見出し画像

「アナウサギを追いかけて」旧博物館動物園駅公開

話題の旧博物館動物園駅の公開に行ってきた。

2度整理券をもらい損ねているので3度目の挑戦である。

このイベントは「施設公開」と「インスタレーション」の2側面から捉える必要がある。前者に関しては長年待ち望まれていたことであり駅施設の歴史的価値の高さはここに改めて書く必要もないため本稿では後者にスポットライトを当てる。

インスタレーションは演出を羊屋白玉氏、美術をサカタアキコ氏が手掛けられたもの。また地下に配置される骨格模型は国立科学博物館の森健人研究員が担当されている。
これらは2月24日までの金土日に観覧することができる。先ほど述べたように建物だけでも十二分に魅力ある施設だが、そこに息を吹き込むのがこの展示だ。

味わい方は人それぞれあるだろうが私は「駅の記憶の追体験装置」として鑑賞した。

特にここでは入場時に配布される「旧博物館動物園駅公開記念入場券」に記された羊屋白玉氏による序文や詩を読み解きながら、その内部を歩いてみたい。

入り口から見えるのは地面に巨大なアナウサギが地面に食い込んでいるオブジェ。詩の中でアナウサギはその生い立ちについて”あ 嘘 赤ちゃんの時に公園に捨てられてたって”と語っているがアナウサギは地中海沿岸原産の外来種で、日本では食用や毛皮用に持ち込まれたものが放棄され野生化し根付いたという。個人的には広島県の大久野島で大繁殖したイメージが強い。

”ここは京成電鉄には珍しく、地下の駅でした。”ということで地下に穴を掘るこのアナウサギがモチーフに選ばれたそう。

そういえば他に京成線で数少ない地下にある駅といえば旧寛永寺坂駅(当駅―日暮里駅間に存在。1953年の廃止後もプラットホームなど遺構が残る)や東成田駅(旧成田空港駅。1991年に現・成田空港駅が開業してからは利用客が激減しがらんどうの構内に当時のままの喫茶店跡や広告などが放置されている)など同じようにどこか遺跡めいた駅が多いのは偶然だろうか。

閑話休題。この巨大アナウサギは整理券が無くても駅の外から観覧することができる。しかしこのインパクトたっぷりの像を見た人々は”ついてきて”と言われて、いてもたってもいられなくなりキュートな後ろ脚に導かれるように地下の展示空間へといざなわれてしまう。

少し気になるのはギョロっとした白目。ここだけ妙に生々しさがあるが、ウサギを飼育したことのある知人によると彼らは眠るときに白目をむいていたという(さすがに瞼は閉じているだろう)。となるとこのウサギは眠れる駅の夢の中に侵入した際に自分自身もいつのまにか夢を見ていたということなのだろうか……?

階段を下りていく。天井には駅や京成電鉄の歴史を辿る映像が流され、机に置かれたスピーカーからは1970年代のCMソング「グングン京成」(作詞:田口誠、作曲:玉野良雄)が流れる。その横には2007年ごろに登場したゆるキャラ「京成パンダ」のぬいぐるみ。物件所有者のPRと同時に時系列が交錯した記憶の世界に降りていくことを暗示しているかのようだ。

階段の中腹では我々をこの穴に誘い込んだアナウサギが赤いワンピースを纏い入場券に鋏を入れてくれる。一通り鋏を入れ終わると地下空間におかれた椅子で本を読んだり観客と話したりしている。ここまでの演出はディズニーランドのアトラクションに似ている。(そして何の因果か運営会社のオリエンタルランドは京成グループの企業である)

地下1階には動物たちの骨や精巧なレプリカが展示されているここはまさに“どんな夢を見ていたのか”のアンサーのよう。営業休止の年に亡くなった上野動物園のパンダ、ホアンホアンの頭蓋骨はまさに眠りにつく直前の記憶。そこに連なるヒトの頭蓋骨は人間と動物園の動物たちを上野の森の仲間として駅が平等に記憶していることを表しているのかもしれない。展示台は毛皮を張った台座になっており、その下には精巧な動物の糞が落ちている。地下で見る骨と糞はまるで化石発掘ツアーだ。

地下2階、ホーム階へ続く階段の手前にガラスが貼られておりそれより先には行けなくなっている。向こうには往時に手売りで切符を販売していた窓口や木製の改札が見える。時折”穴の奥で のりものが 大きな呼吸をしながら走りすぎる音”が聞こえるが、残念ながらその姿を見ることはできない。アナウサギの知覚を追体験している。

ガラスには白マジックでメッセージが描けるようになっていた。辺りを見回すと、ガラス以外の壁面には1997年の休止を惜しむ営業最末期の利用客の落書きがそこかしこにあった。当時は「廃止」ではなくあくまで「休止」の段階のため、再開や保全を望むメッセージが多いのが胸に刺さる。

時を経てガラスに思いの丈を綴る2019年の私たちもその時代に落書きを残した人々と連続して存在し駅の記憶の一部を刻み続けていることになる。(ガラス以外の壁面にメッセージは描けない)

少し歴史を紐解くと博物館動物園駅は”この穴が真っ暗になった頃”つまり1997年4月1日に休止されている。その後2001年の同時多発テロやそれに続くアフガニスタン紛争やイラク戦争など激動の新世紀をはさんだ7年の間「休止」という形で駅は実質仮死状態にあった。そして二度と扉を開くことなく”さようなら と言い合うその時間さえも おろそかにされてた"ままひっそりと2004年4月1日に正式な廃止を迎える。

”本当に 明るくなったのは さようなら を とても上品に伝えあったあとよ”とあるが2018~2019年のこの展示は2004年に果たされなかった”さようなら”の挨拶であり、駅としての機能と別れて新たな”人々が交差する新しい場所”となる出発の儀式なのだろうか。

六本木ヒルズ”は2003年4月25日開業だから、眠っている間に変容した20年後の東京の象徴なのだろう。いまや六本木ヒルズを中心としたエリアは美術館が林立し、上野公園と並立する存在だ。作中、長年上野公園を根城にした“ホームレスのおばあちゃん”がカジュアルに出かけるのも似た気風を感じるからだろうか。ちなみに”スターバックス”の日本1号店出店は1996年。眠りにつく前にタッチの差で東京に登場していることになる。

外に出る。西日の中、日比野克彦氏のデザインによる扉が送り出してくれた。内部の展示は期間限定だがこの扉は今後も残り続けるという。
9つのレリーフは上野の森に点在する文化施設を象徴しているそうだ。
特筆すべきは国立国会図書館国際子ども図書館の部分。部分開業が2000年、つまり駅休止以降の施設のため、止まっていた駅の時計の針が動き出したことを教えてくれる。

「空間と記憶」は私が最も関心のあるテーマで心待ちにしていた。今回の展示は歴史的建造物の宝庫である上野公園の中で、ただ施設を公開するだけでなく+αの物語を与えた大変興味深いものだった。こうした施設の意味付けをアップデートしていく試みは原形を破壊しない限りにおいて他の建造物でももっと開催してほしいと思う。

人々が交差する新しい場所として生まれ変わる様子を、ゆっくり考える時間と場所の第一歩です”とあるように今後もこの施設を活用したイベントが計画されているようなので次はどういった切り口で眠れる地下駅と出会えるのかが楽しみで仕方がない。

願わくば次回は公開範囲が広がって地下2階のプラットホームにも足を運んでみたいものである。

なにはともあれ、おはよう博物館動物園駅!

【参考】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?