見出し画像

京都から福岡県宗像市大島へ移住した画家、濃密な2カ月目

月1回のペースでお送りする、「Oh!! 島セキララ記」。京都から福岡県宗像市の大島に移住した井口真理子さんが、島に移っての「セキララ」な日常を綴ります。2回目の今回は「濃密だった」という1カ月を振り返ってくれました。

いろんなことがありすぎた移住2カ月目

宗像大島に移住してきて、もう2カ月余り。いや、というよりもまだ2カ月か、というくらい濃密な時間を過ごしている。

特に7月は箇条書きにするだけでも、いろいろな出来事があった。

・6月から制作していた、旧行政センター「umiba」の壁画「PRISM」が完成した。
・「umiba」のポップアップレストランやバーが始動し、嬉々として参加した。
・中学時代の同級生と、大島(しかも家から徒歩30秒の場所)で奇跡の再会を果たした。
・「虫との戦い」は駆除作戦が功を奏し、だんだん「人の住処」が形づいてきた。
・家づくり/スタジオづくりを鋭意継続し、だんだん「暮らし」が形づいてきた。
・個展に向けて、新作絵画制作、シルクスクリーンTシャツのデザイン/制作に勤しんだ。
・7月30日、31日に福岡市の西新で個展「OH!! HUMMY!!」を開催した。
・誕生日を迎え、32歳になった。

ざっくりまとめるとこんな感じである。大島での1カ月は、移住前の3カ月分くらいが濃縮されているようで、時間の感覚がやや麻痺している。月前半は、壁画制作やumibaのイベントへの参加を通じて積極的に島の皆さんと交流し、月後半は、出来立てほやほやのアトリエに閉じこもり、せわしなく創作活動に励んでいた。

では、7月の振り返りとして、序盤、中盤、終盤、といった流れで振り返りたい。

序盤:虫との戦い、その後/壁画完成

「umiba」での週末イベントがいよいよ幕開けとなり、トップバッターは私が個人的に「大島のアシタカ様」とお呼びしているK氏。タコライスのポップアップレストランを運営されている。例によって日頃虫と戦っている私は、島の方々と虫トークを交わすことが多い。

ある日、戦いによる疲弊をK氏に打ち明けたところ、「移住後の戦いには段階がある」とのこと。聞くところによれば、「恐れる→戦う→諦める→共存する」というフェーズがあるらしい。K氏の奥様は、最初は殺虫剤を駆使していたけれど、ついに最終フェーズに到達され、今ではどんな虫でも仏様の如き眼差しを持って見過ごすそうだ。

「虫はただ必死に生きているだけなんだ」そうK氏は呟いた。その姿が、自然と人間の共存を訴えるジブリアニメ「もののけ姫」のアシタカ様の姿と重なって見えた。私はまだ当分、その境地には至れそうにないことを後ろめたく感じながら……。

ただ時々眼鏡を外しているときなどに、ぼやける視界の片隅で何かが駆け去っていくことがある。その時は、見えなかったことにして諦めるようにはなったので、やや進歩か。(...…違うか。)

駆除作業の効果もあってか、最近は虫出現率が幾分下がってきたように思う。

巨大クモ、巨大ゴキブリ、巨大ムカデ、には結構果敢に立ち向かえるようになった一方で、まだ苦手な虫がいる。それは...…バッタである。以前道端で飛びつかれて、ドスの効いた悲鳴を島に轟かせてしまったことを、ここに告白する。その時はK氏の「虫はただ必死に生きているだけなんだ」というフレーズを反芻しながら、しょんぼりと帰路についた。やれやれ。

そんなK氏のポップアップレストランが7月2日にオープンし、名物タコライスを注文。普段島では食べられない(売っていない)料理なので、とても新鮮で美味しくいただいた。「大島の塩」を使った唐揚げ、フライドポテトも注文。ジンジャーエールをお供に舌鼓。

見た目から最高ですね!

