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【訳詞】Here Comes The Flood :Peter Gabriel

いやぁ、深い歌ですよね。ピーター・ガブリエルが自身のファーストソロアルバムのエンディングに置いたこの曲、Here Comes The Flood (邦題:洪水)です。

やはりこの曲は何を歌っているのかと気になる人も多いらしく、和訳がいくつもブログなどで公開されています。以前からそういうのを見ていたのですが、やはり人によってかなりニュアンスが異なるんですね。そこで、わたしもやってみました(笑)

オリジナル歌詞はこちらを参照してください。

夜がその姿を見せると、ラジオが捉えるシグナルが強くなる
不思議な出来事はすべて、予兆として通りすぎていく
打ち上げられたヒトデは隠れる場所もなく
じっと復活祭の大波を待っている
進むべき方角を示すものもなく、どちらに行けば良いかすらわからない

歌い出しはこんな感じです。flood とは、もちろん洪水のことですが、ここではThe Flood ですから、これは間違いなく、聖書のノアの洪水のことを指しているのでしょう。でも、ノアの洪水をモチーフにしているわけですが、聖書の物語そのものが歌われているわけではないのです。まあノアの洪水とは、「この世のものをすべて洗い流してしまい、選ばれた者だけが生き残る」というものですね。そんな洪水が来る前の状況が歌われているのだと思います。

古い小路を行けば
崩れかけた路肩や、水たまりを超えていく
高い崖の上では神の子達が老いていく

こういう言葉で風景・心象を描く、やっぱりピーター・ガブリエルは天才だよなと思えるようなフレーズですね。洪水の前の世の中の状況を詩的に表現しているのだと思います。

そして、次ですね。一番迷ったのは。

くたびれ果てた下界は天に近づこうとし
鋼の波が鉄を空に投げつける
そしてその爪が雲に突き刺ささると、
雨は暖かく、人々を濡らす

最初の2行の歌詞はこうなってます。

The jaded underworld was riding high
Waves of steel hurled metal at the sky

Here Comes The Flood / Peter Gabriel

ここは、神が洪水を起こすきっかけとなった出来事を表現しているのではないかと解釈しました。 underworld というのは、下界、神がいる天上の対比としての現世のことだと思います。ここで、一番よく分からなかったのが、Waves of steel hurled metal at the sky の部分です。上のような解釈が正しければ、この一文は、神の逆鱗に触れた行為を表しているのではないかと思うのです。その行為とは、「waves of steel が、metal を天に投げつける」ことなのです。さて、これは一体何のことなのでしょう? 英語ではsteel とmetalというのは、わりと厳密に区別される言葉だそうで、metalというのは、金属全般を表す言葉、steelというのは、そのmetalを精錬して作り上げた はがねのことですから、当然人為的に作られたもののことです。つまり下界の人々が作ったものの象徴が waves of steel で、それが、天にそれよりも質の劣ったものを投げつける、というようなニュアンスではないかと。まあ神を冒涜する行為みたいなイメージかもしれません。そして、それが原因(雲に突き刺さること)で、雨が降り始めます。最初は恵みの雨みたいに暖かいのかもしれませんが、結果としてこれが洪水をもたらすのではないでしょうか。ひょっとすると、洪水の原因は自らにあるということを暗示しているかもしれないのですが、ここはちょっと自信ないです(^^)

神よ、洪水がやってきます
我等の肉体に別れを告げる日が来るのです
もし海が再び
生き延びた者の前に静けさを取り戻すなら
その者たちこそが、生き延びるために、自らの大地を捧げた人
飲み干しなさい、夢見る人よ、あなたは乾きつつあるのだから

そして、洪水後の希望みたいなことが描かれます。ここでは、神に選ばれるかどうかというよりも、とにかく洪水がすべてを流して無にしてしまうということ。そして、洪水が去った後に生き残ることができた人は、結果的に「すべてを神に捧げた人」だと言うことだと思います。そして、最後に、そうなるために、「飲み干しなさい」ということでしょうか。このフレーズは、単に「祈りなさい」ということを表現しているようにも感じました。

洪水が来れば、家を失い、壁を失う
雷鳴の中、一瞬のうちに、あなたの心は千々に乱れるだろう
目の前の出来事を嘆き悲しむことを怖れてはならない
役者は去り、ここにはあなたと私しかいない
そして、もし夜明けの前に私たちが力尽きるなら、
それが、かつて私たちだったものを洗い流してくれるだろう

そして、もう少し具体的に洪水が来たときに起きることが示されます。そして、洪水が来たらとんでもないことが起きるが、それを恐れてはならないと諭します。つまり、生き延びる人にとって、これは救いなのだということではないでしょうか。ここもなかなかいろいろな解釈ができそうですが、The actors gone, there's only you and me で歌われる「役者」とは「誰かのフリをしている人」つまり自分を偽って生きている人をさす言葉ではないでしょうか。そういう人は生き残れないのだと。そして you and me のyou は、ここでは恋人か妻か、自分にとって大切なたった一人の人のことでしょう。そして自分とそのパートナーが生き残れるのかどうか、もし生き残れなかったら、それまでのことという諦念を歌っているような感じです。

