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新譜レビュー:Jimmy Buffett 『Equal Strain on All Parts』

今回はこの11月3日に発売されたばかりのジミー・バフェットの32作目のスタジオ録音新作を紹介したい。そう、今年9月1日にメルケル細胞癌という皮膚癌で亡くなったばかりのバフェットの遺作である。遺作と言っても、アーティストの死後に近年の未発表曲を集めたコンピレーションの類ではない。今年(2023年)の1月頃から断続的にレコーディングが行われ、夏には録音が完了していたという正真正銘のニューアルバムだ。実際、死後わずか1週間ほどのうちに最初のシングル「Bubbles Up」がプロモビデオとともに登場しており、彼の死にかかわらず発表される予定だったことがわかる。

相変わらずのジミー・バフェット・ワールド⁈

アルバムカバーには、南の島でハンモックに揺られる、いつもと変わらぬお気楽ムード満載のジミーの姿を描いたイラスト。中身も一聴した限り相変わらずのハッピー・バケーションライフ・ミュージックだ。年齢や病気のせいでヴォーカルが衰えているわけでもなく、何も知らずに聞けば、このアルバムの主人公がもはやこの世にいない人とは到底思えない。

アルバムは「University of Bourbon Street」という曲で幕を開ける。デビュー前のジミーが売れないミュージシャン時代を過ごしたニューオリンズとその地の音楽を讃える楽しい曲だ。「僕は『幸せ者』の博士号をバーボン・ストリート大学で取得したんだ!」と歌われるこの曲には、ニューオリンズのプリザベーション・ホール・ジャズバンドが参加している。ニューオリンズを訪れた方ならご存じと思うが、プリザベーション・ホール・ジャズバンドというのは、ニューオリンズジャズの伝統を継承する意味で同市のフレンチクォーターに「保存」(=preservation)されている同地区最古のコンサートホールの専属バンドだ。

ポール・マッカートニーも参加

冒頭の曲を始め、「金曜日には給料だけもらって誰も働かないよ」という「Nobody Works on Friday」や、西アフリカ・ベナン出身の女性シンガーソングライター、アンジェリーク・キジョーとのデュエットでカリブの海賊の生活が歌われる「Ti Punch Cafe」など、アルバムはいつものように南国ムードやパーティムードの曲で溢れている。

4曲目「My Gummie Just Kicked In」は、バフェット夫妻がポール・マッカートニー夫妻(現在の妻ナンシー)とともにディナーパーティに参加した際のエピソードに基づくもの。「gummie」とは「グミ」のことだが、このパーティで大麻入りのグミが配られたらしく、それを食べたナンシーにジミーが「気分はどう?」と問い掛けたところ、彼女が「今、効いてきたわ」と言ったことがネタになっているという。この曲にはポール自身がオーバーダブでベースを入れている。プロデュースを担当したマック・マクナリーによると、まるで「20歳のビートルズの時のようなプレイで曲にエネルギーを吹き込んでくれた」という(billboard.comの記事より)。そう言われれば曲自体も「Day Tripper」や「Paperback Writer」あたりを彷彿させる、いかにもポールらしいものに聞こえてくる。それにしても、近年大麻の合法化が進む米国ゆえか、こんなエピソードをさらりと曲にして発表してしまう感覚は、日本とはかなり違うところ。

ディランの「Mozambique」には、エミルー・ハリスが参加

アルバムの曲は大半がジミーと彼の仲間のミュージシャンたちとの共作だが、カバー曲も3曲収められている。ひとつは(私は知らなかったが)ビリー・カリントンというカントリーシンガーが2010年にヒットさせた「Like My Dog」という曲。愛する女性に対して「飼い犬が僕を愛してくれるのと同じように、僕のことを愛しておくれ」という、一歩間違えばディスクリミネーションで訴えられそうな他愛もない歌詞の曲だが、お得意のスティールドラムをフィチャーしてすっかりトロピカルな雰囲気に生まれ変わったジミーのバージョンは、もはや難癖の付けようがない明るさを醸し出している。

