ノイズキャンセラー 第十六章
第十六章
芹沢の夢を見た。
目覚めた直後に、亜沙美は確かにそう思った。
最初に目に入った天井が真っ白で、亜沙美は自分がどこにいるかわからなかった。
「どこ?」と、天井に疑問を投げかけた。
「亜沙美!」
母親から、名前を呼ばれ、顔を覗きこまれた。
「お母さん……」
なぜ母親が目の前にいるのかがわからず、亜沙美は余計に混乱した。母親の涙が、亜沙美の頬に落ちてきた。
「良かった。看護師さんを呼んでくるからね」
自分が病院にいることがわかり、亜沙美は、すべてを思い出した。部屋を出ていく母親の背中に視線を向けた。個室らしく他にベッドはない。
起き上がろうとしたが体が重かった。腕を持ち上げてみると、点滴の針が刺さっていて、チューブが揺れた。辺りには、かすかに消毒液のにおいがしている。
母親が看護師と一緒に戻って来た。母親と同年代の女性だ。手早く亜沙美の血圧や脈を測った。
後でまた医師が来ると言い残して看護師は部屋を出て行った。それほど待たずに医師が部屋まで来て、簡単な診察を受けた。まだしばらくは安静にする必要があり、食事は流動食から徐々にならしていくと説明された。
医師がいなくなったあと、母親から亜沙美が三日間目を覚まさなかったことを聞かされた。
眠っている間、芹沢の夢を見ていたはずなのに、どんな夢だったのか亜沙美は思い出せなかった。
母親に自分が巻き込まれた事件について、概要を教えてもらった。母親は、時々感情を昂らせ泣きながら話した。
琴美が戻ってこなかったのは、芹沢の家で殺されたからだというのはわかった。ひどい目に遭わされたけれど、琴美が死んでしまったと知って亜沙美は泣いた。
琴美は亜沙美を衰弱するまで追い込む気がなかったとわかっている。亜沙美が芹沢に想いを寄せていたから、嫉妬しただけだ。
芹沢は見つかっていないらしい。
亜沙美は芹沢の家に行った日のことを繰り返し考えていた。海の近くということ以外に、何か旅行先のヒントはなかっただろうか。芹沢が帰れない理由と、琴美が殺されたことに関連があるのだとしたら、旅行先がどこだったのかわかれば、芹沢をみつけられるかもしれない。
しかし、いくら思い出そうとしても、芹沢の指先が髪をなでた感触や、軽やかなハサミの音が蘇るだけだった。
芹沢が琴美を殺した可能性を、亜沙美はあえて避けていた。
目覚めた数日後には、女性刑事が病室にやってきた。刑事から、証拠画像の確認等は、女性担当者だけで行われていると、最初に説明された。琴美から見せられた写真以外にもあったのかもしれない。亜沙美は、恥ずかしいのと悲しいのとで泣き出してしまった。
その日は、話をすることができずに、刑事には引き取ってもらった。
母親は、背中をさすってくれるだけで、何があったのかは聞いてはこなかった。
亜沙美は、捜査に協力するつもりではいた。
芹沢が琴美を殺して逃げているとは思えない。琴美を殺した誰かが、芹沢を拘束している可能性の方が高い。
芹沢は死んでいない。
亜沙美はそう信じていた。
琴美を殺した犯人と芹沢が、どういう関係なのかも全くわからない。亜沙美は芹沢の事をほとんど知らなかった。
芹沢は海の近くに旅行へ行くと言っていたが、具体的な場所については教えて貰えなかった。今もどこかの海の近くにいるのかもしれない。
警察に、芹沢を探し出してもらうしかない。
亜沙美は自分の知っていることを正直に話せば、芹沢を助けられるかもしれないと希望を抱いていた。
刑事には、琴美とは、友人だったと、説明した。
一週間もすると脱水のため低下していた腎機能も、正常に戻っていた。それでも、精神面も含め観察が必要とされ、しばらくは入院することになった。
仕事は辞めることになった。亜沙美の置かれた状況からすると、当然だった。
亜沙美は、実家に戻るしかなくなった。
オーバーナイトと名乗っていた同級生が誰なのかわからず不安はある。しかし、オーバーナイトのことは、口にするのもおぞましく誰にも話せなかった。
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