お笑いの経済学―M-1グランプリ2022を事例に―

 

東京大学大学院経済学研究科修士課程 白れんが ろきちゃん

目次

1.課題と対象

2.M-1グランプリ2022の概要と世間の反応

3.M-1グランプリ2022審査への計量的分析

4.分析の結果と解釈

5.課題と展望―より良い笑いの審査へ―




1.課題と対象

(1)     本稿の課題

 本稿の目的は、お笑いの評価基準として用いられる審査員による採点方式が果たしてどの程度正当な評価を下しているのかについて、計量的な手法で一考察を加えることである。大きな賞レース(M-1グランプリ、キングオブコント、R-1グランプリ)の決勝は、全国放送のテレビで放映されることが通例となっている。芸人たちにとっては、その舞台に立つことが悲願であり、視聴者にとっては年に一度の笑いの祭典であるという。つまり、この規模の賞レースはエンタメとして確立していると言える。

しかし一方で、毎年審査員による採点の巧拙が話題になっている。これは、「面白い」という価値観を目に見える形で評価することには困難が伴っていることを示す。こうした個人の選好に多分に依存したものであるお笑いを評価する現在の採点方式は、その割にはシンプルである。M-1グランプリでは、審査員7名が10組の漫才師に対して0~100点までの幅で採点をし、その合計点数上位3組が披露する2本目の漫才も考慮にいれ、1人1票投票する。過去大会における審査員の審査コメントから、どのような要素が基準になるか挙げるとおよそこの3点にまとめられるだろう。

・会場でどれだけウケていたか

・自分の好みかどうか

・目新しい設定、システムを導入しているか

 当然、この配点の基準は審査員によって大きく異なる。自分の好みを重視する審査員もいれば、どれだけウケていたかを重視する審査員もいる。その結果、テレビの前の視聴者がネタを見て受けた印象と乖離する場合がある。M-1グランプリ2020年大会では、「マヂカルラブリー」が優勝を飾ったが、その後に「あのネタは漫才であったか」といういわゆる「漫才論争」が繰り広げられたことは記憶に新しい。そして、そうした視聴者との乖離による批判が直接審査員に向けられることもあった。本稿では、この点に焦点を当てた分析を試みたい。つまり、審査全体において批判の的となった審査員個人の採点が、果たして批判に値する程出鱈目であったのかという点である。この点に論点を絞って筆を進めていきたい。

そもそも「お笑い」を研究対象にした研究は極めて少ない。管見の限り、「笑いの経済学―吉本興業・感動産業への道」[1]が存在するのみである。木村政雄は、吉本興業を事例に産業発展の経路を経営史的な手法で明らかにしている。「お笑い」を産業として認識する手法には興味を掻き立てられる。また一方で、経済学的な手法を導入した研究は存在しない。「お笑い」が産業として成立していることを考慮にした上で、現在のシステムに妥当性という軸を以ってメスを入れる必要があるのではないかと考える。ひとまず、漫才師のテレビへの登竜門の1つとなっているM-1グランプリの審査に目を向け、よりよい審査のシステム設計という目的への議論の出発点としたい。

(2)     分析の対象と手法

 本稿において分析の対象とするのは、M-1グランプリ2022年大会である。本大会は、審査員の一部変更が行われた。大会終了後には、一部審査員への批判がTwitterのトレンドに入ることになった。こうした批判が果たして妥当であったのかという論点に沿って、2022年大会全審査得点に計量的な手法を用いて分析していきたい。


2.M-1グランプリ2022の概要と世間の反応

(1)M-1グランプリ2022

 2022年12月18日、およそ5か月にわたって行われた予選を勝ち抜いた10組の漫才師による特別番組「M-1グランプリ2022」がテレビ朝日より放映された。史上最多7261組の頂点に立ったのが、タイタン所属「ウエストランド」であった。表1では、出番順別決勝出場者と各審査員の得点、最終順位と平均点をまとめている。

