103.わたしの一欠片は誰かの中で生きて。
bonjour!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。今号は、帰国を決意し、お世話になったものに別れを告げた時のこと。
2020年3月17日。
「帰国の日程を早めて、明日の便で帰ることにしました」と日本にいる家族やずっと心配してくれていた知人に連絡する。「よかったね!」「頑張って!応援しているよ!」とみんな次々と安堵の想いやエールを送ってくれて、現地にいるわたし達よりもずっと離れたところにいる人たちの方が危機感を募らせている、というのがなんとも不思議な感じだった。
さて、旅の余韻に浸っている時間はない。明日のお昼過ぎにはもう飛行機の中だ。荷物の整理をしたり、現地の友人知人から借りていた諸々を返却したりとやることは盛りだくさん!というかなり差し迫った状況であるにもかかわらず、まったくもって帰国準備にとりかかる気力が湧かない。おまけに冷蔵庫にあったロゼを開けて晩酌を始めてしまった。(おいおい)。しかしこういう時はまったく気持ち良くなれず、メッセンジャーでやりとりしていた友人から「はよ準備にとりかかりなさいよ」と怒られて渋々と動き出す。
何より大変なのは、ここから日本に持って帰るもののセレクションだ。本当は、こちらで使った思い出の品々をLa Poste(フランスの郵便サービス)で日本に送ろうと思っていたのだ。しかし、外出制限が始まるかどうかという頃からLa Posteの前には長蛇の列。ここに並んでいる余裕なんて、今のわたし達にはない!と、スーツケース2台分に入らないものは、泣く泣く手放さなくてはならなかった。
中でも、わたしがとりわけ手放すのが辛かったのは、南仏マザンに住んでいらっしゃった日本人画家の高屋さんから譲っていただいたゲーテの本。全部で10冊以上はあったでしょうか。高屋さん達も日本への本帰国を控えていて「いらなかったら捨ててしまってもいいから。ここにあっても暖炉にくべて燃やされてしまうだけだから」と言われて引き取ったものの、これを入れてしまったら他のものは何も入らない。迷いに迷ったが、しかしどうしても色彩論を捨てることができなくて3冊だけ手元に残した。
そして、他の本は泣く泣くまっ黒いビニール袋に入れて、アパルトマンの一階にある共用のゴミスペースへ運ぶことになった。今日は私たちの他にゴミ袋や大きな荷物を運ぶ人を乗せたエレベーターが上へ下へと忙しなく動いていて、すでに共用スペースのどのゴミ箱も、蓋が締まらないほどパンパンに溢れかえっている。なんて切ない光景なんだろう。
でも、そんなことを考えている時間などない。次から次へと取捨選択は繰り返され、ようやくスーツケースに収まる量が見えてきた頃には、部屋の中がゴミ袋でいっぱいだった。
何度も何度も自分の居室とゴミステーションを往復して、蓋が締まらなくなったゴミ箱の脇に日本に連れて帰ることのできない思い出の物々を積み上げていく。「あぁ、こんなにこんなにお世話になった愛着ある土地に、ゴミばっかり残して(まだ使えるものがたくさんあるのに)、逃げ去るように出ていかなくてはならないなんて…」と思ったら涙が出てきて、スッキリしてきた部屋に帰ると今更良いが回ってきて我慢してきた涙がポロポロとこぼれてきた。
玄関のところには、娘の3歳の誕生日プレゼントに買ったシルバニアファミリーと、IKEAで買って毎日使っていた子供用椅子がちょこんと置かれている。これらは明日人にあげる予定のものだ。捨てるにも捨てられずに、お世話なった日本食料理屋・Ozenyaのオーナーさんにどなたかお知り合いで使ってくださる方がいないでしょうか?と相談したところ、「帰国の準備大変でしょう。誰か使ってくれる人がいると思うから、うちに置いていっていいですよ」と言ってくださったので、明日はお別れの挨拶がてら預けにいくことになっていた。
キッチンは買いだめした日本食材でいっぱいだった。本当は明日、こちらで知り合った日本人留学生を招いて鍋パーティをしようと思っていたのだった。彼に連絡を取るともらってくれるというので、こちらも明日届けにいくことになった。
もらってくれる人がいる、というのにこの時どれだけ救われたことだろう。この地に明日わたしがいなくなっても、ここで引き続き暮らしていく人がいる。その人たちの中で、わたしの生活の一欠片がまだ生きていくんだ。
そういえば、わたしもグルノーブルにきたばかりの時、ozenyaさんでベビーカーや子供用の本をお借りしたことがあったけど、あの時「以前ここに住んでいた方が、日本に帰るときに残していったものだから」と言われたっけ。あぁ、わたしの生活はその人の生活の一欠片が支えてくれていたのだなと思った。そして、わたしの生活の一欠片もまた、誰かの生活の支えになりうるのかもしれない…。
そう思ったら、心底ほっとして、帰国を前に急く「やるべきことはやったんだ。さぁ行ってこいよ」と、わたしの背中をやさしく押した。
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