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【LTRインタビュー:白川幸宏(しらかわ・ゆきひろ)】良い音楽をその場の空気感ごと再現し、リスナーのもとに届けるのが僕の仕事

(初投稿2023/8/2、最終改稿2023/8/2)

こういうことはできますか? とお客さんに問われたら、できませんとは決して言わない。どんな難問にも全力で取り組み、なんとかやり遂げて、相手の期待に応える。そんなふうにして〝できること〟を少しずつ増やしてきたと、白川幸宏さんは話す。

 僕の仕事を説明するのは難しくて、レコーディングエンジニア、プロデューサー、ディレクター、メディアエディター、映像に音をつけるMAエンジニア、それに会社の経営者でもあるし……。ひとつのことにとどまらず、興味をもつとなんでもやってみたい性分なので、カバーする領域がいつのまにか広がって、肩書も増えたような感じかな(笑)。
 もともとなりたかったのは、スタジオミュージシャン。それならスタジオのことも知っておいたほうがいいと、専門学校のレコーディング学科に入ったところ、カーツウェルという400万円もするドイツ製のシンセサイザーに出合いました。そのデモンストレーションを見たら、1台であらゆる楽器の音が出せて、自動演奏もできる。すごい、これがあったらスタジオミュージシャンはいずれ失業してしまう。でも、僕は音楽の世界にいたい。じゃあレコーディングのプロを目ざそうと、頭を切り替えたのです。

1989年、ディーアンドエーミュージックを創業。初めはレコーディングに軸足を置いていたが、やがて業務用記録メディアの研究や販売に重点を移し、事業を拡大していく。とりわけ深くかかわったのは、CD-R(注1)の分野だ。これは、プロの間で用いられることが多かった磁気テープに代わるものとして開発されるも、値段が高いうえ、互換性も良いとはいえないことから、使いにくいというお客さんの声が絶えなかった。

 折しもテープからディスクへと主流が移った時代、レコード会社は新曲を発表する前に、サンプルをCD-Rに焼いて各放送局に配るべく準備を進めていました。ところが、当時の技術では局のプレイヤーにCD-Rを入れても再生されず、これでは放送できないというので、はねられることがよくあったんです。さる大手レコード会社の録音部長から相談を受け、あれこれ試すうちに、使うドライブとディスクの組み合わせやデータの入力方法を変えるとうまくいくことが明らかになってきた。そういう作業をしながら、コストを下げる一方で、大量にコピーしても互換性の状態が保たれるようなやり方を探っていきました。
 僕はCD-Rを早い時期から扱ってきて、性能を検証した記事をオーディオ専門誌に書いたこともあります。そういう経験と現場で培った知識に基づいてデュプリケートサービスに着手。これは今日まで多くのプロユーザーの方々にご利用いただいており、おかげさまで、この分野ではトップシェアを獲得しました。
 心がけているのは、気を抜かない、手を抜かない、クオリティに妥協しない、のみっつ。お金をもらうからには、必死に学んで、成果を上げなくてはならない。いかにして求められるレベルまで自分を引っ張り上げられるか、というのが勝負どころなんです。僕のノウハウが必要とされること、あるいは僕が高い力量をもってこなせることであれば、「こうしたほうがいいですよ」と相手にアドバイスできる。その結果、アイツに聞いたら教えてくれたと口コミで伝わり、自然に得意先が増えていって、次の仕事につながります。会社の方向性というのは、そういう具合に決まっていくものですよ。

この話には続きがある。初期のCD-Rはすべて日本製だったが、ニーズの拡大にともない、海外へのOEM化が進んだことで、性能のバラつきが大きくなり、高品質・高価格の国産品と「安かろう悪かろう」の輸入品に二極分化。ところが、需要がピークを越えて下落に転じたため採算がとれなくなり、生産中止に踏み切る国内のメーカーが続出、残っていた最後の一社がとうとう市場からの撤退を表明する事態になったのだ。

