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童話 児童小説【メリークリスマスは夢の中】

 英語教室の先生が教えてくれたんだけど、メリークリスマスの「メリー」って、「楽しい」っていう意味なんだって。
 それを聞いた仲良しのミーちゃんが、うれしそうに言った。

「わあ、あたし、とってもメリーだよ! だってね、明日の夜おじいちゃんとおばあちゃんが来るんだ。それでパパとママとみんなでね、クリスマスパーティするんだよ!」

 ミーちゃんちのクリスマス、とってもメリーだね。……いいなあ、ミーちゃん。

「ナオちゃんは?」
とミーちゃんに聞かれて、

「わたしもメリーだよ。うちは今夜クリスマスパーティするんだ、楽しみ!」
って、言ったけど。

 本当は、ウソ。
 メリーじゃないの。
 だって、うちのクリスマス、毎年あんまり楽しくないんだもん。
 パパとママと、みんなそろってのクリスマスパーティなんて、うちの家族には夢なんだよね。

 ***

 今夜はクリスマスイブ。
 わたしがじいじと宿題のかけ算を唱えていたら、「チラチラ降ってきたわよ」とばあばが泣いてるケイタを連れて、保育園から帰ってきた。
 わたしがどうしたのかと思って玄関に行くと、困り果てたばあばは、

「ナオちゃん助けて、ケイタをお願い」

と両手を合わせてわたしに頼んだ。
 ケイタはね、泣くとなかなか泣き止まないの。ママとわたししか、ダメなんだ。
 わたしはいつものように、わんわんと泣いているケイタの背中をトントンしてあげた。

「ばあば、ケイタどうしたの?」
「パパとママと一緒にクリスマスパーティをしたいんですって」

 困り顔のばあばの言葉に、ケイタは「わあん!」と大きな声になった。

「だって、カッくんちも、ノンくんちも、みんなパパとママがいっしょなんだってえ」

 腰の痛いじいじがケイタのところへひょこひょこ歩いて行って、イテテよっこらしょと座った。

「ケイタ、パパもママも仕事なんだ。うちの仕事はな、年末はそりゃあ大忙しなんだから、しかたないんだぞ」

 そうなの。わたしのうちの仕事は、じいじが始めた運送屋さん。12月は「おせいぼ」や「のうき」があるから特にいそがしいんだって。だからクリスマスは、小さい頃はばあばと二人で過ごしてた。ケイタが生まれてからは、ケイタと三人。毎年ね、パパとママと、それにじいじもいないクリスマスなんだ。

 ばあばがケイタの頭をぽんぽんしながら、じいじに言った。

「このごろは二人とも毎晩遅くて、ナオとケイタが寝てから帰ってくるでしょう? だからケイタは寂しいんじゃないのかねえ」

「そうだったのか。じいじがぎっくり腰で荷物を運べないから、パパとママが余計に忙しくなってしまったんだよ。悪いなあ、ケイタ」

 じいじが頭をぺこりと下げた。
 ケイタはひっくひっくしながらじいじを見てたけど、

「じいじキライじゃないもん、でもパパとママがイイんだもおん!」

 と、さっきよりもっと大きな声で「わああああん!」と火がついたように泣き出した。
 こうなっちゃうと、ケイタはもう何を言ってもダメなんだ。あっという間に真っ赤な顔になると、後ろにそっくり返って、バーンと音を立てて床に寝転んだ。
 わあわあ泣いて、手足じたばた。
 わたしはママがやってるみたいに、背中やおなかをちょっと強めにトントンしてあげた。

「パパとママはお仕事だもん、しょうがないよ。だけどじいじもばあばも、わたしもいるよ?」

 口ではそう言ってみたけど、わたしだって小さいころは、家族みんなでクリスマスパーティをしたかった。ケイタはまだ三歳なんだもん、むずかしいよね。パパやママと一緒がいいんだよね。
 トントンしてたらケイタの声は少し小さくなったけど、まだまだ泣き止まなくて、わたしはどうしたらケイタが楽しい気持ちになってくれるのか、一生懸命に考えた。
 そうだ! 今夜はサンタさんが来るんだった!

