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ばぁばに買ってもらった4歳娘のコスメセットを見てもやもやした理由。

4歳の娘は、ここ最近キラキラしたものに目がない。ディズニープリンセスにプリキュアに、リカちゃん。ちょっと前まで電車やらロケットやら人工衛星やらが好きだったのに、幼稚園がはじまってからというものの、周りのお友達の影響もあってすっかりドリーミークリーミー路線をひた走っている。

そんな娘を観察しているのは楽しい。

ついこの間、実家に帰省した際、ばぁば(私の母)とおもちゃ屋さんに行った時のこと。天高く陳列されたプリキュアやらリカちゃん人形やらのキラキラグッズたちに心躍らせ、「きゃーきゃーどうしようー♪あれも!あぁ!これも!かわいいーー!!」と黄色い声をフロア一帯に響かせながらスキップを踏んでいた娘。そんな孫の姿を見て、あまりにも可愛らしかったのか母が「ねぇ?すごく嬉しそうなんだけどさ、何か買ってあげてもいいかしら?」と。

出たよ。

孫には甘いとはこのことだ。母といえば、私が泣こうが喚こうが、誕生日とクリスマス以外にはいっさいおもちゃを買ってくれない人だった。それが孫のこととなればまるで別人。その甘い声と潤んだ瞳で一度訴えかけられたら、おもちゃやお菓子を買ってあげずにはいられなくなってしまうのだ。そんな母がちょっとかわいい。

クリスマスとお誕生日が近いのでそれまで大物は我慢してもらうとして、ちょっとした小物を買ってもらおうねということになった。そして、どれにしよう、どれにしよう、と体全体からハートを振りまきながら散々迷って吟味した結果、彼女が欲しいと言って来たのは子ども用のコスメセットだった。・・おや、なんだろう。ちょっと今、胸がざわっとしたぞ・・?

こういうのは買ってはくれないだろうと隣にいる母の顔をチラリと見ると、ニコニコしてもう財布を取り出す勢いだ。・・あれ?いいの?買ってくれるの?そのままルンルンスキップでレジまで行くとドリーミークリーミーなまぁるいポーチに入った子ども用コスメセットはあっさりと娘の物となった。母は隣でニコニコと笑っていた。

帰りに母がドラッグストアに寄りたいと言った。お買い物が大好きでいつもだったら迷いもなく一緒についていく娘だが、この日はまぁるいコスメポーチを早く開けたくて「行かない。車の中で待ってるから、ばぁば、早く帰ってきてよ!」と母の背中を押した。かくして、コスメポーチを嬉々として見つめる娘を横目で見ながら私は母が帰ってくるのを待つことになった。

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「ねぇ、開けてもいい?ばぁばのこと、待ちきれないよ」
「いやいやダメだよ、車の中で開けたらなくなっちゃうでしょう?」
という会話を何度か繰り返した挙句、結局私が折れてコスメポーチを開けて中のものを取り出してあげた。

「・・う、うわぁー!」
ため息混じりの小さな歓声が聞こえる。


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「口紅だ!ねぇママ、これは何?」
「それはグロスだよ」
「グロスって?」
「口紅の上から塗るんだよ」
(グロスの蓋を開ける)
「うわぁー・・いい匂ーい・・」

コスメを一つずつ説明して試す。
その眼差しはもう「女」だった。


そうこうしているうちに買い物袋を下げた母が戻ってきて、自宅まで車を急いで走らせた。その車内では娘が好きなものを出して好きなようにお化粧している。喜び勇んで塗った口紅はその小さな口角から思い切り飛び出し、指先にたっぷりととった鮮やかなピンク色のチークで小さなまぶたは真っ赤になった。

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もうちょっと優しく塗るんだよ、とか、そんなにたくさん塗らないんだよ、とか思わず口や手を出したくなるのをそっと引っ込めた。彼女の初めてのお化粧。好きにさせてやりたかったのだ。けれど、同時に胸の中に何かもやもやとしたものが立ち込めていることに気がついた。

家について、車から降りてきた孫の顔を見た母はにっこりと「まぁ・・」と眉尻を下げた。微笑ましいと言わんばかりに。けれどそんな母の反応を見て、先ほどのもやもやが瞬く間に胸の中を占拠し始めた。そして思い出したのだ。私の思春期の時のことを。


中学生だった頃のある日、友達と遊びに行こうと化粧をして二階の子供部屋からリビングルームに降りてきた時のこと。母が私の顔を見て開口一番に言ったのは、「何それ、蛾みたい」だった。きっとアイシャドウが濃かったのを、そう表現したのだろう。

またある時、車に乗って駅まで送ってもらった時のこと。母は私に「くさ!何つけてんのよ!」と言い放ち車の窓を開けた。母は匂いに敏感で、私がちょっとでも整髪料をつけると眉をひそめ、迷惑そうに鼻をつまんだ。

母は、私がお化粧をしたり、新しい服を買ったりすると必ず小言を言った。化粧をするときいつも言われたのは「若いうちは何もつけない方がきれいなのに」であった。若いうちに余計なことをしてかえって肌を痛めるだなんて愚かだ、という論調だ。しかし、若い時って、特に思春期って、大人から見て「そんな愚かなこと」をたくさんしてみたい年齢だ。あぁそうか、この胸のもやもやの正体はこれだったんだ。私はあの時母に、若い故の愚かさを静観して欲しかったのだ。やれやれと思いながらも、微笑ましく眉尻を垂らして欲しかったのだ。

今、4歳の孫にそうしているように。

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「お母さん、あの時、悲しかったよ」と母に言った。そうしたらちょっと戸惑って言い訳をこぼしながらも「ごめんね・・」と言ってくれた。そんな母をみていたら、あぁそうか、あれは母の若さへの嫉妬でもあったのかもしれないなと思った。

「あぁあぁ、あんなに短いスカート履いて。太い足出して!」
「女性が下を冷やすと後が大変なのに!」

そういえば、あの頃の母は私だけでなく、テレビに映っている若い歌手なんかにも文句を言っていた。そうか、あの時の母にはもしかしたら、若さを謳歌する女性への嫉妬があったのかもしれない。あの頃の母は人生で最も過酷で忙しい時期を生きていて、身だしなみに構っている時間なんてなかったのだと思う。文字通り髪を振り乱しながら生活をしていた。

母自身、本当はもっとお化粧したりおしゃれを楽しみたかったんじゃないだろうか。

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そう気づくと、胸のもやもやが切なさに変わっていった。そして、今度はまた別の場面を思い出した。それは私が就職してまもなく母の日にハンドクリームをプレゼントしてあげた時のこと。ささくれだった母の手を丁寧にマッサージして、勿体無くて使えない、と飾り物になっていたハワイ土産としてあげたケアオイルを爪に塗ってあげると、申し訳ないねと言いながらもとても嬉しそうな顔をしていた。孫を見つめる母の顔はあの時の母の顔とおんなじだ。

女としての至福を味わっている顔。

自分の親ながら、戦いが終わって、女としての至福を味わっている女性の顔はとてもきれいだと思った。そのまなざしは、これからの未来を生きる女の子をとても深いところからエンパワーメントしてくれるのがわかる。そして、そう思えるようになった今の自分をとても幸せに思う。

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