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〜第5章〜 アルバム全曲解説 (13)C面-2 The Waiting Room

これは、ジェネシスの歴史上最初で最後の、即興演奏がレコーディングされた曲です。そもそも Headry Grange で、この曲のリハーサル中に5人のメンバー全員が超自然的なインスピレーションを感じたというようなエピソードがあり、大切にされていた曲なのです。また、ピーター以外の4人は、アルバム全曲をフルに演奏するツアーのステージで、即興でこの曲を演奏していたときが一番楽しかったと証言しており、イギリスでシングルカットされた The Carpet Crawlers のB面に Evil Jam というワーキングタイトルそのままのクレジットでこの曲のライブバージョンが収録されたのも、そういういきさつからだったのでしょう。


【テキスト】【歌詞】とその内容

【歌詞】はもちろんありませんが、【テキスト】ではこのように表現されています。

A tunnel is lit up to the left of him, and he begins to shake. As it grows brighter, he hears a non-metallic whirring sound. The light is getting painfully bright, reflecting as white off the walls until his vision is lost in a sort of snow blindness. He panics, feels around for a stone and hurls it at the brightest point. The sound of breaking glass echoes around the cave.
彼の左側にトンネルが照らし出され、彼は震え始める。トンネルが明るくなるにつれ、彼は金属的でない回転音を耳にする。光は痛いほど明るくなり、壁に白く反射して、視界が雪で何も見えなくなるような状態になる。彼はパニックになり、周囲で石を探して一番明るいところに投げつけた。ガラスの割れる音が洞窟内に響き渡る。

【テキスト】

ここで、前曲の最後に登場したTwo goleden globes(2つの黄金の球)が、non-metallic(金属的でない)回転音を発しながら、光り始めたのかと思うと、実はそうではなく、洞窟全体が明るくなっているようなのです。

As his vision is restored he catches sight of two golden globes about one foot in diameter hovering away down the tunnel. When they disappear a resounding crack sears across the roof, and it collapses all around him. Our hero is trapped once again.
視界が回復したとき、彼はトンネルの下に直径1フィートほどの2つの金色の球体が浮かんでいるのを見つけた。2つの金色の球体が消えると、屋根に大きな亀裂が走り、彼の周囲は崩れ落ちた。我らのヒーローは再び閉じ込められた。

【テキスト】

そしてレエルが光に向かって石を投げると、「ガラスの割れる音」(*1)が響き、光が収まるのです。レエルが初めて Two goleden globes を認識するのはこのタイミングです。そしてその後洞窟が崩れて、レエルは埋もれてしまうのです。

洞窟にひとり残されて恐怖に駆られたレエルは、この光に「石を投げる」という行為に出るわけです。そして洞窟が崩れてくるというのが、この曲が表現しているシーンです。

この、暗いトンネルから光が近づいてくるというモチーフは、ジョン・C・リリーの言う、photismという現象と関係があるようで、さらにLSDの体験や、臨死体験も連想させるもののようです。また、様々な宗教における救済の教えにおいて、光というのは、救済と贖罪の象徴であるわけです。

素直に考えれば、この2つの球体は、Lilith が「彼らがやってくる」と予告したものであり、レエルに救済をもたらす使者であるはずなのですが、結局レエルはまた、パニックとなって石を投げてしまうわけです。つまり、ここで試されたレエルは、再び暴力に訴えることによって、「救済の道を自ら絶ってしまったのだ」という解釈が一般的なようです。(この流れであれば、Lylywhite Lilithが、レエルを欺いたというのはちょっと考えすぎと言うことになると思います)

ただ、【テキスト】では、レエルが石を投げた後に「ガラスが割れる音」が響き渡ると書いてあるのですが、曲をよく聴くと、明らかな「ガラスの割れる音」は、曲調が転換する爆発音のパートより前に出てくるんですよね。すると、この爆発音は、洞窟の岩が崩れてくるシーンなのかとも思うのですが、この辺は【歌詞】の補足が無いため、ちょっと?な部分かなと思います。また、レエルが「石を投げる」場面の音は入っていないという意見が多いようなのですが、これもわたしにはどうも判断がつきません。さらに言うと、レエルはここで崩れてきた岩に埋もれて死を待つ心境になるわけですが、ここでポジティブな雰囲気の曲調になるのは、ちょっと早いような気もするのです…。

つまり、彼らがこれまでやって来たことを考えると、ちょっと【テキスト】とサウンドに齟齬があるような気がするのです。この辺の齟齬については、あまり論じられていないようなのですが…。やはり Headry Grange でのセッション時の出来が良かったためにそれがそのまま収録されたわけですが、その時点でまだストーリーがそれほど固まっていなかったことが、こういうところに表れているような気がします。