「ねえケイタ、今日の夜さ、サンタさんがプレゼント持ってきてくれるよ?」

 ケイタがちょっと泣き止んで、鼻をすすりながらしゃべった。

「ケイタがおねがいした、カイレンジャーのへんしんベルト、もってきてくれる?」
「うん! サンタさんは子どものおねがいをきいてくれるもん。ゼッタイもってきてくれるよ!」

 わたしは自信たっぷりに答えた。
 ケイタは泣くのを止めて、目をぱちぱちした。

「ほんとに?」

 サンタさんはわたしに、去年はピンクのポシェット、その前はチビうさのぬいぐるみをくれた。いつでもわたしのお願いしたプレゼントをもってきてくれたもん。

「うん、ほんとだよ!」

 と答えたとき、わたしは「あっ!」と、いい考えを思いついた。
 わたしね、家族みんなでクリスマスパーティができるとってもいい方法を見つけちゃったんだ。

 ***

 じいじとばあばがおやすみってふすまを閉めて、テレビの部屋に行ってしまうと、わたしは小さい声でケイタを呼んだ。

「なあに?」

 隣のお布団に鼻まで入ったケイタがこっちを向いた。いつもなら眠いケイタの目は、サンタが来るのが嬉しいのかピカピカしてた。

「ケイタ聞いて。わたし、サンタがさんか来たら、パパとママといっしょのクリスマスパーティさせてくださいってたのんでみるね。サンタさんは子どものおねがいをきいてくれるもん。きっとかなえてくれるよ!」

 わたしは自分のステキな考えにワクワクした。ケイタも、もっと目をピカピカさせてよろこんだ。

「ケイタも! ケイタもいっしょにサンタさんにおねがいする!」
「うん! いっしょにおねがいしよう!」

 さっそく、わたしたちはサンタさんに会う準備を始めた。お布団から出て、パジャマをぬいで服を着た。サンタさんは世界中を回るから、あっという間に部屋からいなくなっちゃうんでしょ? そうなったらサンタさんを追いかけなくちゃならないからね。
 それから、わたしたちが起きてるとサンタさんにはバレないように、洋服の上からパジャマを着た。そしてわたしは、大好きなピンクのポシェットもかけた。だってサンタさんに見せたかったんだもん。
 用意はバッチリ。わたしとケイタはお布団にもぐった。
 ワクワクしてたからぜんぜん眠くなかった。だけど、待っても待ってもサンタさんは来なくって、ケイタの目がすうっと細くなっていくのを見てたら、わたしもウトウトと眠くなってきちゃった。
 寝ちゃダメって指でまぶたを上げてたとき、急に窓がばあって明るくなった。
そして窓の向こうから、長い板のような形をしたキラキラした不思議な白い光が部屋に射しこんできた。

「ケイタ、ケイタ! きっとサンタさんだよ!!」

 夢中でケイタの体をゆすると、目を閉じていたケイタが「おねがいする!」とバチッと目を開けた。いつも寝ちゃうケイタなのに、このときは違ってた。
 不思議な光がますますまぶしくなったので、わたしたちはあわててお布団を頭までかぶった。
 そうっと見ていると、外からヒューンと勢いよく、その光の板をすべり台のようにして、赤い帽子と服を身につけた白いひげのサンタさんが入ってきた。サンタさんと一緒に部屋に飛び込んできた雪が、部屋の中をフワフワ泳いでた。

(うわあ! 本物の、本物のサンタさんだ!!)

 お布団の中で、わたしの心臓がとても大きな音でドキドキと響いてる。

「ナオちゃんには、コスメセット。ケイタくんには、カイレンジャーの変身ベルト」

 サンタさんは優しい声で言いながら、枕元にプレゼントの袋を置いた。

「ナオちゃん、ケイタくん、メリークリスマス!」

 そう言うと、サンタさんはさっきとは反対向きに光るすべり台に座った。するとエスカレーターみたいに、サンタさんの体はスルスルと上に向かって動き始めた。

(大変! サンタさんが行っちゃう!)

