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104.さようなら、わたしのグルノーブル|ロックダウンされた街を歩く

bonjour!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。今号は、外出制限下のグルノーブルの街並みの様子。人がいない、閑散とした思い出の地を、一つ一つ愛おしむかのように歩いたあの日の朝のこと。2022年最後の配信。そして、滞在記を締めくくるような大きな節目となる記事です。


2020年3月18日。
昨日の正午からロックダウンが始まり、そして大急ぎで帰国の準備に取り掛かっていた日の朝。まったくよく分からないフランス語で外出許可書(※)をかき、一人グルノーブルの街へ出かけた。いろんな思い出が詰まったこの地に、最後のお別れをしようと思って。

(※)この時のフランスは、外出許可書というものを持って出かけないと罰金を課せられた。

アパルトマンの前。いつもは縦列駐車した車でいっぱいなのに、日に日にガランとしていく通りを抜けて、グルノーブル市庁舎前の広場まで歩く。人がいないせいか、鳥たちのさえずりが響き渡っている。こんなのははじめてだ。


鳥のさえずりが聞こえる朝の広場の前を、ガラガラなトラムが走っていく。
ベンチに腰掛けてみる。ここでよくバゲッドをかじったり娘と遊んだりしたなぁ。

閑散とした広場。青い青い空から鳥のさえずりと温かい太陽の光が降り注いで、とても平和な空気に包まれているも、道路には大きな銃を持って見回る軍隊の姿。マクロン大統領が昨日の演説で「これは戦争だ」と言っていた気がするけれど、本当に、戦争みたいだ。ちょっとどきどきしてきた。

なんだか立ち止まってはいけない気がして、とりあえずトラムの線路に沿って街中へ。
静かな街を進んでいくトラム。今思えば、何もすることがなく、ただトラムに乗ってぐるぐるとグルノーブルを娘と周遊していたのは贅沢な時間だったなぁ。
学校の前。こんなに可愛い柄だったっけ。いつもは平日賑やかなこの場所も、今をぴっちり門が閉まっている。
元気よく咲いたコブシの花が身を乗り出している。
人がどんな状況にあっても、植物はこうして毎年変わらず春を告げている。まるで、「さようなら」と見送ってくれているようで、涙が出た。
ファーマシーの前。ドアに貼った注意書きをじっと見つめるご老人の姿。
グルノーブルに来て、初めて立ち寄った場所、ショコラティエ。いつもショーウィンドウからこぼれている華やかな灯りが今日はない。
こんな天気の良い日は決まって、日向ぼっこをする人で溢れかえる広場も、この日は誰もいない。ここのクリスマスマルシェにおにぎり持って来たっけ。
繁華街の中心にある教会。いつも開いていた扉も今日は閉まっている。
デパートの前もガラガラ。
クリスマスの頃はマルシェの小屋やメリーゴーランドがあって賑やかだった。

どこもかしこも、あまりにも静かで、いつもの賑やかな雰囲気を知っているからこそ、寂しく、切ない。少し涙ぐんで歩いていると、空からきれいな高音が降り注いできた。見上げると、誰かがバルコニーで口笛を吹いている。その口笛の音は、静かでとても澄んだ空気を伝って街の隅々まで響き渡り、まるで天使の歌のようだった。

さぁ、もう少し、歩こう。

市街地を抜けて、幼稚園や学校が並ぶエリアへ。ここにある小さな公園でもよく遊んだなぁ。初めてきた時、ここにいるお母さんたちの大らかさにびっくりしたっけ。
お隣の敷地にある庭園。
旧市街。いつも以上に趣を感じる。
雲ひとつない良い天気がかえって切ない。
いつも犬の散歩をする人やジョギングする人であふれる通りもこのとおり。
一番お気に入りだった教会。入り口の前の木は、来たばかりの頃は真っ赤に紅葉した葉に彩られていたが、今は葉を落とし、新しい芽吹きの準備をしている。春は確実に来ている。
気になっていたシアター。映画館なのか、劇場なのか、結局分からないまま。
この場所のシンボルのような石像も、心なしか寂しげに。
旧市街を抜けて、イゼール川のほとりへ。山の上にそびえるバスティーユ要塞を、いつも住んでいるアパルトマンから眺めていた。
あぁ、この橋も家族3人で歩いたなぁ。

友人からチャットが入ったので、「寂しいな。地球と別れる時もこんな感じなのかなぁ」と返信してみると、「大丈夫。また来ればいいんだから」と。あの時は、そんな日はもう二度と訪れないのではという気持ちだったけれど、時間が経った今は、そう思える。時間の力ってすごい。

いつもより大きく聞こえる水の音。そして山々はいつもより雄大に語りかけてくる。
グルノーブルの山々を見ていると、「山に囲まれて子育てしたい・生活したい」という夢が叶ったなぁとしみじみ。
ちょっと元気を出して、市街地へ戻ると、マルシェが開かれていた。
いつもより心なしか物や人は少ないがいつも通りに運営されていて、こういう人たちの力によって生活は支えられているんだなと実感。次きた時はマルシェで会話を楽しんでみたいなぁ。
こちらはお肉屋さん。食べ物屋さんにあかりが灯っていると安心する。
ちょっと元気になった。
デモがよく行われていた広場。石像たちもひと休みという感じでしょうか?
グルノーブルにきて、初めて入ったレストラン。グラタン、美味しかったなぁ。
何度も通って絵を描いていたミシンカフェもお休み。
「追って通知があるまで閉鎖します。体に気をつけて」
バルコニー越しに話す人たち。初めて人の話し声を聞いた。
朝の日がお昼になってきた、そろそろ、帰ろなくちゃね。いつもコインランドリーへ行く時に歩いた通い慣れた道をたどる。ここで感じた感情をぽとぽとと落として行くように。
はじめに出発した市庁舎前の広場に戻ってきた。ますますはっきりと住んでいく青い空の下、春を告げる花々が風に揺れている。

一時間ほど前は怖かった取り締まりの軍隊さんの姿も今は怖くない。これはこれで、これからのフランスの日常になるのかもしれないとさえ思えてきた。自分の足で歩いた、というのが大きかったのだろう。

思えば、グルノーブルに来てからこうして一人でゆっくり街の中を歩くのって、初めてだ。

チョコレート屋さんもチーズ屋さんもあかりが消えて、人でぎゅうぎゅうになったトラムも、楽しい話し声があふれるマルシェもない。可愛いこじんまりとしたアトリエも、大好きだったカフェも美術館も開いていない。街に溢れていた人は、それぞれの家に戻り、本当に大事な人との時間を取り戻しているようにも思えた。

この滞在の、一番最後に本当に本当に。わたしは、この街にばら撒いてきた思い出と一体となる静かな時間をプレゼントしてもらったのかもしれない。非常時というのはその国の本当にその国らしい姿に現れると何かの本で読んだことがあるけれど、わたしがこの滞在の最後に経験したのは、フランスの本当の姿、なのかもしれない。それを通して、わたしの中に「自分にとって本当に大切なものってなんだろう?」という問いと、「本当のわたしに戻ろう」という衝動が芽生えたのかもしれない。


今号を持って、2022年のフランス滞在記の配信を終えます。いつも読みにきてくださる方々も、今日たまたま立ち寄ってくださった方々も、本当にありがとうございます。この滞在記も100話を超えましたが、読んでくださる方のまなざしに支えられています。

少しクリスマスバカンスを挟み、翌年1月13日(金)より再開いたします。2023年もまた毎週金曜日にお会いいたしましょう!みなさま素敵なクリスマス、そして良いお年をお迎えください。

bonne année!

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