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新譜レビュー:Graham Nash "Now"

この5月、グレアム・ナッシュの新しいアルバムが出た。前作『This Path Tonight』(2016年)から7年振り。タイトルは『Now』──御年81歳、グレアム・ナッシュの文字通り「今」を表現した楽曲集だ。喧嘩別れした状態だったかつての盟友デイヴィッド・クロスビーが今年1月に他界。その時点で今回のアルバムは既に完成していたはずなので、クロスビーの死とこのアルバムの内容に直接の因果関係はないと知りつつも、ナッシュが「今」どんな思いを抱いているのか──ファンとしては関心を抱かずにはいられない。そんなわけで、今回はこのグレアム・ナッシュの新作にじっくりと向き合ってみた。

「今までで一番私的なアルバム」

ナッシュ自身、このニューアルバムを「今までで一番私的なアルバム」と表現している。それは一体どんな内容なのか? アルバム発売に先駆けてリリースされた先行シングルで、アルバムの冒頭を飾る曲のタイトルは「Right Now」──それは、そのタイトルが一種のアイロニーかと思えるほど、かつてと変わらぬナッシュ独特のサウンド、そして生真面目な彼の歌声だった。79年のノーニュークス・コンサートでもフィーチャーされた反原発プロテストソング「Barrel Of Pain」を思わせるメロディに、間奏では70年代にナッシュのバックを務めていたデイヴィッド・リンドレーを彷彿させるラップスティールが響く。まさにグレアム・ナッシュそのもののサウンドを持つこの曲で、彼はこう歌う。

I used to think that I would never love again
I used to think that I'd be all on my own
I really thought that it was coming to an end
And just the thought of it chilled me to the bone
But not now

I always thought I really knew what I was doing
And in my mind I never thought that I would fall
But all that time was I fooling myself?
With the chance I took on the paths that were on my trail

もう二度と愛することなんてないと思っていた
一人で生きていくんだと思っていた
終わりに近づいていると本当に思っていたし
そう考えるだけで背筋が凍る思いがした
でも 今は違う

自分の行いは自分で分かっているといつも思っていた
自分が駄目になってしまうなんて思いもしなかった
でも、結局そんなふうにずっと思い込んでいただけだったのか?
自分が進んできた道にあるチャンスを手に

Right now
Here I am
Still living my life
Right now
Right now

Now that I realized just who I am
When all is said and done what a life I've led
Trying my best to be the man I know I am
I'll try to take it easy moving right ahead

今こうして
僕はここにいる
まだ自分の人生を生きている
今現在 今この瞬間

自分が何者なのか 今ようやく分かったんだ
結局のところ 僕が歩んできた人生は
自分がそうだと思う自分になろうと最善を尽くすこと
肩の力を抜いて 前へ進んでいくようにするよ

Graham Nash "Right Now"; translation by Lonesome Cowboy

少し重苦しいサウンドに、自責の念を感じさせる歌い出しの歌詞…… しかし、これは人生を振り返る後悔の歌ではない。新たな目覚めを得、今を生きる決意を歌う前向きな曲だ。

80歳を過ぎてこんな純真な気持ちになれるのか──この人はつくづく生真面目な人だなと思い、この曲やアルバムの背景を探ってみた。すると、去る5月26日にアメリカの公共放送NPRの音楽ラジオ番組「World Cafe」で放送されたナッシュのインタビュー音源があった。そこで、ナッシュは4年前に3度目の結婚をした妻エイミーの影響を語っていた。「80を前に恋をするなど自分でも思っていなかった。でもそれは間違いだった」と彼は言う。ナッシュ自身がこのアルバムを「今までで一番私的なアルバム」と呼ぶのには、そのことが深く関わっているようだ。

デビュー時から変わらぬ、社会へのメッセージ

グレアム・ナッシュと言えば、活動家としての顔も無視できない。ジャクソン・ブラウン、ジョン・ホール、ボニー・レイットとともに「No Nukes」の運動を主導したのも彼だし、「Military Madness」や「Chicago」「Prison Song」など、ソロデビュー当初から社会の不条理を糾すような曲を歌ってきた。この新作でもその姿勢は変わらない。ドナルド・トランプとその支持者たちを非難する「Golden Idols」や、世界を分断する不条理を見て見ぬ振りをするアメリカを嘆く「Stars & Stripes」、「No Nukes」でのジェームス・テイラーの曲「Stand and Fight」を彷彿させる社会運動アンセム「Stand Up」など、社会を変えるためにメッセージを発さねばというグレアムのひたむきな思いは健在だ。正直なところ、このグレアムの姿勢は時に少し暑苦しく思えることもあるのだが、今回のメッセージソングはどれもメロディが秀逸で比較的シンプルなつくりのため、嫌味なく聞くことができる。

その好例が、アルバムからのセカンドシングルとしてプロモビデオも作成された「A Better Life」だ。子供たちにより良い世の中を残していこう、と歌われるこの曲は、言ってみれば「Teach Your Children」の現代版。グレアムのメッセージがあの当時から全く変わっていないことを証明する曲だ。それを如実に物語るのが、この曲のオフィシャルビデオ。グレアムの友人でもあるアニメーターのジェフ・シェアが手がけた映像だが、その手法は2018年に同じシェアが手がけた「Teach Your Children」のオフィシャルビデオと同じだ。