 わたしはあわてて布団から起きるとプレゼントをつかんだ。ケイタもわたしの真似をして自分のプレゼントをつかむ。サンタさんは、もう窓をすり抜けてしまっていた。四角い光が少し弱くなってきたので、わたしは超特急で自分のプレゼントをすべり台に乗せて、走って来たケイタの体をだっこして、すべり台に乗りこんだ。二人すべりは大得意なんだ、いつも公園でやってるもん! そのとたん、わたしたちの体もサンタさんと同じように、スルスルとすべり台を上り始めた。近づく窓もサンタさんみたいにすり抜けた。
 外は雪がしんしんと降っていて、ほっぺに冷たい雪がくっついてきた。どんどん空の方へ上っていくすべり台から周りを見てみると、家の屋根も道路もすっかり白くなっていた。
 すべり台の先っぽは、空中の高いところに止まっているサンタさんのソリにつながっていた。絵で見たとおり、トナカイが引く、たくさんのプレゼントを乗せたソリだった。そのソリにはね、もう一人サンタさんが乗っていた。
 わたしとケイタは、前を上っていくサンタさんに向かって叫んだ。

「「サンタさーん、待ってえー!!」」

 サンタさんがピクっとして振りむいた。

「二人とも……! ついてきちゃったのかい!?」

 ところがちょうどそのとき、サンタさんの体はソリに到着したから、そのままズデーンとソリの中に転げ落ちてしまった。

「「サンタさん!!」」

 転んだサンタさんをソリで待っていたサンタさんが助けていると、わたしとケイタもソリに到着した。乗ってきた光のすべり台は、すうっと消えていった。
 二人のサンタさんを見て、わたしの目は丸くなった。
 だってプレゼントをもってきてくれたサンタさんは、おじいさんじゃなくておじさんだったし、ソリにいたサンタさんはね、女サンタさんだったの! 女サンタさんは白いひげの代わりに、大きな白いマフラーをぐるぐると巻いていた。
 男サンタさんは、ソリの椅子に座るとわたしたちにたずねた。

「どうしてついてきちゃったんだい?」

 わたしは隣のケイタと目を合わせて、うんとうなずきあった。

「わたしたちサンタさんにおねがいがあるの!」

「お願い?」
 と、女サンタさん。

 ケイタとつないだわたしの手に、ギュッと力が入る。

「……パパとママといっしょのクリスマスパーティを、させてくださいっ!」
 
 ぺこりと頭を下げた。

「くださいっ!」

 ケイタも真似してぺこり。
 サンタさんの返事が返ってこなかったから顔を上げてみると、二人のサンタさんは困った顔をしていた。

(もうプレゼントをもらっちゃったから、ダメなのかな?)

 わたしはサンタさんに、さっきもらったプレゼントを返すことにした。そういうことがあるかもと思ってたから、持ってきてよかった。メイクセットはとても欲しかったものだけど、……ケイタのためだもん。

「あの、これ返します! だからパパとママといっしょにパーティをさせてくださいっ!」

 ケイタは口を一文字に閉じて、あわててプレゼントを抱えこんだ。

「ケイタのは持ってていいんだよ、わたしのだけでいいからね」

 頭を下げたままわたしがそっと伝えると、ケイタはほっとしていた。
 だけど、サンタさんたちは、差し出したプレゼントを受け取ってくれなかった。二人の顔をちらっと見てみると、さっきよりもっと困った顔になっていた。

「ごめんね。そのお願いは、ちょっとむずかしいんだよ……」
「欲しいプレゼントなら、きいてあげられるんだけど……」

 隣から鼻をすする音がする。ケイタの目に涙がたまりはじめてた。

「パパ……ママ……」

 ケイタの気持ちは、わたしが一番よくわかる。だってわたしもずっと、パパとママと一緒のクリスマスがよかったもん。
 ケイタのためにも、なんとかゼッタイにサンタさんにお願いをきいてもらわなくっちゃ。わたしは精いっぱい考えた。えーと、えーと、どうしたら……
 そうだ! お手伝いをしたら、お願いをきいてくれるかもしれない。おうちでお風呂のお掃除したら、ごほうびに好きなお菓子を買わせてくれるもん。これならきっと大丈夫!