その翌週には、ローカルツーリズム社大島の現場監督、M氏のバーがオープン。引っ越し当初からずっとお世話になっているM氏は、人生の先輩としていつも勉強させていただき、とても感謝している。

処世術というのか、仕事の進め方、段取りの技術、年齢差を問わない円滑なコミュニケーション力など、メモ帳が何冊あっても足りないくらいのノウハウの数々。さらにプロのバーテンでもあるというのだから、そのマルチタレントさに手を合わせるばかりだ。

なんとかオープン前日には壁画も完成し、バー当日は壁画のライトアップとミラーボールで会場がキラキラに、そしてM氏の選曲による音楽で心地よいバイブスに満ち満ちた空間となった。島のファミリー層を中心に、大人たちは快くお酒を楽しみ、子どもたちは思い切りはしゃげる、新しいスタイルのバー・クラブが誕生。島の方々との交流ができて楽しかったし、今後は島外からの参加も増えたらより面白そうだなと思う。

居心地の良い交流空間に

しれっと書いてしまったが、6月に制作開始してからちょうど1カ月後、壁画が完成した。タイトルは、「PRISM」「島内外の人々の交流や、化学反応から生まれる新たな光が、大島を照らしますように」という想いを込めている。その想いから、タイトルも自然と降りてきた。

島のおじいちゃん、おばあちゃん含めいろんな方が積極的に絵について質問してくれたり、前向きな感想をいただいたりして、アートの力を引き出せたかな、と手応えを感じている。

家づくり、虫との戦いというドタバタ劇の中、絵と向き合う時間は大切な「自分との静かな対話の時間」であり、その中でこれから大島で起こる様々な計画的偶然に想いを馳せる、豊かな時間でもあった。神様からもエネルギーを注いでもらったような気がする。

中盤:大島は訪れる人を笑顔にする/スタジオ完成〜個展準備

エネルギーを持て余された神様のいたずらかご褒美かは分からないが、壁画完成後、まもなくして突然一通の連絡があった。もう10年以上連絡をとっていない、中学時代の同級生からだ。

今度大島に家族旅行をする予定で、たまたま久しぶりにFacebookを開いたら、なんと私が大島に移住しており、驚きのあまり連絡した、と。しかも彼らの宿泊先は、私の家から徒歩30秒ほどの距離だったのだ。島には同世代の人口が少ないため、同年齢で且つ関西弁で話せるということに新鮮な喜びを感じ、再会によって時の流れを互いに慈しんだ。大島は初めてだという彼らだったが、とても良いところでまた行きたい、と言ってくれた。

これは彼らに限ったことではなく、いつも感動するのは、大島を訪れた友人たちがみんな優しい笑顔で帰っていくことだ。島に来てよかった、という文字が顔に透けているというか。

私も初めて大島を訪れたとき、同じような顔をしていたと思う。素敵な街だな、と嬉しくなる。

壁画が完成して一息つく間も無く、次は個展が控えていた。そのため、まだ散らかり放題のカオス我が家で仮オフィスをリビングに作って、まずはDM作成。

仮オフィス…というか机

手描き→スキャン→Photoshop着色→Illustratorでデザイン作成→印刷業者さんに入稿。今回は新作絵画と、ハンドメイドのアートTシャツを展示販売するため、Tシャツの生地選び→版デザイン作画→版業者さんに入稿、といった工程を急ピッチで進めた。

また合間を縫って個展会場の下見に福岡市の西新を訪れた。今回の会場は、大好きな焙煎珈琲カフェである「NIYOL COFFEE」さんの地下ギャラリーだ。福岡の超人気店であり、マスター、お客さん、店内の雰囲気が一体となって穏やかなコスモスが生まれる素敵な場所だ。設営のイメージを掴んでお店を後にし、福岡市内の額縁屋さんで展示作品の一部を額装して島に戻った。

