西村 文

日本の地名と風景をこよなく愛するartist。 ❝そこはか❞となく綴る地名のエッセイと…

西村 文

日本の地名と風景をこよなく愛するartist。 ❝そこはか❞となく綴る地名のエッセイと風景画集です。

最近の記事

ある地名の風景

夏草踊る間家の電柱 makka-3 ここ三戸町の”間家”は馬淵川が大きく蛇行し、 谷を穿つ河岸段丘の上にあります。 ”まっか”と聞いて私がまず頭に浮かんだのは 北海道の”真狩村”(まっかり)でした。 私がもっとも信頼するアイヌ語地名研究家 山田秀三の「北海道の地名」を紐解くと 真狩は「マク・カリ・ペツ」で 「奥の方を回る川」とあります。 真狩川は屈曲が多く、この名で呼ばれたと。 東北の北部には北海道同様、アイヌ語の地名が散在しています。 このあたりにあっても不

    • ある地名の風景

      間家の森の小さな祠 makka-2 知り合いから聞いた岩手の”まっか”さん。 漢字にすると”真下”さんだそうです。 育った町には”赤真下”(あかまっか)さんもいたとか。 どう聞いても色の話をしているような・・ 真っ赤?赤真っ赤? それで訪ねてみたくなったわけです。 苗字があるなら地名もあるかもと・・ でも残念ながら その町では”まっか”という地名を見つけられませんでした。 そもそも”まっか”という地名が あるかどうかもわかりませんし、 あったとしても地元の人

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        間家を走る青い森鉄道 makka 灼熱の東京から逃れて ここは青森県三戸町。 町の名は「さんのへ」です。 岩手から青森にかけて 一戸(いちのへ)~九戸(くのへ)まである謎の地名ですが 四戸(しのへ)だけは 江戸時代になるころには消えてしまったようです。 でもこれらの地名、一筋縄ではいきません。 また別な機会に訪ねて歩きたいです。 この絵、あまり真夏の風景には見えませんが(笑) 下を流れるのは、いつか取り上げた馬淵川。 今まさに鉄橋にさしかかったのは ”青い

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          真夜中の龍土 ryudo-2 龍土、龍土と言うたびに楽器の”リュート”を思い出します。 ギターのような、琵琶法師の琵琶のような・・ 古い楽器のせいか今ではオーケストラでも出番が少ない ちょっとマイナーな存在・・ まぁ、そんなところは”龍土”と似ているのですが(笑) 江戸時代の初め、今の六本木あたりは”龍土村”でした。 そして次第に民家も増え、 元禄のころには”龍土町”になったといいます。 では、中世やもっと古い時代から ここに”龍土”という地名があったかという

        ある地名の風景

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          六本木龍土の十字架 ryudo 前回の乃木坂の続きみたいですが、 うろつきついでに 乃木坂の南隣、六本木まで足をのばすことに。 昨年から私も日傘男子デビュー! ちょっと恥ずかしかったのですが、 使ってみると驚くほど楽! 遮光率99%! 馬喰町の小宮商店ありがとう(笑) 日傘のおかげで長時間歩き回り、 めったに来ない六本木で ”龍土町美術館通り”という標識を発見。 美術館は近くにある新国立美術館のことだとして ”龍土町”? ここ一帯は六本木1~7丁目までで、

          ある地名の風景

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          乃木坂に紅い花 nogizaka たまには国立新美術館にでも行ってみようかと思い立ち、 千代田線で乃木坂駅下車、 地下鉄からの専用入り口にたどり着くと 「本日休館」の文字! あー猛暑の中せっかく来たのにー 仕方なくそのへんをうろつき、 赤い花咲く乃木坂風景に出会いました。 低い木の枝に小さな赤い花。 キョウチクトウかな・・たぶん。 この暑さに花もちょっとしおれぎみ。 乃木坂というと 赤坂や六本木に挟まれた繁華街をイメージしますが、 マンションが多いものの、ど

          ある地名の風景

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          海風のムーラン-御前崎 omaezaki-2 ゴッホやルノワールが描いた ”ムーラン・ド・ラ・ギャレット”は、 御菓子に使う小麦を挽くための風車とか。 日本の海岸に多い風力発電の風車を ”ムーラン”と呼ぶかどうかは定かでありません(笑) 前回、岬の周りに神社はないと言いましたが、 たった一つ、駒形神社がありました。 御前崎について、江戸時代の国学者賀茂真淵は 「汐干れば馬の背の如く数々見える、 人々は七十五里の駒形と言いならし 神々を駒形明神と申す」と言ってい

          ある地名の風景

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          御前崎の砂紋 omaezaki ここは静岡県の御前崎。 駿河湾に角のように突き出した岬です。 遠州灘の沿岸流により長い砂丘が続き、 望洋とした風景が夏の旅人の心に残りそう。 そして何と言っても風が強い! 冬は「遠州のからっ風」と呼ばれる偏西風が名物とか。 ”御前崎”という地名は 台風情報や灯台の映画で知ってはいたものの、 付近にある神社などに由来するものだと 勝手に思い込んでいました。 というのも、 ”前田”という地名由来を知っていたからです。 ”前田”は

