#7 銀河の犬と水玉~曼珠沙華の伝言~
第4章 レディーL
遊びは卒業
ジュビ子もお年頃になり、すっかり遊んでくれなくなった。
ボールも興味なし。
紐の引っ張りっこも興味なし。
音の出るぬいぐるみも興味なし。
そして日に日に目付きが変わってきた。
普通の犬の瞳から、人間のような何か言いたげな、語る瞳に変わっていった。
私の仕事がコロコロ変わるので、日中の定時の仕事であったり、夜勤であったり、シフトで色々だったりと、その度にお散歩の時間が変わるけど、ジュビ子はいつもひたすらじっと我慢強く待ち続ける子だった。
私をリーダーと認めてくれたのか?
いつでも目で私を追っていた。
父親の隣で眠っていても、私が立ち上がると直ぐに気づき「どこに行くの?」と目で訴えてくる。
私は動く度に「二階に行ってくるけどすぐに戻るよ」とか「ちょっとコンビニに行くけど帰ってくるよ」とか「手を洗ってくるだけだよ」とか、水道で手を洗うだけでもジュビ子に申告し、最速で用事を済ませて戻ることにしていた。
ただいまの儀式
仕事から帰ると一番に
「ジュビ子ただいまー‼」
と大きな声で言いながら靴を脱ぎ、ジュビ子に駆け寄りワシャワシャ全身を撫で回しては何度も抱きつき
「ただいま!ただいま!ジュビ子何してたの?」
と執拗にジャれた。
ジュビ子は初めはとても興奮して車が庭に入る音がする前から部屋の中を駆け回って何か喋り始めて待っていた為に私が帰宅する頃には疲れて大人しくなっていたりした。
その内、私の方が騒がしい程にただいまの儀式をするようになった。
ある日、急用があり、家に上がってからすぐに二階の部屋で用事を済ませなければならない時があり、ジュビ子に「ただいま!」とだけ声をかけて顔を見たけれどそのまま二階へ行ってしまった時があった。
ジュビ子は「ワシャワシャしないで行っちゃった!」と父親を噛んだ。
「いてぇー!」
下から何か聞こえる…と降りてみると
「ジュビ子に構わないで上に行っちゃった!って怒って噛み付かれた‼」と苦情を言われた。
幸い笑って済ませる程度の噛み方だったので流血など無かった。
ジュビ子の中で、すっかり父は一番下のランクになっていた。
そんなやり取りも更に落ち着き、嬉しさを秘めた待ち方をしてくれるようになった。
はしゃいでませんよ。
走り回ったりしませんよ。
別に大したことじゃないですよ。
そうクールに見せながらも尻尾だけはペッタンパッタンと振り続けられていた。
そして暑くても寒くても、私が外へ出かけるとジュビ子も外に出る!と部屋から飛び出し、門の前で私が帰るまでじ————っと待っているのだった。
車で長い時間出かけるから、お家で待っててねと言っても、ずっと外で待っているので、暑さや寒さが厳しい時はとても心配だった。
ベッタリさん
少女の頃は怖いもの知らずで、雷が鳴ろうが強風だろうが大雨だろうが外の犬小屋で一人でも全然怖がらなかった。
心配で見に行ってもぐうぐう寝ていたりした。
室内犬になってからの方が、雷の音だけでなく、雨が屋根に打ち付ける音も怖くて逃げ回っては私の隣に来てベッタリと身体を押し付けていた。
怖がっているのは可哀想なのだけれど、すっかり父親の所ばかりにいるようになってしまったので、怖い時やどこか体調が不安な時など、そんな時だけ私の隣に来てくれるので、一緒にいられる事が嬉しかった。
ずっと撫でていられて、あったかい体温を感じてモフモフの毛皮から埃のような獣臭をクンクン出来る至福のひとときだった。
肉球もぷにぷにし放題なのだ。
むしろ、手を離すと「どこかを触ってて!」と目で訴えた後に身体をこすりつけてくる。
広くゆっくり眠らせてあげたいと、身体を反らせてスペースを開けてあげても、おしりをピッタリとつけてくるのだ。
そのお尻が愛しくてたまらず沢山お尻を撫でた。
まだ幼いときはそのまま同じポーズで寝てしまったりしたのに、大きくなったら雨や雷が止むとすくっと立ち上がり、父親の席に戻って行ってしまう。
「行っちゃうの?」と立ち上がったお尻に抱きついても容赦なく振り払われ、戻って行ってしまうのだった。
なぜなら父親の席の隣は広くてのびのびと眠れるのだった。
今でも雷や大雨になると
「ジュビ子、こっちにおいで。一緒にいよう」と話しかけるけど、白いモフモフはお尻をベッタリさんしてくれる事は無かった。
それでも雷雨の度にあの体温を思い出す。
震えが止まるまでずっと撫でていた感触を思い出す。
身体の異変と散歩事情
ジュビ子が成長するにあたり、私も歳をとった。
40歳からは急にくるよ。
と良く聞いてはいたものの、40歳を迎える前から既にいつも疲れていて、倒れ込むほどの体調不良に度々襲われるようになっていた。
度々寝込んでは散歩に行けない日が続き、両親は高齢で前の犬で引っ張られて転んだ事がある為、散歩は嫌だと行くことはなかった。
しかし一週間近く寝込んで行けない時には流石にジュビ子もくぅーんきゅうーんと鳴きながら散歩に行きたい!と催促するようになり、まだろくに歩けない私の代わりに、父親が散歩へ行ってくれる事になった。
ジュビ子はちょっと不思議そうに「なんで行かないの?」と私を見たものの、嬉しそうに出かけていった。
連れて行って貰えて良かった…と安堵する間もなくジュビ子が走って帰ってきた。
急いで私にかけより、一生懸命話し始めた。
「わおわうわー。うぉうぉーわおわー。うぉんうぉん。」
……何?どうした?何があった?