 最終決戦に進んだのは、得点の高い順に「さや香」「ロングコートダディ」「ウエストランド」であったが、最終決戦の結果、「ウエストランド」6票、「さや香」1票、「ロングコートダディ」0票となった。

 2021年大会との相違点は、審査員が2名入れ替わった点である。2022年大会では、山田邦子、博多華丸大吉が上沼恵美子、オール巨人との入れ替わりで加入した。大吉については2016年大会で審査員を務めていたのに対して、山田の審査参加は初である。

(2)世間の反応

 2022年大会において、ネット上で話題になったのは山田の審査についてであったことは記憶に新しい。批判の趣旨はこのようであった。山田はトップバッターの「カベポスター」に84点をつけた。この点数が他の審査員に比べて低かったこと、そして2番手の「真空ジェシカ」に対して「カベポスター」よりも11点高い点数を付けたことで、山田の審査員としての適性に疑問が投げかけられた。確かに近年の審査から見ても、84点という点数は確かに低く、あまりにも個人の嗜好に寄って、ウケを無視する審査は批判の的として妥当である。厳正な審査によってその年の優勝者は選ばれるべきで、あまりにも審査をかき乱す審査は避けるに越したことはない。

 感覚的に言うと、山田の審査は結果に対するバラツキが高く思えるが、審査対象10組に対して点数レンジ11点は妥当ではなかろうか。非常にレベルの高い戦いが繰り広げられている中で、出場者には差をつけなくてはならない。こうした観点に立ってみると、山田の審査は批判に値しない、良い審査ともいえるのではないだろうか。改めて、感覚的なものから離れて計量的にこの点を明らかにしていきたい。


3.M-1グランプリ2022の審査への計量的分析

 本節では、計量的な手法からM-1グランプリ2022を分析する。便宜のために、M-1グランプリ2022の結果をポイント制で表記していこう。ポイントのルールを以下のように定義する。

・ファーストラウンドの結果に応じ、1位に10点、2位に9点…という様にポイントを付与する。これを「結果1」とする。

・決勝ラウンドの結果に応じ、1位に3点、2位に2点、3位に1点を追加で付与する。これを「結果2」とする。

以上を考慮すると、総得点を含めた結果一覧は表2にまとめられる。本節ではこれを基に分析を進める。

(1)相関係数

 はじめに、相関係数による推定を行う。相関係数rは-1≦r≦1で変化し、絶対値が1に近づけば近づくほど、相関関係が強くなる。ここで相関係数を用いるのは、審査員による点数と合計点数の相関関係を見出すためである。個人審査員の点数と合計点数の相関係数が1に近づけば近づくほど、最終的な結果に対するその個人の審査は適合的であったと言える。つまり絶対値が小さいほど、最終的な順位とその審査員の採点は乖離しており、その審査員はM-1グランプリの審査に向かないのではという議論が可能になる。はじめに、こうした比較的簡単な分析から始めていきたい。

 表3が推計の結果となる。これを見ると、2022年大会で批判の的となった山田の審査は全体の審査に対して出鱈目に乖離していたとは言えない。他の審査員に比べて相関係数が低いことは否定できないが、むしろ山田よりも、大吉の審査の方が実際の結果に対して恣意的であったのではないかと指摘できる。結果1では大吉の審査は山田の審査よりも10ポイント小さいことが分かる。

ここで、結果1での山田、大吉採点の散布図を確認する。図1、2では縦軸に結果1のポイントを、横軸に両審査員の審査結果をプロットしている。ここで確認したいのは、相関係数が外れ値によって、見かけよりも乖離している可能性である。数値だけでなく、視覚的にも確認しておきたい。図1、2を見ると、外れ値によって相関係数が恣意的に操作された可能性は否定できると言える。


