207ページ目の珈琲の染み 01

 俺のいる本屋

1年間に出版される本の出版冊数はおよそ7万5千冊。
1ヶ月にすると約6千冊、1日にすると約2百冊。

そんで、俺はそのうちの1冊。

20年くらい前に出版された、全共闘についての本だ。
今でこそウィキペディアに書かれていそうなことが、
だらだらと綴られている。

こんな本、誰も読みやしない。

そんなこと、店主だって分かってるだろう。
だが、この店の主人は、ずっと俺を本棚の隅に置いている。
なにか俺を置いておく理由があるのか、それとも単に忘れちまったのか、、、。


俺も若い頃は、誰かに読まれることに、希望というやつを抱いていた。
駅からほんの少し離れた、たこ焼き屋のそばにあるこの本屋に来た頃は。
だがな、、、。

10年くらい前からは、この本屋で人間観察に没頭するようになった。
面白いものさ。
てっぺんの禿げたおっさん、赤いスカートの小さな女の子、店中に玉ねぎの匂いを充満させる買い物帰りのおばさん、、、。あれは臭かった。

みんな、ビジネス書とか、児童書とか、料理本だとかを買っていく。

俺がいるのは、歴史コーナーの端っこの一番上。
人間どもがぎりぎり見向きもしないところに、無理矢理押し込まれている。



ときどき、暇つぶしに来たやつが俺を読んでいく。

黒地に赤文字、加えて何やらかっこよさそうな、聞いたことのない単語が羅列された背表紙につられて俺を引き出す。
ペラペラとページを繰って、ご丁寧に元の場所へ戻す。

戻されてるときは、女がヤリ捨てされているような気分で嫌になる。

、、、知らないがな。

まあ、記憶が正しければ、俺は出版されてから今まで17回ヤリ捨てされたことになる。


今日は誰も来てない。
珍しいことだ。毎日7人くらいは来るのに。
もう、19時を回った。普段は閉店まであと2時間あるが、店主はもう閉める準備を始めている。

店主が奥に引っ込んだところへ、青年が入ってきた。
それなりに上背のある、色白の男。学生だろうか。
黒いロングコートに纏わりつかれている、ひょろっとしたやつだ。

店内をぐるりと、つまらなさそうに歩いている。

パンパンになったリュックが、何度も棚の本を蹴散らしそうになっていた。

例によって俺は買われないだろうし、今日はもう疲れた。
寝る。


俺は朦朧とした意識の中、嫌に懐かしさのある浮遊感につつまれた、、、。



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