しばらくして呼吸を荒らげた父が戻り、50メートルも歩かない内に歩くのを止めて動かなくなってしまった。
引っ張ってみても動かず、くるっと向きを変えて家に向かって走り出した。
何が気に入らないのかわからないけど、もう行かない!との事だった。
ジュビ子は切実に何かを訴えて話しかけ続けてくれたけど、何を言っているのかわからなかった。
でもせっかく話してくれたので「そうなのー!大変だったねぇ」と言ってみた。
ジュビ子は一瞬、わかったの?という顔をしたけれど、すぐに「適当な返事しやがって」という不信な顔に変わった。そして話すのをやめてしまった。
その後、母親も連れて行ってくれようとした機会があったが、その時も歩かず動かず、ジュビ子は私でないと散歩に行かないようになっていた。
あの時、沢山話してくれた内容はなんだったんだろうかと、今でも誰かに教えて欲しい。
自分も人間だと思っていたのか、その頃はやたらと話をしてくれていた。
いつの間にか犬語と人間の言葉が違うと気づいたのか、話しかけてくれなくなった。
お利口な子なのでその辺の見極めも早かったのかもしれない。
ジュビ子の言葉がわかったら、どんなに良かっただろう。
何を話してくれていたのか、知りたかったよ。
脱走
お散歩は私としか行かなくなった理由は他にもあった。
実は小さい時に門をしめて庭で放していたら、門の下をくぐり抜けて外に出られる事を知って何度か脱走していたのだった。
私が仕事から帰ってバスを降りると、バス停にむかってジュビ子がしっぽを振って迎えに来ていたのだ。
家から1分のバス停は、そんなに距離がないのだけれど、ジュビ子がフラフラと歩いている事にびっくりして、「車に轢かれたらどうするの!危ないんだよ!」と、ただいまー!の儀式をする間もなく、私は怒ってしまったのだった。
すぐに抱き抱えて、なんでここにいるの?お家抜け出してきたの?と質問攻めにしたのだった。
ジュビ子はただ迎えに来てくれて「おかえりー!」「ただいまー!」としたかっただけなのかもしれない。
それでも、今までにも脱走していたのだろうか?危ない目にはあっていなかったか?と心配が止まらなくなってしまった私はまだ仔犬のジュビ子に本気で喧嘩をしたのだった。
「私はジュビ子とお散歩するのを楽しみに仕事頑張って、やっと帰ってきてジュビ子に会える!お散歩行ける!って思ってるのにジュビ子は1人で歩いてた方が楽しいの?このお家にいるのが嫌なの?一緒にお散歩するより1人がいいの?だったら1人で行けばいいじゃん!もう一緒に行かないんでしょ!」と、駄々をこねる彼女のように、仔犬のジュビ子に向かって私は本気で怒っていた。
完全なるヤキモチだった。
ジュビ子はシュンとしてどうすればいいのかわからない様子だった。
そしてその日から脱走することはなくなった。
そしてお散歩は私としか行かなくなってしまったのだ。
その事を思い出して責任を感じた私は、自分が病気で歩けなくて散歩に行けない時には、ジュビ子にお話をした。
「ジュビ子。ごめんね。病気でね、歩けないから一緒にお散歩行けないの。行きたいんだよ。でも歩けないの。だけど、ジュビ子は歩いて運動してきて欲しいから、楽しくいっぱい歩いてきて。お家で待ってるから気をつけて行ってきてね。帰ってくるの待ってるからね。いっぱい歩いておいで。連れてってくれるって。」
と説明しても行かない日は続いた。
それでもさすがに庭だけではつまらなくなったのか、母親と何度か行ってくれた。
その時は、ジュビ子がちゃんとお散歩コースを母に教え、案内してくれたらしい。
強く引っ張ることも無く、てくてくと歩いてくれたらしい。
私のヤキモチのせいで、私以外の人と散歩に行ってはいけないというトラウマにならずに良かったと安心した。
そして門から勝手に出ると私にキレられると思ったのか、車の出入りで門を開けたまま忘れてしまっていて、庭でジュビ子が放れた状態の時でも門から外に出ることは無くなっていた。
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