a little something : 蛇は太る
夏休みは山の子になる
騒がしゅうなるなぁ
なるわいねぇ
じいちゃんとばあちゃんのひそひそ話が 漏れ聞こえる
夏休みはねえちゃんに会える
ねえちゃんはかあちゃんの年の離れた妹で
この家に じいちゃん ばあちゃんと住んでいる
でも ねえちゃんは誰とも似ていない
じいちゃんにもばあちゃんにも かあちゃんにも
細身で背が高い 手足も長い
すらりというより ひょろりという感じ
モデルさん とまではいかないけど きれいな人だ
いつも静かにしていて ちょっと冷たい感じもする
だけど 笑顔はやさしい
ヘヴンリィスマイルだな とうちゃんが言ってた
夏は障子や襖をはずして 間仕切りを立てる
二部屋三部屋がひとつにつながる
真ん中に寝転ぶと
裏山からの涼風が吹き抜けて 気持ちがいい
蝉の声 風鈴の音 遠雷
畳 座布団 昼寝
涼風は眠気を誘う
横になると 目を開けているのがしんどくなる
この辺りじゃ 蛇のまじないっちゅうんよ
とんとんとん とんとんとん
誰かの手が ボクの胸や頭に触れている
ぼんやり ねえちゃんならいいなと思った
ねえちゃんについて藪を歩く
浴衣の金魚や出目金が 背中や腰のあたりをくねくねと泳いでいる
どこに行くの まだ歩くの
枝を避ける 蛇の抜け殻が絡んでいる
蛇は太る 出てきたら嫌だな
まだ歩くの もうひとりじゃ帰れない
金魚だけを見て歩こうとするが
視線の端を絶えず薄気味悪さが過ぎる
落葉枯葉を縦横に蔦が這う 時折 足を取られる
蜘蛛の巣が顔や肩に張り付いてくる
ボクの臆病を 藪ががさがさと笑う
かさっと枝が揺れる
百舌鳥の早贄なのか
枝先に突き刺さった蜥蜴が 逃れようと身を捩っている
もう ボクも逃げられない
ねえちゃんは振り向かない
黙って歩く
ねえちゃんは ほんとにねえちゃん
胸の内に生まれる疑念を打ち消しながら ついていく
ついていくしか ない
腰の出目金と目が合った 笑っている
ねえちゃんが歩を止める
足元の薄暗がりに 小さな卵がとろっと割れている
中身はもう鳥の形をしていた
傍らに雛がぴぃぴぃと鳴いている
きっと郭公の雛だ
いくら鳴いても 親鳥は助けにこない
いつか じいちゃんに教わった
百舌鳥の卵を押し出す時に 勢いあまって自分が落ちたんだ
こいつを巣に戻すとどうなるか 考えてみな
残りの卵を押し出して えさを独り占めにする
郭公ってのは そういう鳥なんだ
……こいつらは 自分じゃ孵せんのかもしれんなぁ
でもな 戻したところで蛇にでも見つかったら
とんとんとん とんとんとん
ぼんやりと目が覚める
夢を見ていた ねえちゃんの夢だった
だんだんと焦点が合ってくる
崩した膝に金魚が休んでいる
出目金と目が合う 笑っている
あ ねえちゃん いま 夢を見てたよ
ヘヴンリィスマイルを浮かべ ボクの頭や胸を撫でている
そして 顔を寄せ 小さくつぶやいた
郭公 おいしかったね
裏山に 百舌鳥の高鳴きが響いている
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