 以上、表3で示した相関係数から、山田の採点が最終結果から批判される程に乖離していたとは言い難い。しかし、相関係数を見ただけでは本稿の目的を達し得ないので、項を改め、回帰分析を行っていきたい。


(2)回帰分析

 表3で示した相関係数による仮説を検討するため、回帰分析を行っていく。推計に用いるモデルは単純な重回帰モデルであり、「結果1」を被説明変数に、各「審査員の採点結果」を説明変数として7つの変数を用いる。その下で、帰無仮説「各審査員の採点と結果1に差がない」ことを検証していく。表4では、7つの変数における基本統計量をまとめている。

 回帰分析の結果、変数7つの内で「山田」のみが有意水準10%以内で帰無仮説が棄却された。つまり、「山田」の採点は「結果1」に対して有意な差がないとは言えないことになる。他の6つの変数と「結果1」には、差がない可能性が高いことがp値から言うことができる。(1)での相関係数推計において「山田」よりもバラつきが確認できた「大吉」については有意水準10%以内では帰無仮説を棄却できなかった。


4.分析結果の解釈

 以上、前節での分析による結果をまとめ、解釈を加えたい。まず、「結果1・2」と各審査員の採点結果における相関係数は、「山田」よりも低い審査採点を示す審査員が存在した。一方で、回帰分析による推計では「山田」のみが「結果1」に対して有意な差が存在したと言える。

 こうした結果と、M-1グランプリ2022終了後に「山田」に向けられた批判を合わせて考えていきたい。今一度「山田」に対する批判の要点をまとめると、最高点と最低点の差が開きすぎており、審査員としての適性がないのではないかというものであった。

 相関係数を見る限り、「山田」の審査はネット上で炎上する程の出鱈目さがあったことは確認できない。それは、より相関係数が低く出た「大吉」にはそうした懐疑の目が向けられることがなかったことが間接的に示している。テレビを通じてM-1グランプリ2022を見ていた視聴者は、感覚的に「山田」を批判していたに過ぎず、そうした指摘は的を射ていなかったと言える。

 一方で、回帰分析からは「山田」の審査が「結果1」に対して有意な差があることが確認できた。


5.課題と展望―より良い笑いの審査へ―

(1)本稿の貢献と課題

 本稿を通しての分析では、山田に対する世間の反応が根拠のないものであること、回帰分析の結果から「山田」と「結果1」には有意な差がある可能性があることが分かった。しかし、分析におけるモデル、変数の決定には問題があったように思える。例えば、結果をポイント制で示すのではなく、優勝したのかどうか、あるいは最終決戦に残ったかどうかをダミー変数で示すなど、今取りそろえることができるデータセットのみでの分析では不十分であろう。より結果と審査過程をつなぎ合わせることで、お笑い審査の評価の制度を挙げることができるのではないだろうか。


(2)今後の展望―審査システムの合理化―

 本稿でみてきたように、個人の嗜好に大きく依存するお笑いを審査するのはとても難しい。度々、審査員と世間の反応は乖離を生んでいる。エンタメであるから仕方がないという面と、エンタメであるから、そのようなトラブル無しにより多くの人々が楽しめるようにしなくてはならないというふたつの側面があるように思える。かつてはM-1グランプリで視聴者投票が審査に反映されていたこともあった。その是非については本稿では付言できないが、審査システムを合理化する手法の一つとして検討に値する。今後とも、新たな合理的なシステム考案の議論に少しでも貢献できる分析にしていきたい。



参考文献一覧

木村政雄『笑いの経済学―吉本興業・感動産業への道』集英社,2000年

中西聡「娯楽と消費」『経済社会の歴史 生活からの経済史入門』名古屋大学出版会,2017

 年

森棟公夫『基礎コース 計量経済学』新世社,2005年

菅民郎『Excelで学ぶ統計解析入門』オーム社,2016年

Michael J. Crawley著 野間口謙太郎・菊池泰樹訳『統計学:Rを用いた入門書』共立出版,2016年


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