。

きっかけは自室のブルーレイ・レコーダーがある日突然動作しなくなり、そこに保存されている坂本龍一氏が闘病中に披露したピアノ演奏の様子を収めたテレビ番組の映像を見れなくなったことにある。他にも様々なミュージシャンの演奏を録画してあったが、昂った気持ちを鎮めることができずこのまま寝てもろくな夢を見ないだろうなという夜にその坂本龍一氏のライブ映像をひとり静かに見るのが好きだった。中でも、『aqua』という曲がとても気に入っていた。だから、先ずはこの楽曲が収録された一枚を選んだ。

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ディスクを収めたケースはダブルポケットタイプの紙ジャケット仕様。片方のポケットにCDが収められ、もう片方にはライナーノーツが封入されている。どこか昔のLPレコードを思わせ、ノスタルジーを感じる作り。しかも、ライナーノーツを書いたのが村上春樹ときている。今さらではあるが、とても贅沢な一枚であることに驚く。

楽曲へと辿り着くまでの間に抱く感慨や、かけるひと手間を含めた過程を本来は《音楽を聴く》と言うのだろうと、あらためて思う。その一連のプロセスは、本の装丁や本文が記されている紙の質あるいはその手触りからも物語を感じ取る《本を読む》という行為に通ずるものがある。音楽といい、読書といい、時代の流れは作品に到達するまでの工程を可能の限り省くことを良しとする。僕はそんな潮流に未だ乗れずにいて、これまではそのことに対する引け目のようなものがあった。バック・トゥ・ザ・ベーシック。今回この言葉に触れ、むしろ原点に回帰することの“粋”を知った。





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