〜第5章〜 アルバム全曲解説 (12)C面-1 Lilywhite Lilith
C面冒頭のこの曲は、アルバム全23曲のちょうど中間の12曲目(*1)に当たる曲です。そして珍しく、フィル・コリンズが主な作者である曲です。これは、フィルがジェネシスに加入した1970年に、バンドに持ってきた The Light という曲を元に、Headry Grangeで完成させた曲なのです。70年当時、ライブでは演奏されましたが、結局 Nursery Cryme(邦題:怪奇骨董音楽箱)には収録されなかったのです。
【テキスト】【歌詞】とその内容
前曲で、心の底から助けを求める心境になったレエルは、32の扉の部屋の片隅で、青白い顔の中年女性と出会います。彼女が Lilywhite Lilith というわけです。中年女性と表現されていますが、彼女はどうも、「洞窟の生き物」らしく、やはり人間とは異なる存在なのです。
ここでは【テキスト】も【歌詞】も冒頭からけっこう説明的な言葉で、ほぼ同じ内容を表現しています。あのピーター・ガブリエル流のダジャレや言葉遊びのようなものがほとんど見られないのですね。昔のレパートリーのリメイクに、遊びのない言葉の組みあわせは、アルバム内では少し異質でして、これを「アルバム創作時の苦悩」だと感じる人もいるようです。
さて、前曲で、「助けてくれ」と祈ったレエルですが、ここで「あなたを助けられる」という人物(?)に出会うわけです。
そしてこう歌われるのです。
こうしてレエルは、自分を助けてもらうためとはいえ、恐らく人生ではじめて「人を助ける」という行為を行うわけです。
【テキスト】では、トンネル(tunnel) に案内されると書いてありますが、【歌詞】では洞窟(cave)に入るとなっています。また【歌詞】には夜のトンネル(tunnel of night)という表現もあるのですが、これはどういう関係なんでしょうか? これも韻の関係でしょうか? まあ細かいことは置いときましょう(笑)
そして、レエルはこの洞窟内の石で出来た玉座のようなものに座らされるのです。この玉座は、【歌詞】では翡翠の彫刻がある(Carved in jade)と表現されています。
こうしてレエルは、「彼らはすぐにあなたを迎えに来る」と言われて、再び暗闇の洞窟にひとり取り残されるのです。
そしてレエルを迎えにやって来たのは、Two goleden globes(2つの黄金の球)なのです。【歌詞】はここで終わり、次のインストゥルメンタル曲 The Waiting Room につながるというわけです。
ところで、ここで登場する Two goleden globes(2つの黄金の球)ですが、これは、英語でも男性の睾丸のことを意味する言葉として通じるものだそうです。それも、かなり直接的な下品な表現であり、「あまり会話で使わない方が良い」とAIはアドバイスしてくれました。これは一体何を意味しているのか気になるわけですが、どうも海外の人はあまりこの表現に引っかかっていないようで、Two goleden globes が「何の暗喩か?」ということはそれほど議論されていないのです。それよりも、まばゆい光を放つと言うことの方に意味を見いだしているようです。ここで、Two goleden globes とかを持ち出したのは、ホドロフスキーに影響されたピーターの単なる悪ふざけなのかもしれません。
また、ここで再びレエルは洞窟の中にひとり置き去りにされて、またしても恐怖に襲われるわけですが、この暗闇の中でひとりぼっちというのが、もう一つこのストーリーのアイデア元と言われている、アイソレーション・タンクの連想から導かれているようです。
以前も書きましたが、アイソレーション・タンクとは、1950年代にJohn Cunningham Lilly(ジョン・C・リリー)という学者が考案したもので、タンク内に体温と同じ温度の塩水を入れ、そこに浮かべた人間を一切の外的感覚から遮断するという一連の実験で使われた実験器具です。Lillyは、60年代にはLSDが人間の精神に及ぼす影響の研究なども行い、当時のフラワームーブメントの精神的な中心人物と目されていた人物です。ここでは Lyliwhite という言葉がこの学者の名前にひっかけたものだと言われています。Lyliwhite と Lillyだと、曲名の方は L がひとつ少ないのですが、アイソレーション・タンクについてはピーター本人が言及しているので、これはほぼ間違いないでしょう。こういうところにも、ピーターのヒッピー文化への傾倒ぶりが見て取れるわけです。
Lilith とは何者か?