そこからは怒涛の日々で、制作を開始するためにまずはアトリエを完成させなければならず、パートナーであるキースの絶大なるサポートにより壁面のシーラー塗布・ペンキ塗布仕上げが完了。限られた時間の中でベストパフォーマンス、ベストアートワークを生み出せるようせっせと作品作りに集中した。

怒涛の勢いで完成したアトリエで作品づくり

Tシャツ、といってもシルクスクリーンの手刷りなので、「版画作品」という心構えで制作に臨んだ。版専用のインク調合から始まり、デザインを一点一点、色・形・角度・余白を変えながら、丁寧にこだわって作り上げていった。そのプロセスは絵画作品とはまた違った面白さ、奥深さがあり、今後もTシャツ作りは継続していきたいプロジェクトとなった。

終盤:いつのまにか32歳、生きててよかった/個展開催

個展準備に忙殺される中、気がついたら誕生日を迎えていた。32歳。ふと10年前から今までを振り返ると、社会と自分との溝にはまってもがいていた辛い時期を思い出した。

なんというか、エネルギーを持て余して、けれど溝にはまっているので放散できずに、自分の中で噴火してしまって消耗しているような感じだった。自分は三角の形をしているのに、社会には丸や四角の穴しかなくてどこにもはまれないような、もどかしさ。それでも私を救ってくれた周りの人たちや、芸術があって、ここまで生きてこられたな、と感じて思わず視界が滲んだ。

今、自分はこの大島のアトリエで、自分のすごくいいと思えるものを作って、大好きなことを精一杯できている、なんて幸せなんだろう。ありがたいんだろう。三角の穴は、ここにあったんだ。そう思って、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。人生は不確実で、短い。一日、一日を大切に、感謝して精一杯生きていこうと、心の中でしみじみと誓った。

出展予定の全作品が完成し、寝不足でフラフラしながらいざ、西新。入念に事前準備した甲斐があり、個展開始前日の搬入・設営もスムーズに終えられ一安心。

今回の個展は2日間と短い期間だったが、週末ということもあってか、両日たくさんのお客様に見に来ていただけた。福岡の友人たちはじめ、初めてお会いする方々にもTシャツが好評で、世界に1枚だけのTシャツたちが、世界に一人だけのオーナー様のもとに巣立っていく姿を誇らしく感じながら見送っていった。展示空間も今回の展示にぴったりな雰囲気だった。

私の創作のテーマは「NEW PEOPLE」という「サピエンスの未来に生きる超越的未来人」であり、彼らからみたサピエンス誕生〜現代人までを「HUMMY(ヒューミー)」と呼んでいる。今回は、そんなヒューミーたちをメインにした展示で、絵画はもとより、Tシャツという支持体に多種多様に表現した。作品とお客様のマッチングという意味では、Tシャツはファインアートよりもハードルが低くていいなと思った。そのあたりも今後深化させ、大島での販売もしていきたいなと構想している。

いろいろな方のもとへと旅立っていったTシャツたち

***

さあ、8月からは絵画教室もオープン予定だ。新作絵画のご依頼もあり、また目まぐるしい日々となりそうだ。今日も島では港から、「ピューヒョロロロ〜」というトビの鳴き声が潮風に乗って聞こえてくる。

2022年8月4日

井口真理子
1990年京都市生まれ。2022年、福岡県宗像市大島に移住。 過去-現在-未来を通して、人間とは何かという問いを焦点に、 近年はサピエンスの未来を描いた絵画シリーズ「NEW PEOPLE」を制作。 2013年、京都市立芸術大学を卒業後、市内のアトリエを拠点に活動。 直近の主な展覧会に、個展 /「PLAYLAND」(2021年 福岡)、 「ONGOING」(2020年 京都)のほか、グループ展 /「パラレール」(2020 年 京都)など。 https://marikoiguchi.com/

この連載はほぼ月イチ更新です。次回をお楽しみに!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?