          ある地名の風景

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          左門町のお岩稲荷 samoncho 夏といえば怪談! 怪談といえばご存知「東海道四谷怪談」! でもお化けの話ではありません。 口絵だけ”納涼~”そんな感じ(笑) 私がヤボ用でたまに訪れる四谷三丁目近くに、 この「四谷怪談」の元になった お岩さん所縁の”お岩稲荷”があります。 鶴屋南北作の歌舞伎狂言「東海道四谷怪談」では、 田宮家の婿になった伊右衛門がお岩を毒殺するという 凄惨なストーリーですが、実際は仲睦まじい夫婦だったそうで。 でもどうして広い江戸の中で、

          ある地名の風景

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          小名木川夏風景-猿江 sarue-3 梅雨のせいか 先週から涼しい日が目立ちます。 昼はともかく、 夜に涼しいのは本当に過ごしやすいですね。 ところで、何十年ぶりに浅草の”ほおずき市”に行ってきました。 暑いわ人混みだわ 夏の風情もへったくれもありません(笑) それにしても欧米人が多かったなー ところで猿江の最終回! 猿がいたとも思えないし、崖もない土地だとすると あとは言葉の変化しか考えられません。 千葉の山武市松尾という所に”猿尾”という地名があり、 こ

          ある地名の風景

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          夏の柑橘、猿江神社にひとつ sarue-2 江東区史によると 中世には今の江東区のうち、 亀戸より南は広大な干潟や湿地だったろうとあります。 江戸時代になってすぐに小名木川が開削されるのですが、 河道を掘ったということは、この当時はすでに ある程度土地が固まっていたのでしょうね。 前回、”猿藤太”伝説のところで 猿江のあたりは埋立地?と言いましたが、 正確には小名木川以南が埋立地で、中世の猿江は湿地か ぎりぎり波打ち際といったところでしょうか。 ましてや伝説の

          ある地名の風景

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          午後の公園は梅雨明かり-猿江 sarue 江東区を東西に流れる小名木川。 いつだったか 「ひょっとしてコナキジジイはこのあたりの生まれか」 友人の一人がこんなこと言ってました。 でも、この川は「おなぎがわ」です。 また妖怪”子泣き爺”も四国出身だそうで。 残念!何の関係もありませんでした(笑) ちなみに小名木川は、開削した人の名前が由来とか。 ところでこの川沿いに”猿江”という地名をみつけました。 調べてみると、 東京には意外に”猿”がつく地名があることに気

          ある地名の風景

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          ”油面地蔵通り”に、雨 aburamen-2 ここは油面の地蔵通り。 絵の左にあるお堂が”高地蔵”と呼ばれるお地蔵様です。 子育てにご利益があると昔から親しまれているそうです。 ところで”油面”の油は、燃料や食料の油でしょうか。 これは偶然なのですが、 藤沢に”地蔵面”という古い地名があることを知っています。 これは、お地蔵さまに花や菓子、水を供えたり 定期的に掃除したり、お堂の修繕をしたりという 維持管理に必要な経費を賄うため、 年貢を免除された田んぼのことだ

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          油面公園のすべり台 aburamen 今年の梅雨入りは遅れそうですが、 昼は真夏全開! でも朝晩は、まだ涼しい風がカーテンを揺らしています。 三軒茶屋で用事をすませ、バスで目黒に向かったのですが その途中、面白い停留所に気が付きました。 面白いといっても停留所の姿形ではなく、 もちろんその名称。 「次は油面公園・・」 ”あぶらめん”? あれ、こんな所にそんな地名があるのか・・。 バスからの景色は普通の住宅街です。 近くにそういう名前の公園があるのでしょうが、

          ある地名の風景

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          塔ノ山の三重塔 tonoyama 先日、中野区の地下鉄中野坂上駅から 徒歩で山手通りを東中野方面へ向かう途中、 ”塔ノ山町会”という掲示板を目にしました。 中野区に”塔ノ山”なんて町名あった?? 疑問に思いつつ、後から地図を広げてみると 私が歩いたあたりは中野区中央という町名です。 しかしよく見ると 塔山小学校とか塔の山ハイツなどを発見。 どういう事?地名探偵の血が騒ぎます(笑) 町内会があるからには そこの地名を名乗っているはずです。 今の住居表示ではな

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          駅へと続く名もなき坂道-大塚 otsuka-2 タイトルにある駅とは山手線の大塚駅ではなく、 地下鉄丸ノ内線の”新大塚駅”のことです。 そう、ここも紛れもなく”大塚”。 文京区大塚・・ 山手線の”大塚”という駅名は いったいどこから取ったのか。 その南北には北大塚・南大塚の町名があるものの、 ただの”大塚”という地名は 昔からこのあたりにはなかったようです。 いろいろ調べて この駅名の元は2キロも南にある 文京区の大塚だったことが分かりました。 つまりここが本

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