「じゃあ、サンタさんのお手伝いさせてください! おねがいしますっ!」
「しますっ!」

 わたしとケイタは膝に頭がついちゃうぐらい、ぺこりと頭を下げた。

「うーん……」

 男サンタさんが困ったなあともじゃもじゃのヒゲの上からあごを掻いていると、女サンタさんが言った。

「いいんじゃない? そうしてもらいましょうよ? ナオちゃんとケイタ君にお手伝いしてもらった方が、私たちも助かるし」

「……それもそうだね。じゃあ一緒にプレゼントを配ってもらおうか」

 お願いをかなえてもらえるかはわからなかったけど、サンタさんのお手伝いができることになって、わたしもケイタも張り切った。

「次はね、ナオちゃんのお友達のミーちゃんの家よ」

 ソリがミーちゃんちの近くに到着すると、トナカイさんが角を軽く振った。首につけたベルがいい音を鳴らすと、あの白い光のすべり台がミーちゃんの部屋まで伸びていく。

「いい? 二人とも静かにしているのよ?」

 女サンタさんは、ケイタとわたしをすべり台に乗せて、その後ろにプレゼントを持って座ると、わたしたちを両腕で包むように支えてくれた。

「行くわよ? そ―れっ!」

 ヒューーーン!

 風を切って、スルスルと光のすべり台をすべっていく。
 わたしの顔には、綿のような雪とケイタの髪があたって、くすぐったかった。

「「わ~い、楽しい~~!!」」

 思わず二人で声を上げちゃったら、通り過ぎた電線の雪がどさっと落ちた。

「楽しいでしょ? でもみんな起きちゃうから、しずかにネ」

 女サンタさんはわたしたちの様子にほほえんで、マフラーで隠れた口の辺りに一本指をあてた。
 雪まじりの風は冷たかったけれど、女サンタさんが後ろからだっこしてくれて、あったかかった。それに女サンタさんから、ふんわりといい匂いもした。
 ミーちゃんの部屋の窓を通り抜けて部屋に着いたわたしたちは、すべり台を降りた。
 ミーちゃんはわたしたちが来たことに全然気がつかなくて、すやすやと寝ていた。女サンタさんは、ミーちゃんの枕元にプレゼントをそっと置く。

「ミーちゃん、メリークリスマス」

 わたしとケイタも小さい声で「メリークリスマス」って言ってみたら、なんだかサンタさんになった気分だった。
 わたしたちがソリに戻ってくると、男サンタさんが次のプレゼントを手にして待っていた。

「今度はケイタ君の友達のカッ君ち、それからノン君ちもいくぞ」

 男サンタさんと女サンタさんが交代する。男サンタさんはわたしたちをしっかりだっこしてくれた。男サンタさんもとってもあったかかったし、なんだか落ち着く感じがしたから、わたしはすっかりよっかかっちゃった。
 カッ君は、わたしたちに全然気がつかないですうすうと寝ていた。
 プレゼントを置いた男サンタさんが「カッ君、メリークリスマス」と言うと、わたしとケイタも「メリークリスマス」って言ってあげた。
 ケイタがひそひそ声でサンタさんにたずねてた。

「カッくん、プレゼントよろこんでくれるかな?」
「それは大丈夫だよ、カッ君にお願いされたものだからね」

 わたしたちは町中の子どものおうちにプレゼントを届けた。
世界中には大勢のサンタがいてね、おなじみのお爺さんサンタだけじゃなくって、お婆さんサンタ、おじさんサンタやおばさんサンタ、お兄さんサンタやお姉さんサンタ、いろんなサンタさんがいるんだって。
 プレゼントが減っていくソリの上で、わたしとケイタは通り過ぎる木に積もった雪をいっぱい集めて、雪だるまを作って遊んだんだ。ソリを走らせながら、サンタさんたちも交代にわたしたちと遊んでくれた。サンタさんたちはね、面白くて優しかったから、一緒にパーティできなかったパパやママを思い出しちゃった。
 山と積んであったプレゼントが残り一つになって、そのプレゼントも配り終わると、二人のサンタさんはわたしたちの頭をぽんぽんとしながらお礼を言ってくれた。

「二人とも、今日はお手伝いどうもありがとう」
「二人とプレゼントを配れて、とても楽しかったわ」

 わたしは最後にもう一度、わたしとケイタのお願いをサンタさんに頼んでみることにした。こんなにお手伝いをしたんだもん、今度こそお願いをきいてくれるかもしれない。

「サンタさん、お手伝いしたからおねがいをきいてもらえないですか? わたしたち、どうしてもパパとママといっしょにクリスマスパーティがしたいんですっ!」
「したいんです!っ」

