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オレンジ/やさしいくま/⑤ゆるすすくう

オレンジ

やさしいくま


ゆるす/すくう


 シカちゃんはサクの自家製の友人である。サーモンピンクのソフトボールと水色の木馬が遊びに来たときのお気に入りだが、五歳を過ぎてからはサクにとって最も跳ね返りのいい話し相手でもある。
 今日サクは自分の部屋で、小さい頃から大切にしている童話をシカちゃんに読んであげた。かつて追われた村に復讐に現れた魔物が一人の少女のやさしさに触れ、結果的に村の救世主となる物語である。

 ゆるす/すくう…
「しりとりみたいだね」シカちゃんが云う。
「何が続くんだろう」サクが云う。
「生まれ変わる」「うーん。私生まれ変わらなくてもいいと思うんだよね」
「裏切る」「第二章、カミングスーン」
「歌う」「踊り出しますか」
「ふふふ」シカちゃんが笑う。「るるる」サクは口遊む。
「あれ、サクちゃん。しりとりじゃなくてもいいみたい。なんだろう。つながってる。新しくない?」
「うーん。シカさん。これは新しくないんだな。まあラッパーみたいでもあるが。昔からある手法なんだよ。韻」
「いん?」
「うん。いつか習うよ。漢詩とかね」

 ねえ。シカさん。国破れて山河在っても私のそばにいてくれる?
 サクはつぶやく。
「なんて」
「いやね。いろんなこと学んで、いろんなこと知っても、こうして私のお話をきいてくれるのかなあって」
「どうだろうねえ」
 ええ?もちろんだよって云ってくれないの。
「シカとサクだからねえ」
 ああ、やっぱりずっとそばにいてほしいなとサクは思う。
「いつでも開け閉めできる扉を作っておくから」
「ありがと」

 魔物は疲れて眠っている。魔物のひと眠りで少女は大人になる。藁色のエプロンを二めぐりきりりとしばり、年季物の大きな窯でパンを焼いている。二度目の目覚めが優しいものになるように。ゆるす/すくう/うしなう。一番嫌いな手持ちの札は魔物が尻尾で窯のふたを開けてぽいと放りこんだ。温かい香りが流れてくるまで、まるまってとろりと目を閉じている。


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