2つめのカバーはアイルランド出身のソングライター、ノエル・ブラジルの「Columbus」。人生を航海に喩え、「パニックに陥った時には[大西洋横断を成し遂げた]コロンブスのことを夢見るんだ」と歌われるこの曲は、やはり航海を愛していたデイヴッド・クロスビーも刑務所生活と薬物中毒からの復帰第2作『Thousand Roads』(1993年)で取り上げていた。

そしてアルバムの最後を飾る3つめのカバーは、ボブ・ディランの「Mozambique」。ディランのローリング・サンダー・レヴュー期のアルバム『欲望』に収められている、彼にしては珍しく曲調も歌詞も軽めの曲だが、南の国で楽しく過ごしたいという内容は(ディランにそれ以上の意図がなかったとすれば)、まさにジミー・バフェットの世界にぴったり。そして、この曲にハーモニーヴォーカルを入れているのは、ディランのオリジナルでもハーモニーパートナーを務めたエミルー・ハリス本人。「今回の録音では歌詞カードを渡してもらえて良かったわ」とエミルーは語っていたという(ディランとの録音では、何も渡してもらえず、ディランの口真似で歌ったとか)。

ジミーからのメッセージソング「Bubbles Up」

カバー曲も魅力的だが、アルバムのハイライトと言えるのは、やはり先行シングルとして発表された、2曲目「Bubbles Up」だろう。アルバムの中では数少ないバラードのひとつだ。ポール・マッカートニーが「今までで最高のジミーのヴォーカル」と評したというこの曲のタイトルは、ジミーがかつて参加した米海軍特殊部隊の訓練で教官に言われた言葉から来ているという。その訓練はヘリコプターから重い荷物を背負って海中に飛び込むものなのだが、その時に教官に教えられた言葉が「水中で自分がどこにいるのかわからなくなったら、泡を追えばいい。そうすれば、いるべき場所にたどり着ける」というものだったという。海上の捜索隊も泡が上がってくるところを探してくれるという。これは、どんな苦しい状況においても目標さえ見つければ必ず道は開けるという、ジミー・バフェットからのメッセージだろう。歌詞の一部を紹介しよう。

この世界がグルグルと回り出すとき
僕たちはその波に飲み込まれ
水の中で毎日足踏みをするだけ
でも 乗り越える方法は必ずある
しっかり備えて 嵐を乗り切るんだ
再び太陽が輝くときまで
羅針盤が空回りして
風に舞う木の葉のように
行く先がわからなくなっても
こうすればいい

泡が上がっていく それが帰っていく方向だ
どんなに深くても、どんなに遠くても
泡が水面を示してくれる
道筋や目的はきっと見えてくるはず
だから 長い航海になったときには
自分が愛されていると知ること
上にはきっと光がある 喜びも十分にある
泡が上る方向に

From "Bubbles Up"
Written by Jimmy Buffett and Will Kimbrough; translation by Lonesome Cowboy

ジミーの死という出来事がなければ、この曲もそれほどは深い意味を持つことはなかったかもしれない。しかし、彼が4年もの長い期間、癌と闘っていたという事実を踏まえれば、この曲のコンセプトは彼自身に向けられたものだったとも考えられる。

少し話が飛躍するようだが、この曲を聴いたばかりの先週半ば、今年(2023年)7月に脳腫瘍のため28歳の若さで亡くなった元阪神タイガースの横田慎太郎選手の話をあるテレビ番組が取り上げていた。21歳のときに最初に脳腫瘍が見つかった横田さんは、医師から「野球のことは忘れてください」と告げられ絶望したが、「もう一度必ず野球をやる」という目標を持って治療とリハビリに励み、現役復帰を果たしたという。しかし、病気の影響でほぼ目が見えなくなった横田さんはその後現役を引退。その後2度にわたって腫瘍が再発。この時点でグラウンドに戻るという目標は既に断たれていた横田さんだったが、ある日「目標が見つかった!」と母親に嬉しそうに語ったという。それは、自分の体験を語ることで自分のような病気の人たちに勇気と光を与えたいというものだったという。この話を聞いて、横田さんのエピソードと、人知れず癌と闘っていたジミー・バフェットの「Bubbles Up」が私の中でシンクロした。

