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ある地名の風景

北上川に降る雪     kitakami-3

盛岡はとても寒い町です。
雪はそんなに多くないのですが、朝の最低気温は北海道なみ。

日中でも零度のこの日、
夕顔瀬橋の上から北上川を眺めていました。

町の中を川が流れているのはとても風情がありますね。
降り出した雪が冬の旅を演出してくれます。

北上川の旅もだいぶ上流に来ました。
このあたりも古代は”日高見国”だったのでしょうか。

奈良時代の地誌「常陸国風土記」(ひたちのくにふどき)では
”日高見”を”常陸”の古い名称だとしているそうです。

ということは、今の茨城あたりも日高見国だったことになります。
これについて、当時の中心地であった大和(奈良)から見て
東の辺境を呼んだ言葉が”ひだかみ””ひなかみ”であり、
大和政権の支配が東、北に及ぶにつれて移動したものだろう
という見方があります。

そうすると”日高見”とは辺境のことなのでしょうか。

日高見の読みが”ひたか”なのか”ひだか”なのかわかりませんが
今でも「鄙(ひな)にもまれな・・」という言葉があるように
”ひた”は”ひな”に通じると思います。
”ひな”も都会から離れた田舎の意味です。

ここまで言うと
岐阜県の”飛騨”と北海道の”日高”を考えずにはいられません。

実は飛騨の語源の中にも辺境説があります。
また北海道の日高は、明治になって地名をつける際、
探検家の松浦武四郎の意見を入れて命名したと言います。

松浦は昔のエミシとアイヌの習俗が似ていることに言及し、
やはり古代の地名を引っ張り出したようです。

”日高見”が人跡未踏の地、未開の地を意味するとすれば
”北上”という地名は、どこということもなく
漠然とした広い地域をさす大昔の言葉が変化した
生き残りということになります。

北上川の向こう、
雪に煙る岩手山は知っているんでしょうね。

(岩手県盛岡市)

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