「私は彼女の親友だったらしい」第7話
……なにそれ。
予想外のことに目を見開いて彼を見つめることしかできない。
「お前が殺したんだろ」
「違う」
「違うもんか」
達海は瞬きすることなく、じっと私を見る。大きな瞳に吸い込まれて自分が消えてしまいそうになる。
「本当に違うってば」
「証拠は」
「そんなものないよ。私が殺したっていう証拠だってないじゃんか」
「じゃあ、やっぱりお前が――」
「だから違うってば! 」
大きな声が出た。達海は、はっとした顔になり、私の肩に乗せられた力が弱まる。つかまれたところがじんじんと痛む。それを悟られないようにしながら、
「私は甲斐田さんからの遺書を読んだ。それには自殺の原因は何も書いてなかった。もしも私のせいだったとしたら、そもそも警察は私に遺書なんか見せないよね」
それに、と続ける。
「達海の方が怪しいんじゃないの? 遺書に達海宛ての文が何もないなんてありえないでしょ。彼氏なのに」
さらに問い詰めた。
「今日私の後をついてきたのは甲斐田さんの家を聞きたかったからなんだね。彼氏なのに彼女の家の場所すら知らないんだ?」
肩からすっと手が離れた。
「本当は……達海が殺したんじゃないの?」
「俺じゃない!」
私よりも大きな声で驚いてしまう。さらに達海はぽろぽろと目から涙をこぼし始めた。
ぎょっとしてしまって、泣くことはないでしょと言ってやる。言い過ぎたと思ったが、時すでに遅し。人目もはばからす涙を流す彼に申し訳なく思ってしまい
「ティッシュいる?」
ポケットを探りながら聞いた。
「いや、いい」
ぐい、と制服の袖で涙を拭いた彼は、すまんと短く謝った。
「こっちこそ、ごめん」
何か触れてはいけない彼の心の柔らかい部分に触れてしまったのだと気付く。
達海は少しだけ泣くと落ち着いたようでかすれた声で話し始めた。
「俺も、心の中では思ってるよ。もしかして、佳代子が死んだのは俺のせいなんじゃないかって」
そうじゃないよとは言ってあげられない。もしかしたらそれは彼氏と上手くいっていなかったから、なんて理由である可能性も、まだ捨てきれないからだ。
「俺、佳代子と付き合ってたんだ」
そうだねと頷いて返事をする。
「……でも、俺たち連絡先も知らないんだ」
そうなんだ、と頷きかけて止まった。
「……はい?」
「もちろん家も知らない。一緒に帰ったこともないし、遊んだこともない。毎日部活に行く前に少し話すだけだった」
「それは……付き合い始めたばかりだったから、とか?」
「もう三か月になる」
「おお……」
「なあ、これって付き合ってたってことになるんだよな?」
そんなこと聞かれても、男子と付き合ったことのない私にわかるはずがない。
「甲斐田さんは達海が彼氏だってみんなに言ってたみたいだから付き合ってはいたんじゃない? 付き合い方も人それぞれだし」
「佳代子に何度も聞いたんだ。連絡先交換しようって。でも学校話せばいいでしょって絶対に教えてくれなかったんだ。これっておかしいよな?」
おかしいとは思うが、甲斐田さんの性格を知らないのでよくわからない。
「俺、知りたいんだ。なんで佳代子が死んだのか。それが俺のせいでもそうじゃなくても、きっと佳代子は何か隠していた、それを知りたいんだ」
達海は彼なりに甲斐田さんのことを好きでいたようだ。
「だから、高橋にも手伝って欲しい」
「なんで、私が」
「なんでって……」
面倒ごとに巻き込まないでほしい。
「親友だったんだろ?」
もう隠し通すことはできない。そう悟った。
「ごめん。そもそも私たち親友じゃない」
「…‥は?」
「甲斐田さんはそう思っていたのかもしれないけど、私たちろくに会話したことなんてなかったし」
そう言うと達海は眉をしかめた。彼の気持ちは痛いほどわかる。唯一の希望の光である彼女の親友からそんな言葉が飛び出すとは夢にも思わないだろう。
達海はため息をつくと、頭をがしがしと掻きながら
「こんなこと言うと気を悪くすると思うんだけど」
言いにくそうに口を開いた。
「じゃあ、言わないで」
どんな言葉が降ってくるかがなんとなく分かったので、私は片足を引いた。その場をいつでも逃げ出せるように。
「いや、言う。……あのさ。佳代子が死んだの、お前のせいもあるんじゃないのか」
「……全く思わない、とは言えない」
彼女は私のことを親友だと思っていた。しかし、そんなそぶりを見せたことはないし、彼女が勝手に私に憧れていただけ。そんな片想いがこじれて自ら命を絶った、なんて理由もありえるかもしれない。そんなので死なれたら迷惑ではあるけれども。
「本当の理由知りたいだろ? だから手を組もう。一緒に調べよう」
「……本音は?」
「俺は高橋が一番怪しいと思ってる。今の話を聞いて尚一層そう思った。佳代子が死ななきゃいけなかった理由を知りたいんだ。手を貸してほしい。ついでにお前のことを監視したい」
なんとまあ、あけすけな。
「……わかった」
疑われたままでは気分が悪い。こうなれば白だということを証明してやろうではないか。達海は満足そうに頷いた。
「じゃあ、これから毎朝迎えに行くから」
「は?」
「当たり前だろ? 帰りも一緒だ。そうしておかないと監視することなんてできないからな。高橋は何もしてないんだろう? だったら嫌がる理由はないはずだ」
私のプライベートはどこに行ったのか。
「外から見れば付き合ってることにすればちょうどいいはずだし。いいだろ? 」
いいわけがない。しかし、断ると立場が悪くなる。だから、できるだけ付き合っていると誤解されることは避けたいとだけ了承してもらって、私たちの奇妙な関係は始まりを告げた。
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