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ロコワークジャーナル Vol.1弘前市編 04.日本の三大刺し子「津軽こぎん刺し」を支える「刺し手」コミュニティを守る

ロコワークジャーナルとは…
各地を飛び回るロコワークメンバーによる取材レポートです。観光/テレワークよりも一歩踏み込んだ地域とのかかわりができないか?というロコワークが考える視点で地域を探し出し、地域のユニークな人や資産をレポートします。

前回記事では津軽打刃物を製造する二唐刃物鍛造所の吉澤剛さんに伝統を後世に残すための会社再建のお話を伺いました。

今回のお話は、江戸時代から津軽の女性たちが知恵と工夫で紡いできた「津軽こぎん刺し」。その生産を支える刺し手を束ねる「弘前こぎん研究所」の千葉弘美さんに伺いました。

弘前市04.
日本の三大刺し子「津軽こぎん刺し」を支える「刺し手」コミュニティを守る

弘前を中心に津軽地方の伝統的な刺し子技法「津軽こぎん刺し」。農家が生み出した生活の知恵で、衣服の保湿・補強のための刺し子が始まりだったと言われています。現在では小物やファッションなどに取り入れられ、若年層にも人気を集めています。津軽こぎん刺しの商品を製造する全国では老舗の会社「弘前こぎん研究所」の千葉弘美さんに話を伺いました。

津軽こぎん刺しをつくるのは、“フリーランス”の
「刺し手」の女性たち

「弘前こぎん研究所」では、「刺し手」と呼ばれる女性たちに、こぎん刺しの生産を依頼しています。「刺し手」の数は100〜120人。弘前近郊に住む女性で世代は30〜80代とさまざま。過去には学生がいたこともあったそうです。

「刺し手さんたちのレベルやペースは人それぞれなので、製造する商品数やお願いしているこぎん刺しの難しさも余裕を持って発注しています」と話す千葉さん。「刺し手」には資格や制度はなく、「弘前こぎん研究所」との間に雇用関係もありません。「刺し手」は依頼された量のこぎん刺しの麻布と綿の糸を設計図と共に自宅などに持ち帰り、それぞれのペースでこなします。フリーランスの製作者がいて、リモートワークしているといった関係が分かりやすいのかもしれません。

▲弘前こぎん研究所・千葉弘美さん

「刺し手」の一人である50代女性は、新聞にあった「刺し手」募集の広告を見つけ、「刺し手」になりました。その女性はこぎん刺しの未経験者でしたが、「弘前こぎん研究所」では講習会を受ければ、未経験でも「刺し手」を始めることができます。

「仕事の量は自分のやる気次第。私は少しずつ与えられた仕事を刺していると楽しくなっていった」と、その女性は教えてくれました。現在はすでに10年のキャリアを積み、主力の「刺し手」の一人に。その日も刺し終えたこぎん刺しを千葉さんに渡し、新たな仕事をもらい家路についていました。

▲こぎん刺しの模様。ベテランになると大きなこぎんもお願いされるようになる

刺し手を惹きつける津軽こぎん刺しの魅力とは?

「津軽こぎん刺し」は、麻布の生地に綿の糸で刺す「刺し子」で、生地の縦糸の織り目に対して、奇数の目を数えて刺していきます。その幾何学模様は「モドコ」と呼ばれ、基本形だけでも約40種。近年では製作キットが100円ショップに並ぶなど、身近になりつつあります。千葉さんは18歳から「弘前こぎん研究所」にアルバイトで関わるようになりましたが、「津軽こぎん刺し」を深く知っていたわけではありませんでした。

「当社は私の祖父が2代目所長で、父が跡を継ぎ、現在に至ります。子どもの頃から津軽こぎん刺しには慣れ親しんではいましたが、こぎんを刺せるようになったのは入社してから。仕事になるとは思ってもいませんでした」と振り返る千葉さん。しかし、現在は社員として父を支え、「刺し手」の管理をしながら千葉さん自身が「刺し手」として働くこともあるそうです。

▲一針一針丁寧に刺していく刺し子技術

千葉さんは刺し手からみた津軽こぎん刺しの魅力をこう語ります。「無心になれること。ちくちくとずっと刺していると、時間を忘れてしまうことも。人によっては頭がすっきりすることもあるそうで、私は寝る前に始めると集中しすぎて睡眠時間が削られます(笑)。細かい作業が苦手な人には難しいかもしれませんが、刺し手さんたちはこぎんを刺すことが好きなんです」。