 信頼の置ける国産のものがなくなってしまうというタイミングで、「それならウチが」と手を挙げるメーカーが現れました。台湾の老舗ディスクメーカー、RITEK(ライテック)です。日本製に劣らないCD-Rを本気でつくる覚悟なので、商品開発アドバイザーとして加わってくれないかと声をかけていただき、それならと協力することに。そこで僕が真っ先にリクエストしたのが、「初心に戻って、ていねいにつくってください」ということでした。
 単純明快だけど、まずこれがなかなかできなかった。いちばんの問題は、考え方において決定的な違いがあることです。日本では採算を度外視してでも品質向上を図ることが良しとされるのに対し、彼らがなにより重視するのは、技術を駆使してコストパフォーマンスを徹底的に高めること。ただし、音楽専用のCD-Rに関しては、規格から外れたものは相手にされません。先方もそれは承知しています。だから僕は、スタート時の気持ちを見失わず、スペック通りにきちんとつくってほしいと、口を酸っぱくして言いつづけました。
 手順としては、台湾から試作品が届くとこちらは音を聴いて「低音が出ていない」「音がひずんでいる」などと伝える。感覚的な表現で彼らも理解しづらかったでしょうが、それでも改善するにはどうすればいいかと知恵を絞り、修正を加えた試作品をまた送ってきます。そんなやりとりを繰り返して、最終的には64番までつくったんですよ。そこまで徹底して研究する台湾のメーカーは珍しいと、あとで聞きました。でも、同社のスタッフは頭が良く、技術力もあるので、目標が決まると予想を超えたものが仕上がる。それが、品質と信頼性でプロユーザーから高い評価をいただいている「Ritek Pro“CG”」CD-Rです。

モーツァルトやベートーヴェンの時代の演奏を、私たちは聴くことができない。音の記録・再生は19世紀後半、蓄音器が発明されてようやく実現した。当時の音源は劣化がひどく、ノイズまみれの音しか聞こえないが、それでも音が〝残る〟ことは画期的だった。その後、技術が進んで、現代人は会話でも演奏でもストレスを感じることなく再現された音を耳にしている。では、音を録るとき白川さんがもっともこだわるのは、どういうことだろう。

 レコーディングをするプロの現場では、原音に忠実であることがディスクの音質として重要といわれます。録音が終わると、その日の結果としてミュージシャンにCD-Rを渡す。そのときに音が変わっていては困るというわけです。なお、「Ritek Pro“CG”」CD-Rは使い勝手がいいと太鼓判を押されていますが、それは元の音との違いがまったくといっていいほど聞きとれないから。「この音は奥行きがある」と評されても、原音がそうでなかったら意味がない。「原音と同じように奥行きがある」というのが正しいんですよ。
 音楽関係者からも、初めてこれを使って、他社製品とあまりにも違うのに驚いたという声がしばしば上がります。音が澄んでいて立体感がある、ボーカルやその後ろにいるベース、ドラム、ギターなどバンドメンバーの立ち位置まではっきりとイメージできる、音に対する固定概念が払拭されるきっかけになった、などなど……。
 僕も技術屋として音質を追求するけれど、音を加工するのは好きではなくて、より原音に近い音を録ることをなによりも優先します。非常にコンディションの良い音楽家が演奏し、会場の客席で耳を傾ける、その場の空気感ごと再現してリスナーに届ける、というのがベスト。時間も場所も気にしないで、すばらしい音楽を身近なものとして楽しめるのですから。その手助けをするのが、録音技術をもつ僕らの仕事ではないか、と。
 音楽は大勢の人に聴かれ、時代を超えて残るべきものです。しかし、近年はサブスクリプション(注2)のようなサービスがすごい勢いで広がっている。インターネット経由だから音が圧縮され、情報量が少ないことも気がかりですが、流行が終わったら運営会社が音源を消去するため、だれも聴くことができなくなるのがより大きな問題といえます。レコードやCDなど、いわゆるフィジカルが残されていれば、人の手から手へと渡り、忘れられていた曲が数十年のときを経て〝再発見〟されるという、奇跡のような出来事が起きることもあります。でも、音源がなくなると、一巻の終わり。それは良くないと思うんですね。
 サブスクがこれほど普及し、利用者が世代を問わず増えているのが現実ですが、その背後には、便利というだけで説明しきれない利点が必ずあります。それはなにか? ということに、僕は興味をもたずにいられない。好きかどうかは別として、その良さを知りたいという思いに背中を押され、模索しているという感じでしょうか。