 わたしはもらったプレゼントも、もう一度サンタさんたちに差し出した。

「おねがいしますっ!!」
「しますっ!!」

 ケイタも大事にしていたプレゼントをぐっとにぎって差し出した。

「ボクのプレゼント、かえすからっ!」

 でも、サンタさんたちはプレゼントも受け取ってくれなかったし、お願いをきいてくれると言ってはくれなかった。二人はしばらくの間、顔を見合わせて、なんともいえない難しそうな顔をしていた。
 その顔を見たわたしは、黙ってケイタの手をつないだ。ケイタの手はとっても冷たくなっていた。

(そうだよね、ケイタも寒くて風邪をひいちゃう。……もう帰らなきゃ)

「……おねがいは、あきらめます。わたしたち、もうおうちに帰ります」

 わたしはのどがつまってしまって、あんまり声が出せなかった。
 ケイタが、悲しそうにわたしを見上げる。

「ケイタ、ごめんね。おうちに帰ろう」

 それから、わたしは下を向いたまま、サンタさんたちにお礼を言った。

「お手伝いさせてくれて、ありがとうございました。サンタたちにも、メリークリスマス」

 最後に、ぺこりと頭を下げた。
 ケイタが、ぐすんぐすんと泣き出した。

 メリークリスマス……
 ――全然、メリーじゃないよ。
 サンタさんのお手伝いをして楽しかったけど、でもパパやママと一緒にいられないクリスマスなんて、メリーじゃない……
 
 ケイタが、「わあん!」と声を上げて泣き始めた。わたしもぐすんと鼻をすすりあげる。目の前のサンタさんたちが涙で見えなくなった。

「パパ……ママ……!」

 わたしの目から涙がぽろぽろこぼれてくる。
 パパとママが、いつもいないクリスマス。わたし、ずっとずっとガマンしてた。しょうがないってガマンしてた。でもいくらお仕事いそがしくても、一回ぐらい一緒にいてくれたっていいじゃない? わたしだって、ケイタとおんなじ。さびしいよお……!
 わたしが泣いていたら、ケイタがさっきよりも大きな声で泣き出した。

「わああああん!わああああん!」

 ケイタの泣き声はどんどん大きくなっていった。わたしがハッとしてケイタを見ると、ケイタの顔が真っ赤になっていた。

(ケイタ! ここではダメだよ、ここソリの上……!)

 真っ赤っかになったケイタが、いつものように勢いつけてそっくり返った。
 ケイタが立っていたのはソリのはしっこだったから、バーンと転がるはずの床は、そこには無くて――――!
 ケイタの体が宙に浮いた。

「ケイタ!!」

 わたしはケイタが落ちないように抱きついた。でもケイタの勢いに引きずられて、わたしの足もソリから離れてしまった。

(わたしたち、落ちちゃ……!)

「危ないっ!!」

 男サンタさんがこっちに駆けよりながら、素早く手を伸ばした。

「ケイタ! ナオ!」

 女サンタさんの叫び声。
 間一髪、男サンタさんが、わたしとケイタの体をまるごとがっしりとつかまえた。
 でも良かったと思ったのは短い間だけだった。ケイタは何が起きたかなんにもわかってない。
 わあわあ泣いて、手足じたばた。
 わたしはケイタを落ち着かせようと必死に言い聞かせた。

「ケイタ、動いちゃダメ、落ちちゃうよ!!」

 男サンタさんが、なんとかわたしたちを抱きかかえてソリの真ん中へ連れて行ってくれた。ソリの上に足が着いたわたしは安心したけれど、ケイタは男サンタさんにだっこされたまま、そっくり返ってずっとわあわあ泣いていた。みかねた女サンタさんが暴れるケイタを受け取ってだっこすると、ちょっと強めにトントンしはじめた。
 あんなに泣いていたケイタが、不思議なことにだんだんと静かになっていって、ついには女サンタさんの胸でうつらうつらしはじめた。
 わたしはソリの床に座りこんで、ふうっと息を吐いた。

(ケイタ、無事で、ほんとによかった……!)