音楽解説

曲は冒頭、暗闇の洞窟内にまたひとりで取り残されたレエルの不安や混乱を表現するような雰囲気でスタートします。そして曲の中盤、爆発音のあと、曲はポジティブな力強さを表現して、次の曲につながるわけです。

曲は最初の段階から即興演奏で行われました。フィル・コリンズの証言です。

We started to play and the only guidelines were that we should start off with 'nasty' and finish off 'nice' and where we went in between was up to us ...
僕らは 「嫌な感じ」で始まり、「良い感じ」で終わるとだけガイドラインを決めて演奏をはじめたんだ…

Genesis and The Lamb Lies Down on Broadway

この曲のリハーサルは、ある日の夕方の5時か6時頃から、カーテンを閉めたHeadly Grange の室内で始まったそうです。トニー・バンクスはこう証言します。

We switched off all the lights and just made noises. And the first time it really was frightening.
照明をすべて消して、ただ音を立てたんだ。そして最初のときは本当に怖かった。

Genesis and The Lamb Lies Down on Broadway

そして、この体験に全員が何か超自然的なものを感じ、5人の一体感を感じたのだそうです。再びフィル・コリンズの証言です。

We were all getting really intense; Peter was blowing his oboe reeds into the microphone and playing his flute with the echoplex [tape-delay echo box] on when suddenly there was this great clap of thunder and it started raining.
僕らはみんな、だんだんと本気で激しくなっていったよ; ピーターはマイクに向かってオーボエのリードを吹いたり、エコープレックス(テープディレイのエコーボックス)を使ってフルートを吹いたりしていた。すると突然、雷が鳴って雨が降り出したんだ。

Genesis and The Lamb Lies Down on Broadway

We all thought, "We've got in contact with something heavy here." It was about five or six in the evening and we were making all these weird noises when the thunderstorm started and it began to pour down. And then we all shifted gear and got into a really melodic mood. At moments like that it really was a five-piece thing. We worked well together on "The Lamb" the two albums gave us the room to do it.
僕らは皆、「ここで何か重たいものに接触した 」と思ったんだ。夕方の5時か6時くらいで、雷雨が始まって土砂降りになったとき、僕らは奇妙な音を出していた。そして、みんなギアをシフトチェンジして、実にメロディアスなムードになった。そういう瞬間は本当に5人だけのものだった。The Lamb のアルバムのために、みんな一緒にがんばったんだ。アルバムを2枚組にしたおかげで、こういう余裕ができたんだよ。

Genesis and The Lamb Lies Down on Broadway

このとき、曲の後半、トニー・バンクスが2つのシンプルなコードを交互に使ってポジティブなムードへの移行を開始した瞬間、雲が切れて太陽が顔を出し、虹が出現したのだそうです。

そして、彼らはこのHeadly Grangeでのセッションこそ、最高のものだったと口を揃えるのでした。

"a little golden eight- or nine-minute moment"
「ちょっとした8、9分間の黄金の瞬間だった」
"At moments like that it really was a five-piece thing"
「あのような瞬間は、本当に5人だけのものだった」
Banks swears to the world that no version of "The Waiting Room" ever played even comes close to the original version.
バンクスは、これまで演奏された The Waiting Room のどのバージョンも、オリジナルには及ばないと世間に誓っている。

The Lamb Lies Down on Broadway (Genesis 1974-1975): History of the Enigmatic Cult Album

と、メンバーがそろって Headly Grange でのこの瞬間を絶賛しているのです。ロバート・プラントに「幽霊屋敷」と断言された Headly Grange において、何か超自然的なものをメンバー全員が感じた瞬間だったのでしょう。

ところが、いつもドラムスティックで、愛用のナカミチのカセットデッキの録音ボタンを押してセッションの録音係を務めてきたフィル・コリンズが、このときだけ録音ボタンを押すのを忘れていたために、この演奏は残されていないのです。

そして、その後ウェールズの Glasspant で、8月19日に丸1日かけて何テイクもの即興演奏がレコーディングされましたが、結局アルバムに収録されたのは、その日の1stテイクだったのです。

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【注釈】

*1:この音については、プロデューサーのジョン・バーンズがこのように語っています。

"So I got a piece of glass from a Glass Merchants on the Portobello Road, placed it on trestle tables, set up the mic's, pressed record and someone struck it. Everyone was expecting something impressive - but it came out 'putrid'! Couldn't do a second take, but I managed to get the effect they wanted, "
Portobello Roadのガラス商人からガラスの破片を手に入れ、それを架台の上に置き、マイクをセットして、録音ボタンを押し、誰かがそれを叩いたんだ。誰もが何か印象的なものを期待していたけど、「腐って」たんだよ! 2回目のテイクはできなかったけど、何とか彼らが望んだ効果を作ることができたよ。

The Lamb Lies Down on Broadway (Genesis 1974-1975): History of the Enigmatic Cult Album





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