小説「人生てってれー」①

ん?ここは…。
「テッテレー!ドッキリでした」
ドッキリ…何が?

新発田和華波。36歳。お笑いコンビ「れんぼ」のツッコミ担当。芸名ワカ。芸歴14年目。彼女いない歴17年。「売れる」の喉元に刃物を突きつけることも出来ていない。M-1グランプリとかの準々決勝とはまるで縁がない。

まさか、こんなプロフィールになるとは思ってもいなかった。気付いたら、人生取り返しのつかないことになっていた。街中で非常にふくよかな人を見ると、どっかのタイミングで太っていることに危機感を持たなかったのかと不思議に思っていたが、自分のことはこんなにも分からないものだ。

いつだったか、親ガチャなる言葉が流行っていた。確か、子どもはどの親に生まれるかを選べない、どの親に生まれるかで幸か不幸か決まる的な。そんな意味で言ったら、僕は親ガチャに成功したのに、親は子ガチャに失敗した。下手くそなのに高校まで野球をやらせてもらい、大学進学の前に一浪分足踏みさせてもらい、挙句の果てに帝都大学大学院まで進学させてもらって、今は売れないお笑い芸人だ。家庭環境も良く、常に尊重してくれる、そんな最高の親の下に、こんな最低の人間は産まれた。

36になった今でも思う。お笑い芸人になっていなかったら、大学生活を、いわゆる華のキャンパスライフに染め上げることができていたら、僕はどれだけ最高の人生を送ることが出来ていただろうか、と。青春懐古厨的なこんな思考は、結婚して子どもに恵まれ始めた、同世代たちとはもはや共有できない。

いや、言い過ぎた。これだけ現状に不満を吐露してしまうと、まるで今の自分の全てを否定しているようだ。僕は相方と仲が悪いわけでもなければ、コイツのせいで、といった感情も全く持っていない。なんなら、ひどく感謝している。アイツは、憂鬱に浸ることに価値を置いていた当時の僕を、社会的に安全なレベルまで明るくしてくれた。おかげで最低ラインの社交性を身に付けることができたような気がする。時に仲が良すぎ、時に揉めまくり、そんな距離感で14年間歩んできた。

でも、流石の僕らも新たな生活に足を踏み出す時が来ている。今日は塾講師のアルバイトからのネタ合わせ。普通の一日、には恐らくならない。なぜなら今日僕は、相方に解散を告げようと思っているからだ。「今までありがとう」と。そして、「これからどうする」と。続けて「僕はお笑いを辞めて、今アルバイトしてる塾で正社員になるかな」と。もうそれぐらいしか、出来そうなことがない。帝都大学大学院を出ているものの、36まで職歴が無かったら、それなりに選択肢は狭まれる。とにかく、このままじゃダメだ。そう思い立つのが遅すぎたかもしれない。相方には申し訳ない。ここら辺でドロップアウトさせてもらう。

いや待てよ。職にありつけたとして、お笑いを辞めた僕と喋ってくれる人はいるのか。ただでさえ数が少ない友人たちは結婚出産子育てに追われており、こちらから何かに誘うのは憚れる。だからといって恋人はいない。今までは相方が話を聞いてくれていた。少なくとも。でもこれからは…。恋人を作ればいいと人は言うが、どれも他人事だ。36にもなってろくな恋愛経験のない奴は、余程金か能力を持っていなければ、少なくともこんな人間は、いくら晩婚化した現代であっても結婚できやしないだろう。あぁ困ったもんだ。ひとりは嫌だし、家族は欲しい。今からマッチングアプリでも始めるか。でも、若い頃ですら上手くいかなかったんだ。今からアプリで上手くいきそうな感じなど少しもない。やっぱり、僕は花束みたいな恋がしたかったし、学生のうちに男女入り混じった6人ぐらいのグループでディズニーに行きたかった。それに、今更だけど36ってヤバいな。いつの間に僕は…

キキードンッ!

あれ?ここは…?見渡す限り白い部屋。僕もしかして、死んだ?車に轢かれて死んだ?そっかぁ。意外と未練なんかは湧き出てこない。相方に少しだけ申し訳ないということ、親孝行すればよかったという。そんなもん。にしても、死後の世界ってこんなベタなんだ。僕が生きてた世界は死後の世界を割と忠実に再現してるんだ。ん?あれは、こっちに近づいてくるのは、何?

「テッテレー!」
「はい?」
「ドッキリ大成功!」

悪魔のような顔をした天使が、昔のテレビでよく見た古い看板を僕に向けている。

「だから、ドッキリ大成功!」
「ドッキリ?何が?」
「何って、人生ドッキリ」

こいつは何言ってんだ。

「え?気付いてなかったの?自分の人生振り返ってみ?」

自分の人生。36歳。売れない芸人。モテない。親孝行できていない。職歴なし。

「こんな人生、ドッキリじゃなきゃ普通やってらんなくない?」
「……」

僕の人生がドッキリ。

「そう。気付いてなかったんだ。なんか神様の気まぐれでイタズラしちゃったみたいなんだって。神様たまーにそういうことするんだよね。全く、困ったよ。でさ、嫌じゃなかったら、人生やり直せるようにするよ」

人生、やり直す。人生をやり直すことができる。

「申し訳ないからね。流石に。で、どこからがいい?人生どこからやり直す?」

どこ…?

「どこって、ドッキリ始まる前から…」
「それが、どこだと思う?」

どこからやり直せば、僕のプロフィールはあんなめちゃくちゃにならずに済んだのか。いつからドッキリが掛けられていたのか。

んー。お笑いを始める前に戻って普通の暮らしを手にする?そう考えると、大学時代か?いや既に詰んでいた。浪人時代?これまた既に詰んでいる気がする。高校時代?実に再スタートとして最もらしい気がする。

「高校1年生の入学式。」
「はーい。分かったぁ」

ひとりの人生の話だぞ。なんだその気のない返事。

「じゃあ、ごめんね。楽しんできてー」

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