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「あたりまえ」の向こう側。[リーヴル・Mei 準備室通信#2]

いらっしゃいませ。
ちいさな読み物の店「リーヴル・Mei」  店主の真西です。

この前は、助手のEmmaちゃんが、つぶやき機能の長い解説記事を書いていて、びっくりしましたね(笑)

わかってしまえば、なあんだ、ということですが、
わかるまでが大変だったりするんですよね。
特にEmmaちゃんは、
「うっかりして、店長や読者のみなさんにめいわくをかけないように…!」と、
つぶやき機能についてじっくり調べて、
つぶやきの、「当店らしい使い方」も慎重に考えてくれていたようです。
書き上げたあとも、何度も見返して、修正して…
完成後には、しばらくぐったりしていました。

いつも、何気なく検索して、何気なく読んでいる、いろんな解説記事。
筆者のみなさんは、一生懸命、調べて、まとめて、間違いがないように…と、神経をとがらせて、記事をとどけてくださっているのでしょう。

いろいろな情報が、
「手にはいるのが、あたりまえ。」
「わかりやすいのが、あたりまえ。」
そして「正確なのが、あたりまえ。」だと、
どこかで思い込んでしまっていたかもしれません。

それが「情報」というものの価値であり存在意義。
だとしても、
そのうしろにいる人、に、思いをはせたことはなかったかも……。

実際にやってみたり、また、こうやって、作業しているところを間近で見たりしなければ、わからないことってあるものですね。

ほかにも、この社会には、いろいろなサービスや品物があふれていて。
なんでも、かんたんに、手にいれたり、してもらったりできて。

そうして少しでも、何かが期待と違っていたりすると、
とたんに、サービスを提供した会社やお店は、
「それっておかしい!」と非難され、信用を失ってしまう。
たとえそれが、やむを得ない理由だったとしても。
時に、受けとり評価する側の、思い込みや勘違いがあったとしても……。

品物や情報を、手にいれる、評価する、だけじゃなくて。
「それまでに何があったか」を、想像する力や、
「そのむこうに人がいるということ」を、忘れないだけの心の余裕を、
なくさないようにしたいものですね。

「作り手の顔が見えるもの」って、まだまだ少ないですが、
「それまでに何があったか」を、あれこれ思い浮かべる時間も、
ほっこりして、いいものです^^

あらっ、わたしも、長々と話してしまいましたね(笑)

……ええ、早く、本業の「物語」を出したいのですが、
体裁をととのえるのが難しくて……。
「note」という、この場所の名前のとおり、シンプルなテキストのみで書いてしまってもいいのかもしれませんが、
わたしも、助手のEmmaちゃんも、グラフィックデザインをかじったことがあって、それゆえに、フォントやレイアウトに、二人とも妙にこだわってしまって……
「ああでもない、こうでもない」
「挿絵も、もちろんつけたいし……でも配置が……」
「なんとかして、紙の本を手に取ったときの、あの雰囲気を再現できないかしら?」
と、にぎやかに言いながら進めています(笑)
もう少し、お待ちくださいね。

リーヴル・Mei 真西結弓


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