 ふと気がつくと、男サンタさんの手が赤くなって血がにじんでた。たぶん、ケイタが暴れたせいだ。

「ケイタがひっかいちゃってごめんなさい。わたし、絆創膏もってるよ?」

 大丈夫だよって男サンタさんが言ったけど、わたしはポシェットからお気に入りの花がらの絆創膏を出して、手の傷に貼ってあげたんだ。 

 わたしの右隣の男サンタさんがソリを走らせる。左隣の女サンタさんは、寝ているケイタをだっこして座っている。ケイタはすっかり寝ちゃって気持ちよさそうに夢の中だ。

「ナオちゃん、僕たちからパパとママに、クリスマスパーティができるように頼んでみるよ」

 すっかりお願いをあきらめていたわたしは、そう言ってくれた男サンタさんの顔をまじまじと見た。

「本当?」

 サンタさんたちはこくりとうなずいた。

「ナオちゃんとケイタくんの気持ち、よくわかったからね」

 わたしは思わず、「サンタさん、大好き!」と、男サンタさんと女サンタさんに抱きついちゃった。

「ナオちゃんとケイタくんのこと、わたしたちも大好きよ」

 サンタさんたちは、わたしとケイタとを一緒にぎゅって抱きしめてくれて、やさしく頭をぽんぽんとしてくれた。
 頭をぽんぽんしてくれるこの手の感じ、わたし、どこかで知ってる気がするなあ。
 二人の間にはさまれてソリにゆられていたら、なんだか心も体も、それに頭もぽかぽかして、ぼうっとなって、わたしはとろんと眠くなってきた。
 だって……夜なのに、ずっと起きてたんだもん……、眠いよ…………
 わたしの右と左からサンタさんたちが優しく、「おやすみ」と言ってくれた気がした。

 ***

 クリスマスの朝。
 わたしは自分のお布団で目が覚めた。
 枕元には、たたんだお洋服とポシェット、それにサンタさんからのプレゼント。
 ぐうぐう寝ているケイタの枕元にもプレゼントが置いてあった。
 昨日の夜、サンタさんとプレゼントを配ったのは夢だったんだ。サンタさんにお願いをきいてもらおうと思って、ずっと起きていようとしたけど、いつのまにか寝ちゃったんだ。
 がっかりだった。
 わたしは、もらったプレゼントを開ける気持ちにもなれなかった。
 テレビの部屋に行くと、じいじとばあばと、夜遅くに帰ってきたらしいパパとママが朝ごはんを食べていた。

「ナオちゃん、おはよう!」

 パパとママは笑顔でわたしに挨拶したけど、すぐに立ち上がってカバンを手にした。

「パパ、ママ、もうお仕事に行っちゃうの?」
「この時期忙しいからね。のんびりしていられないんだよ」

 昨日だって全然おしゃべりしてないのに。
 ――さびしいな。
 ミーちゃんちみたいに、パパとママも一緒にパーティーをしたいなって言いたかったけど……
 うちの家族には夢なんだ。しょうがないんだよね。

 玄関までついていくと、ママが靴を履きながが明るく言った。

「今日ママたち、早く帰ってくるからね。一緒にクリスマスパーティしようね」

 わたしは驚いてママの顔を見た。
 ママはにっこり笑った。パパもにっこり笑う。

「昨日で一山終わったからな。今日の仕事は超特急で終わらせて帰ってくるよ」

 ウソみたいなパパとママの言葉に、わたしは嬉しくなってぴょんぴょん跳びはねちゃった。

「わたし、すっごく楽しみ! パパ、ママ、大好き!!」

 わたしが二人に抱きつくと、パパとママはぎゅって抱きしめてくれた。パパとママとくっつくと、あったかくって、ふんわりいい匂いがして、とっても落ち着くなあ。それから二人はわたしの頭を優しくぽんぽんとしてくれた。
「いってらっしゃ~い!」とわたしが元気に手を振ると、二人はにこにこと手を振り返した。
 パパが手を振りながらドアを閉める。
 二人を見送ったわたしは、今、目にしたことにびっくりして、玄関に立ち尽くしていた。わたしの頭の中は、バイバイと振っていたパパの手のことで、いっぱいだった。
 だってね、パパの手にはね、わたしが男サンタさんにつけてあげた、あの花がらの絆創膏がついていたんだ。

 こうしちゃいられない!
 今すぐケイタを起こして、サンタさんはおねがいをきいてくれたよって、今夜パパとママと一緒にパーティするよ、っておしえてあげなくちゃ。

 でもね、ケイタにはおしえてあげられないスゴイことが、ひとつできちゃった。
 このスゴイことはね、ちっちゃいケイタにはまだまだヒミツにしておかなくっちゃ、ね。


 ~おしまい~

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あき伽耶
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