10万円でおいしいものをたらふく食べて、巣篭もりできるように備えたい。
10万円一律給付のことだ。
今、政治家や著名人などお金には困ってなさそうな人たちが、
「私は受け取りません」
「もっと困っている人たちに」
なんてことを言い始めている。
なんだか、耳触りがよくて「親切な人たち」「優しい人たち」のように聞こえる。
聞こえるだけだ。
おそらく。
そういう、パフォーマンスなんだ。
おそらく。
受け取らないなら、受け取らないでいい。しかし、それを大きな声で言う必要があるかといえば、その必要は全くない。
受け取らないこと、給付を断ることが「素晴らしいこと」のように位置づけられるのは気がかりだ。
受け取らなかった場合、それは本当に「困った人」に届くのだろうか?
国のものになって、全く違うところに使われはしないだろうか。例えば、オリンピックを延期した費用に使われはしないか?
IOCは20日、追加費用の負担について「安倍首相は、日本が既存の合意条件の下で引き続き費用を負担することに同意した。IOCも費用の負担割合には責任を持ち続ける。IOCの追加負担は数億ドル(数百億円)に上る」などとする見解を示した。(毎日新聞)
この記述は、21日に削除されたものの、こういう事態になる可能性が多分にあることを示している。日本政府側とIOCがきちんと口裏合わせができていないくらいに、何かをなすりつけあっているのだろうなと暗澹たる気持ちだ。
この10万円給付は、[国民が「困っているから」政府が給付してくれるお金]、なのだろうか?
そもそも税金なら、国民みんなのお金ではないのか?
「自粛をしろ!」と言われて真面目に自粛している国民へのお見舞い金ではないのか?
というか、国民が困っているときは、その国家の政府が助ける。その仕事をするために政治家がいるのではないか?
と、思う。
私はほとんど生活苦に陥っているから、手続きを踏んで絶対に10万円を手に入れる。なにがなんでもだ。
そして、いつもは食べられないようなちょっといい、おいしいものをたらふく食べる。その次に、しばらくは自宅でも豊かな生活がおくれるように備える。
おいしいものをたらふく食べれば、今客足が少なくなって存続が危ぶまれている料理屋や第一産業を稼業としている人たちの助けになれるかもしれない。
巣篭もりするために必要なものを買えば、そのお店は来年も再来年もコロナが収束するまで営業が続けられているかもしれない。
何か消費活動をすれば消費税が必ずかかる。これはもうどうしようもない。この際だから、消費税をなくしてくれればいいのだが。。。。
オタクは自分の食料と自分の好きなものに全力で貢げばいいのではないだろうか。好きな焼肉屋さんが潰れて欲しくないなら、そこで食事をするのもいいだろう。道の駅や直売所で農家や漁業者、酪農家の生産物を思いっきり買うのもいい。好きなブランドの服を1着でも買えば、そのブランドは今年いっぱいは店を畳まなくてよくなるかもしれない。
今、もし、10万円が必要ないならば、そういうことにお金を使うのはどうだろうか。政府に返してしまうより、もっと直接何かを助けることができそうな気がする。
お金の使い方は自由だ。だからこそ、しっかり考えなければいけない。
2020年4月21日火曜日。
快晴でしっかり歩くと汗ばむくらいだった。バスで出勤する時はいつも病院の前のバス停で降りる。今日もそのバス停で降りたら、バスの運転手さんに「コロナ、気をつけてね」と気遣われた。思わずいい返答ができず、お礼を言うに終わった。こんな中でも、出勤しないといけない職業のみなさんにはくれぐれも自分の身体を一番に考えて欲しい。バスの運転手さんもお気をつけて。お心遣いありがとう。
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