ここで登場する、Lilith というキャラクターについてですが、これがまた後に出てくる Lamia と同じく、なかなかに複雑で、議論のあるキャラクターなのです。
もともとは、バビロニア神話に登場する女性の悪魔(夜行性の捕食者で、特に子供にとって危険とされる)のようで、これが様々に引用されてきたようです。キリスト教においては、天地創造の際にアダムと一緒に創造されて、アダムの最初の妻となった人物とされています。その後男女が平等に扱われないことを不満として楽園を離れ、神を呪い、魔女になるわけです。(ただし旧約聖書にはっきりと名前が表記されているわけではない)また、ユダヤ教のカルト教義に登場したり、ゲーテのファウストにも登場したりと、ヨーロッパではわりと知られた存在のようです。一部ではフェミニズムのシンボルとして扱われることもあるようですが、どうもあまり良いイメージで語られることが少ないキャラクターのようです。それだけに、ここではレエルを助けたのではなく「ラミアに誘導するためにレエルを騙したのだ」という解釈もあったりします。
ただ、この曲では、このようにストレートに歌われています。
ですから、ここでピーターは、レエルを「正しく導いてくれる」キャラクターとして Lilith を登場させているように思います。それなのにレエルがまたパニックになって暴力に訴えてしまい(このシーンは次の曲になります)、その好意を無にしてしまったという解釈の方が妥当ではないかと思います。
そして、「女性」が洞窟内でガイド役を務めるという構成が、あの映画「エル・トポ」にあります。この映画では、洞窟で暮らすフリークス(異形の集団)を外の世界に導く役回りのようです。エル・トポのフリークスは、後のスリッパーマンのネタ元ではないかとも言われているのですが、女性のガイドが洞窟を案内するという部分の類似点も指摘されています。
【音楽解説】
フィル・コリンズがジェネシス加入の際に持ってきたこの曲のネタ曲 The Light について、トニー・バンクスはこのように語っています。
でも、結局この曲はNursery Crymeには収録されずに、長らくボツになっていたわけです。どのようなきっかけで The Lamb に収録することになったのかは伝えられていないのですが、Headry Grangeでのリハーサルにもしっかり残っていますので、最初からこの場面で使うつもりでピックアップされていたのでしょう。
また、この曲は冒頭のリフこそ、フィル・コリンズ作のものなのですが、[1:45]から最後までは、Broadway Melody Of 1974 の再演とも言える内容で、こういう点からも、ちょっとアイデアが枯渇していたのではないかという指摘があるのも事実です。
トニー・バンクスは、このアルバムのC面、D面については「あまり強い瞬間が無かった」という発言をたびたびしており、A、B面に比べて明らかに楽曲が劣っていたという認識で一貫しているのですが、その背景には、こういう構成の曲があるということなのかもしれません。
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【注釈】
*1:この「12」という数字にこだわる人もいるようです。アルバムは全23曲あるため、この曲の前に11曲、後ろに11曲という構成になるわけです。つまり、ストーリー的に前半と後半を分けるターニングポイントがここだという解釈です。具体的には、レエルがリリスという指導者の姿を通して、彼の旅で初めて真の助けを受け、同時にそれを受け入れることができた瞬間なのだという解釈です。そしてこれが、レエルの精神的な成長における中心的な突破口を表しているというのです。また、古来12というのは、「完全数」として意識された数であり、12ヶ月、12時間、黄道十二宮、ギリシャ神話の12の主神、12の巨人、ヤコブの12の息子、イスラエルの12の部族、イエスの12人の弟子、欧州評議会とEUの旗の12の星などなど、様々なシンボルとして使われる数であるということも、この12曲目の特別な意味と考える向きもあります。でも、それならもうちょっと歌詞やストーリーに、ガブリエル節が出ても良いような気もするのですが…(^^;)
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