この曲を実質的に作ったのは、近年ジミーのブレーンのひとりとなっているシンガーソングライター、ウィル・キンブローだ。曲のアイデアをキンブローに伝えたジミーは、「宿題だ」と言ってキンブローに曲作りを任せたという。それまでハッピーなタイプの曲しかジミーと共作してこなかったキンブローは、この曲のシリアスなコンセプトに当初は驚いたという。しかし、曲を完成させ、オンラインでデモ音源を送ったキンブローへのジミーの返信メールの表題は「Wow!!!」というものだった。ジミー自身も驚くほどの出来だったのだ。レコーディングに際してキンブローは、デュアン・オールマンがカウボーイの「Please Be With Me」で演ったようなアコースティック・スライド・ソロを入れようと進言したといい、この美しい曲を一層「泣かせる」ものにしてくれている。

「どの部分にも同じような負荷を」

アルバムの表題にもなっている曲のタイトル「Equal Strain on All Parts」は、元蒸気船の船長だったジミーのおじいさんがハンモックで昼寝をするときのコツとしてに少年時代のジミーに伝えた言葉だったという。

ニューファンドランド出身の船乗りの言葉は
今も僕を 近くへ そして遠くへと導いてくれる
そのことを詩と歌で伝えたいんだ
あちらに言ってしまう前に
それを理解できるまでには
少しばかりの時間と余裕が必要だろうけれど

どの部分にも同じような負荷をかけること
そうすれば どんな道を選んだにせよ
背中や頭や 心の痛みは和らぐだろう
それは絶対に願うべきこと
そして 忘れてはいけないこと
今 このハンモックに横たわっていると
どの部分にも同じように負荷がかかるってのは
本当に気持ちがいいんもんだ

From "Equal Strain on All Parts"
Written by Jimmy Buffett and Mac McAnally; translation by Lonesome Cowboy

ジミーと近年のコーラルリーファーバンド(ジミーのバックバンド)の主要メンバーであるシンガーソングライター、マック・マクナリーとの共作とクレジットされているこの曲だが、いかにもマックらしい曲調からして、おそらくは「Bubbles Up」同様、ジミーがコンセプトだけを伝えてマックが仕上げたものだろう。何も知らずに聞けば、アルバムカバーのイメージのような、いつも通りのお気楽バケーションソングと捉えられてしまうかもしれない。しかし、おそらくは癌の影響で身体の節々に痛みが来ていたであろうジミーの状況を想像すると、軽い気持ちで聞くことはできない。

ジミーが最後までこだわったという曲順

アルバムレコーディング中のスタジオでは、これが最後のアルバムになるかもといった話は誰もしなかったという。ただ、ジミーは、アルバムの曲順には最後までこだわった。彼は最終段階になって「University of Bourbon Street」をアルバムのトップに持ってくることに決めたという。マクナリーは次のように語っている。

アルバム全体を通しで聴いたとき、ジミーはかつて見たことがないほど、この作品を誇りに思っているようでした。これが最後の作品になるとわかっていたからかもしれません。
[最後の曲である]「Mozambique」は、彼が行けなかった土地にまだ行きたがっているという表れです。このアルバムは、自身の始まりの土地から目指す場所までの間にある、ジミーの人生の物語であり、彼の思いが詰まったアルバムなんです。

出典:billboard.comの記事より

ジミーが亡くなった際、バイデン大統領のほか、数多くの友人のミュージシャンたちが追悼のメッセージを寄せたことについては下記リンクの追悼記事でも紹介したが、現在「The Long Goodbye」と銘打ったフェアウェルツアーを続けているイーグルスが、ジミーの死の約1週間後のマジソンスクエアガーデンで彼を追悼してジミーの代表曲2曲を演奏していたようだ。最後にその動画を紹介しよう。演奏された曲は、74年の『Living And Dying In 3/4 Time』からの「Come Monday」と79年の『Volcano』からの「Fins」。前者はティモシー・シュミット、後者はジョー・ウォルシュのヴォーカルだ。MCで「俺とジミーは泊まっていた高級ホテルを(バカ騒ぎしたせいで)一緒に追い出されたことがあった」と語っているジョーのヴォーカルは今一歩だが、80年代の一時期、ジミーのコーラルリーファー・バンドのメンバーでもあったティモシーの歌は、彼らしい真摯な気持ちと優しさが滲み出た好演となっている。

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