新たな出会いが生んだ、シンプルで印象深いラブソング

グレアム・ナッシュの作風は、CSNの時代からある意味ずっとワンパターンだ。音楽的に天性の冴えを見せるスティーヴン・スティルスや複雑なコード進行を使いこなすデイヴィッド・クロスビーに比べれば、グレアムはミュージシャンとしては決して器用な方ではない。「ワンパターン」と言ったが、もう少し細かく言えば、彼の作風は三つのパターンに大別できる。一つ目は、マイナーコードで緊張感のあるドラマチックな構成の曲。過去の代表曲で言えば、「Chicago」「Wind On The Water」「Cathedral」「Barrel Of Pain」など、メッセージ性の強い曲であることが多い。二つ目は「Teach Your Children」「Southbound Train」「Wasted On The Way」などに代表される牧歌的なカントリー調の曲。これらはマイルドなメッセージソングであることが多い。そして、三つ目は、非常にシンプルでメロディの美しいラブソング。「Our House」「Lady Of The Island」「Simple Man」「Just A Song」などがそうだ。

今回のアルバムで言えば、一つ目のパターンの典型は冒頭の「Right Now」や「Golden Idols」。上で紹介した「A Better Life」や「Stars & Stripes」「It Feels Like Home」は二つ目の典型パターン。そして、本作で特に印象深いのが三つ目のパターンの曲。「Love of Mine」や「In A Dream」「Follow Your Heart」など、80歳を超えた人が「今」の心境を歌うラブンソングと考えると少々小っ恥ずかしくなるが、グレアム・ナッシュの生真面目な性格から考えれば、彼の虚飾のない表現なのだろう。

とりわけベストトラックに挙げたいのが、ラストを飾る美しいバラード「When It Comes To You」だ。先に紹介した「World Cafe」のインタビューで、「『Sgt. Peppers』や『Pet Sounds』がそうであったように、アルバムというのは心地の良い旅のようなものだ」とグレアム自身が語っていることを踏まえれば、この曲は冒頭の「Right Now」を受けての帰結点と考えられる。そういう意味では、歌詞を読み返すほどに、これが現在の妻エイミーに捧げた歌であることがクリアになっては来るのだが、最初に聞いた時は、デイヴィッド・クロスビーのことを歌っているようにも聞こえてしまった。曲の中ほどで彼はこう歌う。

And when it comes to us
There's lots that I can say
We're moving forward night and day
And at this moment in my life
That's something to say

I wanna be free from doubt, free from fear
You're teaching me all that I thought I knew

そして、僕たちのこととなると
僕に言えることはたくさんある
僕たちは日夜前に進んでいる
そして、僕の人生のこの瞬間に
言いたいことはそういうことだ

疑いから解放されたい、恐れから解放されたい
君は僕が知っていると思っていたことを全部教えてくれる。

Graham Nash "When It Comes To You"; translation by Lonesome Cowboy

この曲の中ほどのコーラスはまるでクロスビー&ナッシュのハーモニーのようであり(実際にはナッシュが全てこなしている)、それがクロスビーを彷彿させる要因になってしまったようだ。

CSNYへの鎮魂歌とバディ・ホリーへの讃歌

先の「World Cafe」のインタビューでグレアム自身が語っていたのだが、このアルバムにはCSNYについて歌っている曲が別にある。「I Watched It All Come Down」というその曲には、ビートルズの「Eleanor Rigby」を意識したと思われるストリングスが被せられている。その曲で彼はこう歌う。

I watched it all come down
To a paper weight at the business end of town
Loaded up and loaded down, it's a mess, a mess

And although I've watched it fall
I want you to know I've seen it grow

結局全部が単なるビジネスの道具になってしまったんだ
積み上げては積み下ろし 本当にひどいものさ
崩れていく姿を 僕自身も見てきたけれど
成長していた姿も見ていたことを分かってほしい

Graham Nash "I Watched It All Come Down"; translation by Lonesome Cowboy

CSN/CSNYのファンとしては複雑な気持ちになってしまうが、これもグレアムの「今」を表した曲なのだろう。一方、昔の思い出でも、もっと単純に楽しめる曲もある。「Buddy's Back」は、一緒にホリーズを立ち上げた旧友アラン・クラークとのデュエットで、ホリーズの名前の由来となったバディ・ホリーへのオマージュ。「バディ・ホリー meets エヴァリーブラザーズ」といった感じの軽快なポップソングだ。(アラン・クラーク自身の新作に収められているヴァージョンではアランのリードヴォーカルが強調されていて、ミックスが異なる)

私自身、ここ数年のグレアム・ナッシュの動向に特に気を払っていたわけではなかった。しかし、デイヴィッド・クロスビーの死もあって、久しぶりにナッシの新しい音楽にじっくり向き合うことができた。聴けば聴くほど、彼の人間性が伝わってくる久々の好アルバムだと思う。

グレアムのウェブサイトによると、彼は6月半ばから10月初めまでほとんど休みなく全米そして欧州のツアーを行う。81歳にして「今」を歌えるシンガーソングライター──自分の人生・そして音楽に真摯に向き合ってきたグレアム・ナッシュに頭が下がる思いだ。

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