安曇野いろ「言葉の力で」
友人が送ってくれた、詩人で童話作家の杉本深由起さんの詩集です。
詩を連ねていって、ひとつの物語になっています。
その中から、いくつかを抜粋しました。
勇気を出して、自分の心に忠実になろうとしたら
いじめの標的になってしまった少女。
「言葉の力で、いじめを越える」少女の心の軌跡。
『ひかりあつめて』 杉本深由起 小学館
< 引っ越してきた街>
道をたずねたら
海に向かって
三つめの角をまがればすぐですよ
という答えが返ってきた
いかにも言い慣れた感じで
海にむかって
山にむかって
空にむかって
なんて単純明快
いい響き
あっけらかんとした明るさよ
道を下れば 海
坂を上がれば 山
見上げれば 空
好きになれそう
この街が
<新しいクラス>
「新川ユキです。
よろしくお願いします」
先生と教室に入ってみんなに挨拶したら
とつぜん
ドタドタと ものすごい音をたてて
男子たちが床を踏み鳴らした
ヒューッと口笛を鳴らす者
制止しようともしない先生
一部の女子たちの しらっとした視線
勝手な笑い声とまばらな拍手
先生 男子 女子
三つの物体が てんでばらばらに
浮遊しているような このクラスは
なにかが違う
前の学校とは
<らせん階段>
お弁当の時間
山本さんが当番でいれたお茶は
みんな絶対に飲まない
ご飯でのどをつまらせながらも
「クサイ」
「キタナイ」
と鼻をおさえて
いつまでも
教卓の上に置かれている
大きなやかん
自分の席でひとり
うつむいてお弁当を食べている
山本さん
--のみたい
--のんであげたい
わたしの心のらせん階段を
くるくる駆け上っては
すごすご おりてくる
言葉にはできない
思い。
<雨>
授業中
先生の話を聞いていたら
――ポツン
なにかが背中にあたった
まるめられたノートの切れ端
「しゃしゃるなよ」のひと言
気にしないでいたら
ポツン、ポツン
ポツンポツンポツン
だんだん本降りになってきた
ナイフで小さく切り刻まれた
消しゴムの雨
放課後 階段を下りていたら
頭上に降ってきた
ちりとりで集めたごみの雨
うすぎたない雨が
わたしに降りかかりだした
山本さんの入れたお茶
飲んであげた日から
<湖>
風邪から気管支炎になって
肺炎 入院 重体
やっと退院
登校した日の朝だった。
黒板いっぱいに
書いてあった
わたしの名前と
--おまえなんかいらない
死ね!
息をのみ
見開いた
わたしの目
湖になれ
醜悪なもの 沈めても
翌朝には また
しーんと
透きとおる湖になれ
〈むねに抱いて>
--隠された!
わたしの体育館シューズ
靴箱からなくなっている
しょぼんと体育館にむかうと
先に教室を出た工藤さんが
体育館にもってきてくれていた
「バイキン、さっさと死ね」
とチカコたちに言われる毎日
山本さんまでいっしょになって
「はよ、屋上へ行き、
背中押したるで」
だなんて。
そんなわたしの体育館シューズ
工藤さんたら
にこにこ笑って
花束みたいにむねに抱いて
<ひとりじゃない>
お弁当を残して帰った日
母さんが心配そうにしていた
「なにかあったらちゃんと話すのよ」
いつもそう言って髪を直してくれる
転校前からの親友トモコ
あれからちょくちょくメールがくる
朝自転車で追いこし際ぎわに
「新川、元気出していこうぜ」と
声をかけてくれる竹村くん
隠されたわたしの体育館シューズを
むねに抱いて持って来てくれた工藤さん
顔を見合わせるたびにこっと笑いかける
そうだ
わたし ひとりじゃない
ひとりじゃなかったんだ
<光・合・成>
明るいほうへ
明るいほうへと
手を伸ばし
光をかき集めては
体じゅうで受け止め
喜びを
幸せを
感じようとしているときの人間って
植物と同じ
暗闇から
やっと
発芽したんだもの
いまね
わたしも
光・合・成
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