多くの「刺し手」は仕事や製作費が欲しいというわけではないと言います。中には孫の小遣いやプレゼントを買うためにしているという人もいるようですが、必要な収入を得るためにやっているわけではないそうです。「津軽こぎん刺しを作ることが楽しくてやっている人がほとんど。商売というより、今でも生活の一部。集まってこぎんを刺すだけのグループが弘前にはあったり、普段使う物や身に着ける物に自分で刺したこぎんを使ったりする人もいます」。

▲こぎん刺しを取り入れさまざまなアイテムに

百貨店とのコラボレーションよって見えた課題

「刺し手」が作るのはこぎん刺しそのもので、「弘前こぎん研究所」では納品されたものからブックカバーや名刺入れといった商品に仕上げていきます。商品の依頼は近年増加傾向にあり、店オリジナルの組み合わせで配色した商品やこぎんと組み合わせた新商品の開発といった問い合わせがあるようです。

「弘前こぎん研究所」では2014年に、三越伊勢丹とコラボ。ドレスやコート、スカートなどにこぎんを刺して商品化しました。大手百貨店との初めての挑戦で、手探りのところもあったそうです。「ここ10年で津軽こぎん刺しの社会的認知度も高まり、コラボや新商品の相談などを受ける機会が増えてきました。三越伊勢丹との商品開発もその一つ。大きな転機となりました」と千葉さん。

▲新しい挑戦と刺し手の管理の両立が難しいと話す千葉さん

三越伊勢丹とのコラボではウールや糸も特殊なものを使い、本来の津軽こぎん刺しである麻布に綿糸に刺すといったものとは別でした。商品自体は大好評で、次回のオファーもありましたが断ったそうです。「私たちの中で葛藤はありました。通常商品の生産をストップしてまで続けていいものかという葛藤です。それは違い、私たちがこれからも続けていきたいことは、津軽こぎん刺しの伝統を守りつつ、発信をしていくことだと気づきました」。

伝統を残すために、刺し手一人ひとりの気持ちを第一にしたい。

2022年12月には創業80年を迎える「弘前こぎん研究所」。老舗のこぎん専門の会社としてこれからを担うために何を続けていくのか。コラボは伝統としての「津軽こぎん刺し」を改めて考える機会になったと言います。千葉さんは「多くのオファーをいただく中で、私たちにやれることとやれないことがあります。その考え方を否定するわけではありません。私たちでお手伝いできない場合は、できそうな人を紹介しています」と話します。

「津軽こぎん刺し」を楽しみながら刺している100人を超える「刺し手」の気持ちを第一に考えること。これこそが伝統を残すための方法だと明かす千葉さん。その一つとして、刺し手との打ち合わせや仕事の受け渡しは基本的に対面。メールや電話、郵送でのやりとりは少ないといいます。「直接会って、手渡しをして世間話をしながら盛り上がります。話が長引き、納品に来る人たちの渋滞ができてしまうこともありますね(笑)」と笑顔で語ります。

▲刺し手と談笑しながら仕事の話もする千葉さん

刺し手の高齢化や模造品対策など頭を抱えることはたくさんありますが、津軽地方に数百年と長く根付いている伝統工芸が残り続けていることには、「弘前こぎん研究所」のこういったコミュニティづくりや刺し手一人ひとりの関係性を大事にしている姿勢が背景にあるからなのかもしれません。

「新しいことに挑戦することも大事ですが、昔ながらのやり方を残すことと刺し手さんたちの『刺したい』という思いを大切に考えるようにしています。結果として伝統を守っていく鍵になっているように感じています」。




4回にわたり、弘前市で活動する皆さんのお話をお届けしました。

地域の起業家を支援する取り組みや、
津軽地方の伝統・文化を次の世代につなぐ活動を通して
観光だけではみえない弘前市の一面が見えてきます。

お話を伺った皆さんが取り組まれている課題にも、
担い手のやりがい、労務マネジメント、事業設計、地元と外部との連携や情報発信…といったさまざまな側面があることもわかります。

テレワークやワーケーションで、弘前を訪れるとしたら…?
お話を伺った皆さんそれぞれが挑戦する課題を聞いてみると
自分が仕事でこれまで培ったノウハウがいかせることがあるかもしれない、
そんな関わり方の可能性がありそうな予感もしたのではないでしょうか。

今回ご紹介できませんでしたが、
弘前には魅力的な事業者の皆さんがまだまだいそうです。

ロコワークではこれからも、地域のユニークな人や資産を探して
一歩踏み込んだ関わりができそうな場所を見つけていきたいと思います。
こんな地域やこんな面白そうな人がいるよ…!
など、ぜひコメントなどでお寄せください。

(弘前市編 おわり)