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大学卒業とこれまでの本音、そしてこれから

報告

2024年3月19日(火)、私は大学を卒業しました。
多くの人に支えられ、4年間を過ごすことができました。
僕に関わってくれた人に「ありがとう」では言い表せないほど感謝しています。


わたしにとって「卒業」という2文字はとてつもなく大きな言葉でした。

これまでの葛藤と本音

いまでこそ、この大学にきてよかったと思っています。それは友人、先生、出会った社会人の方々、ここで得た経験が新たな自信と誰にでも胸を張ってこの道は楽しかったと言えるからです。
でも、入学前いや2年前くらいまではそんなこと言える・思うことはありませんでした。

じゃあ2年でここまで変わったのか記したい。
記す前に少し自分の人生を振り返ろうと思う。

幼少期

私は子供のころから、運動が大好きな少年でいつも泥だらけ、怪我が多く、勉強をまったくしない人口が1万人いない田舎にいる普通の野球少年でした(実はサッカー少年になる予定でしたが、サッカー部がなく野球部に)。

小学校

その田舎で低学年まで過ごしました。そして小学生で2回の引越しを経て、人口100万人を超える政令指定都市にやってきて僕。
田舎の小学校との違いにカルチャーショックを受けたことを今でも鮮明に覚えています笑

中学校

中学校に進むと、そのまま野球を継続しつつもなんとなく勉強をするように(成績は良くなったとはお世辞にも言えません。まわりが頭良すぎたですよね、、、。医者や大企業に勤めている友達がごろごろいます笑)。
3年生になると、野球部の主将になりました。あの時は本当に大変だった。
みんな思春期で自由奔放、それは僕も含めて。

高校

野球部にも入部したのも束の間、テストで学年で下から2番になってしまった。入学するとすぐに受験と言われ、どこに行くか考えるようになった。難しさも分からず、なんとなく医学部に行きたいと言うおれ笑
今思えば、ただのバカですよね笑
でもやると決めた僕は1年の冬に野球部を辞めて勉強開始した。もちろん成績は上がったが、それと引き換えに高校生活は非常に思い出が少ない。
文化祭や体育大会を楽しんでいたが、あんまり記憶にない。これは野球部を辞めたことへの後悔と周りが楽しんでいることへの嫉妬だったなと今となって思う。そして、このときからでしょうか。周りを気にして行動するようになったのか。嫌われたくなくて、八方美人になっていた。心が小さかった、人の幸せを何も喜べない時期だった。

浪人時代

卒業したが、3年浪人することとなる。浪人する中で、ほとんど遊ぶことなく、休息することを悪だと思っていた。友達はいなくなり、誰とも連絡を取らず過ごしていた。本当は友達が欲しかったが、どう連絡していいのか、どう接していいのかわからず、1人殻の中にとどまっていた。それもあり精神的におかしくなりそうで、急に涙がこぼれることもあった。同期は大学に進学して、楽しんでいることにすごく焦りを感じていた。自分から友達を避け、一人になるように壁を作り過ごしていたんだと思う。
結果、希望の大学ではなかったがこれ以上勉強すると精神が崩壊すると思い、S大学に進学する。

S大学

S大学工学部に進学した。友人や教授陣がいい人たちで少しずついろんな人と仲良くなり、年上の僕を受け入れてくれた。理系あるあるだろうか。夜中まで学校や友達の家に集まり勉強・課題をする毎日を過ごしていた。だがその毎日もいい思い出であった。しかし、ある時2学年後半、研究室配属を決めなければならなかった。僕は特にやりたいことがなく、自分自身がほんとうにやりたいことはなにかと考えた。

そして行き着いたのが・・・・・・


スポーツ


そして僕はS大学を中途退学した。(当時23歳)


C大学

S大学を半年休学を経て中途退学、そしてC大学へ入学した。
入学直前、コロナウイスルが世界で蔓延し、入学式がなくすべてオンライン授業という友達がまったくできない前期を過ごした。後期になり数人友達ができたが、何か物足りなく感じた僕はスポーツビジネスを学ぶセミナーに参加した。大学時代の転機の一つである。そして、セミナーの主催団体にインターンとして約1カ月参加した。その一ヵ月で、プレスリリースや社会人とのオンラインMTG、イベント運営、営業活動など本当に濃い日々を過ごした。
そのインターンのおかげで、3学年では自ら動いていいんだと思い、動き始めた1年間だった。またゼミナールに配属され、少しずつ友達ができていった。4学年になると、かわいい後輩も入ってきて、同期とも3年の時より話す機会が増えて個人的にものすごく嬉しかった。

2年間過ごしたゼミへの想い

僕はゼミで様々な活動を自由にしたいまま取り組んできた。
それは自分のためでもあるが、後輩になにか残してあげたいと思ったからでもある。後輩にしちゃある意味迷惑な話であるかもしれないが、、、笑
学生を6年、浪人入れると9年経験して思ったことは、今しかできないことが沢山あると言うこと。もちろん遊ぶこともだが、特に学ぶこともだ。極端かもしれないが、責任がなく挑戦し続けることができるのは学生だからこそなんだ。さらに、社会人の人たちは学生がやりたいというと無条件で本気で考えてくれるし、面白がってくれる。これは今しかないことなんだ。だから自分は今しかできない経験の場と社会人とのつながりを後輩たちに多く残したかった。
それが彼らの人生に、財産になってくれると嬉しい。

友達に伝えたいこと

まず伝えたいことは、「ありがとう」という言葉です。ありきたりだが、この言葉を伝えたい。

僕は高校・浪人時代で当時いた友達と疎遠になり、人に壁を作り、友達を作ることが怖くなっていたんだ。傷つくくらいならいなくても生きていけると思っていたし、ずっとそのつもりだった。さらに年が離れているということもあった。

そんな気持ちを変えてくれたのは、僕に関わってくれた大切な友達

こんなに年が離れた自分をふつうの友達と変わらず接してくれたことが、何よりもうれしかった(普通の友達と同じではなかったかもしれないが、僕はそう感じたし、めちゃくちゃ温かかった)。自分がどんなことをいっても、変わった人でもわからず元気に話しかけてくれたことに心が癒えた。

だから、伝えたいのは「ありがとう」なんだ。

これまでもらってばかりだったからいつでも連絡してきてほしい。助けられることはいつでも助ける。なんなら他愛もない話でもいい。その連絡がうれしいんだから。

社会人の皆様

関わってくれた社会人の皆様本当に感謝しています!口を揃えていってくれる「面白い人生だね!」という言葉に何度も救われたことか。本当にこの道でいいのかまだわかりませんが、行動することを前向きにさせてくれたことが嬉しかっです。本当にお会いできた社会人の方々は人の夢や目標を潰さないでむしろ背中を押してくれる人たちでした。時には厳しい言葉もいただきましたがそれも自分の糧にして進んでいきます!!

最後に

全部の想いを書ききれていないが、伝えたかったことは伝えられたかな。
とりあえず、ありがとう!

これからも変わらず、よろしく!

※文章だけで申し訳ない、、、。写真はみんなが映るからやめておきました


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