神よ、洪水がやってきます
我等の肉体に別れを告げる日が来るのです
もし海が再び
生き延びた者の前に静けさを取り戻すなら
その者たちこそが、生き延びるために、自らの大地を捧げた人
飲み干しなさい、夢見る人よ、あなたたちは乾きつつあるのだから

そして先のフレーズをもう一度繰り返して終わるわけです。

いかがでしょうか?
正直、かなり自信のない部分が含まれていて、えいやっと言う感じのところもあるのですが、わたしにはこれ以上深く解釈するのは難しそうです。

さて、まあこういう言葉だけ見れば、そういう歌なわけですが、もう一つ、この歌詞を考えた時期についてを考えると、やはりピーター・ガブリエルの置かれた個人的状況が、歌詞の言葉をチョイスしているようにも感じたりするのです。言うまでも無く、これは、ジェネシスを脱退してバースに引っ込んだピーター・ガブリエルが、再び音楽活動を開始し、最初のアルバムの制作に際して作られた歌詞です。このときの彼の個人的な心情を歌った歌としては、Sorsuberry Hill が有名なんですが、わたしは、この曲にもそういう彼の意思、決意みたいなものが込められているような気がするのですね。

特に、ピーター・ガブリエルは、ジェネシス(つまり聖書の創世記のこと)というバンドのメンバーだったわけです。ジェネシスというグループ名は、彼らを見いだしたパブリックスクールの先輩だったジョナサン・キングに与えられたもので、自分たちで考えたものではなかったのですが、このバンド名に併せて、ピーター・ガブリエルは、デビューアルバムの曲の歌詞を、すべて聖書にまつわる内容に書き換えてレコーディングしたのです。つまり、聖書にネタを求めた楽曲というのは、ピーター・ガブリエルの原点、スタート地点でもあるわけです。ソロとしての再出発に際して、こういうネタの曲を作るというのは、再びスタート地点に立ったという意識もあったのではないでしょうか。

これは、わたしの妄想かもしれません。ただ、そういうことを考える人もいるだろうと思って言葉がチョイスされているような気がしてならないのですね。

このとき彼は、ジェネシスを脱退して、一度作り上げたものを、ゼロに戻してしまったわけです。このことが、The Floodという単語を発想した原点だったような気もするのですね。

すると、最初のフレーズの、

There's no point in direction, we cannot even choose a side
進むべき方角を示すものもなく、どちらに行けば良いかすらわからない

Here Comes The Flood / Peter Gabriel

というところなんか、彼の心情を吐露しているようにも感じられますね。歌では洪水前の世の中の状況として歌われていますが、ピーター・ガブリエルのそのときの心境になぞらえたような気がします。これは、フィル・コリンズが脱退した後にジェネシスが発表した、Calling All Stations の同名冒頭曲の、

Can anybody tell me, tell me exactly where I am
教えてくれ、今僕はどこにいるんだ

Calling All Stations / Genesis

という歌詞にも通ずるようなニュアンスではないでしょうか。

中盤で出てくる you and me は、妻のジルとピーターの事を連想させます。もともと、ジェネシスのメンバーの中で、一番結婚と子どもを持つのが早かったピーターは、Lamb Lies Down On Broadway(邦題:眩惑のブロードウェイ)のレコーディング合宿中に、妻の出産に立ち会うために何度も留守にして、そのためにレコーディングが大きく遅れることになるわけです。さらに、周囲のメンバーが仕事優先で彼の事情を斟酌できなかった。これが彼のジェネシス脱退の一番の理由なわけで、彼にとっての「世間」(=ジェネシス)から離れて、これから二人で、生きていく、そういう心境が重ねられているように思うのです。

「役者(Actor)」という言葉もなんか意味深ですよね。ジェネシス時代のピーター・ガブリエルは、ピーター・ガブリエルという役を演じていた役者だったという解釈もあるような気がします。ジェネシスと離れた今は、自分と奥さんだけ(まあガブリエルは後にジルとは離婚することになるわけですが、この頃はまだ一緒だった)というわけで、ジェネシスとは関係ない、素のピーター・ガブリエルとしてこれから勝負するというところで、いろいろな言葉がチョイスされているように感じるわけです。

そして、この曲のリフレインで歌われる、「生き延びた者こそが、自らの大地を捧げた者」というのは、やはり「正しい者が生き延びる」という観点に立っているように思えます。そして、これから自分も生き残るのだという決意のようなものが背景にあったのではないかとも思えるのです。

そして、最後の「夢見る人(dreamer)」ですね。まさに、今、再び成功を夢見るピーター自身に、自分でエールを送ったのか、もしくは、それを祈ってるような歌詞がリフレインされるわけです。

いかがでしょう。歌の歌詞には、案外個人的なものが入れ込まれていることが多いですが、ジェネシスの人たちも、そういうことをけっこうやっていたような気がします。この曲は、ピーター・ガブリエルがソロでの再出発に際して、まさに自分の原点に立ち返り、聖書をモチーフに自らの立ち位置を確認し、そしてそれにエールを送るような詩のような気がしてならないのです。


Here Comes The Floodが収録されたピーター・ガブリエルの1stソロアルバムは、1977年のリリースです。


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