白川さんのもつ懸念、変化の激しい音楽業界に対する問題意識は、放っておくと失われてしまう音や音楽を次の世代に伝えようとするロングタイムレコーダーズ(以下、LTR)の活動に通じるものではないか。あらゆる種類の音楽に仕事として接する半面、個人的にはアコースティックな音楽を愛し、合唱団の一員として仲間とともに歌う時間を大切にしていると話す白川さんに、今後、LTRに期待することを尋ねてみると……。

 LTRを起ち上げると聞いてすぐ参加を決めたのは、30年余り音楽業界で経験したことを踏まえ、僕が抱く危機感と共通するものが根底にあると気づいたことが大きい。それは、先ほど触れたサブスクのようなこれまでの音楽のとらえ方を覆すものが浸透していくことへの違和感にも通じます。新しいものが出てきて変化を促すのは世の常で、時代の流れとしてはしようがないともいえる。でも、昔からあるものが完全に断たれてしまうのはおかしい。だから、同じ思いをもつ人と一緒に少しでもそういうことを防ごうと考えたんです。
 では、なくなってはいけないものとは? それをギリギリ判断できる僕らぐらいの世代が、残すべきものとそうでないものを選り分ける作業にいますぐ取りかからないと、若い人たちに申し訳ない。そういう危惧の念が強まってきているのかなぁ。
 レコード会社も転換期を迎えています。昨今は予算がないので、膨大な過去の作品のなかであまり売れなかったものは保管しきれなくなり、時期が来たら廃棄される可能性が高い。でも、とてもいい曲や名演奏がその山に埋もれているかもしれないし、だれにも気づかれないままひっそりと消えていくのは、あまりにもったいない。そういうものを記録メディアにアーカイブすることができないか、という焦りに似た思いが働いています。
 少し明るい話もしましょう(笑)。SNSやブログなどの新しいメディアには大きな影響力があり、だれかが「自分の好きなものをみんなに知ってもらいたい」と発信したら、瞬時に拡散します。これまでは伝えるすべのなかったローカルな喫茶店や隠れた名店に遠くから足を運ぶ人が多いことは、聞いたことがあるでしょう。それらのコミュニケーションツールをうまく活用して、いい音楽を少しでも残せたらと、ひそかに願っています。
 職業柄、僕は音楽にまず目が向いてしまいます。でも、LTRはそれだけにとらわれなくてもいいのでは? 口伝えで残ってきた〝語り〟もそのひとつでしょう。昔話みたいに、特定の地域で代々語り継がれたものはどこに行ってもあり、活字として記録されるケースも少なくありませんが、むしろ話し手がどんどん減っている方言による伝承、説話などを保存することを忘れてはならないし、急を要する課題だと考えています。
 音楽、ことば、あるいは別のものでも、それを消したくないという意識をもつ人が増えていけばいくほど、多くのものが後世に残る。文化庁のような大きい組織が働きかけたら効果も絶大なんだろうけど、たぶんこの国ではなかなかそうなりません。それより、草の根的な団体があちこちに生まれ、育っていくのが望ましいのではないか。我々のやっているLTRの活動がメディアで取り上げられ、たまたまそれを目にした人が、私はこれをしたいというので、どこかで別の団体を結成する。そうした動きが増えることが大事では、と……。
 活動の主体が多くなると、積み重なるものも多彩になり、アーカイブが豊かになります。そうすると、消えてしまうものをひとつでも減らせる。先の見えない時代にあって、僕らの、そして社会の希望はこうして次の世代に手渡されていくと思いますが、どうでしょうか。
                            

  1. Compact Disc Recordable。コンパクトディスクの一種で、1回だけデータの書き込みが可能なもの。記録したデータは変更したり削除したりすることができない。

  2. 定額制で利用するコンテンツやサービス。音楽配信・動画配信のほかに、ゲームやコンピュータ用ソフトウエア、さらに多くの商品にもサービスが拡大中だ。


2023/2/18@D.&A. MUSIC(ディーアンドエーミュージック 東京都・目黒区)

(インタビュー & 文:閑)

*白川幸宏さんは、NPO法人ロングタイムレコーダーズの正会員

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