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二度目の恋 第3話

 まあ、たまにはこうして体中調べてもらうこともいいことかもしれない。オレは病院のベッドでのんびりすることにした。明日には結果を聞けるみたいだし、そしたらその足で退院だ。会社での事故ということで処理してもらって、病院代もいらんみたいだし、ちょっとラッキーに感じていた。

 翌日、朝食を頂いて、トイレに行って帰ってくると、河合さんが来ていた。目には大粒の涙をためていた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。」
「えっ、なんで?」
「だって、私のせいで・・・」
「いや、全然ちゃうし、君のせいなんかじゃないよ。」
「私が山口さんに余計なこと言ったせい・・・」
「だから、全然違うから、もう泣かないで。」
オレは、ベッドの隣の椅子に座ってもらって、その隣の椅子に腰かけた。

「今日、仕事じゃないの?」
「大丈夫です。有給使ったから。」
「それはすまなかったね。オレのために。」
「だって、心配で、心配で・・・」
この子、本当にオレを気に入っているのかな。

「オレは今までひとりで生きてきたし、そんなに気にしないでいいよ。」
「そんなぁ。寂しいこと言わないでください。」
「君の気持ちはうれしいけど、大丈夫だから。」
「今日はもうお帰り。」
「嫌っ、一緒にいます。」
困ったな。

 そこへ看護師さんがやってきた。
「先生からお話しがあります。」
「あ、はい、わかりました。」
「さあ、いいからもうお帰り。」
「待ってます。」
いくら言っても、仕方ないんで待たせることにした。

 オレは看護師さんについて、先生のところへいった。
「おはようございます。」
「え~、ご家族の方は?」
「母がいますが、ちょっと遠いんで、ここまでは無理ですね。」
「わかりました。」
なんか、先生は神妙は顔をしてる。もう一日、入院かもな。

「怪我の方は、特に問題なかったんですが・・・」
「ですが?」
「別の問題が見つかりました。」
「それは何ですか?」
「本当は、ご家族にもお聞きになってほしいんですが。」
いやにもったいぶって、何だろう。

「頭部の怪我のCTとMRIをとった画像ですが、」
そう言って、レントゲン写真を見せてくれた。てか、MRIもしてたんだ。

「先ほども言いましたが、怪我の部分はここなんですが、特に問題ないんです。」
「はい。」
「こちらを見て下さい。」
そう言って、別の写真を見せた。

「この部分、この白い丸いところですが、わかりますか?」
「なんとなく、わかります。」
「これ、腫瘍なんですよ。まだ詳細はわかりませんが、この写真で見る限り、腫瘍は割と大きく、動脈を結構巻き込んでます。もしかすると、手術はできないかも知れません。」
「まあ、今のところ、何も問題ないですし、大丈夫なんでしょ?」
「いえ、今後、もっと大きくなっていくと、いろんな症状がでてくるかと思います。ただ、覚えておいてほしいのは、手術はかなり難しいです。」
「つまり、摘出できないってことでしょ?」
「そうですね。」
「まあ、適当につきあいますよ。」
「一応、1ヵ月後にまた検査しましょう。」

 オレにはそんなに危機感はなかった。だって、今は特になんの症状もないんだ。頭痛すらないし、物忘れがひどいこともない。言語障害だって起こってないし、手足が動かなくなったこともない。とにかく、今日は退院していいとのことだったから、早々に帰ることにした。

 病室に帰ると、河合さんが待っていた。
「どうでした?」
「午後から退院だよ。」
「よかったぁ。」
「大袈裟だよ。たかが、殴られたぐらいで。」
彼女は涙をためて、
「本当に心配したんですよ。」
「ごめん、ごめん。今日は来てくれて、ありがとうね。」
泣き出した彼女をおさめるのに大変だった。

 結局、昼前に病院から出て、一緒に食事にいくことにした。あんまり食べれないという彼女のお腹の状況もあって、パンケーキでも、ってことにした。

「女の子、多いね。」
「ごめんなさい、嫌ですか?」
「まあ、いいよ。オレも甘いの好きだから。」
お昼にケーキか。本当はがっつり中華とかが良かったかも。
「私、山口さんにははっきりお断りしました。」
「うん、それは聞いたから、知ってるよ。」
「お付き合いしているとも言いました。」
「それは・・・」
「分かってます、想っている人がいること。」
「なら、なんで?」
「いつかは、私に振り向いてほしいから。」
おいおい、そんなに情熱的に言われたのは、初めてだよ。
「さあ、それは確約できないな。」

 しばらく間をおいて、彼女はこう言い出した。
「その想い人は、どんな人なんですか?」
「聞きたい?」
「はい。」
どうしようかな。オレは迷った。
「かなり昔の話だ。」
「はい。」
「オレは中学の時に、初めて好きになった人がいたんだ。」
「初恋・・・ですか?」
「そうだね。」
「その人とは、今は付き合っていないんですか?」
「振られたんだよ。」
「なんでですか?」
「彼女はオレを嫌いになったんじゃないかな。」
「こんなにステキな人なのに?」
「その時は、中学生だよ。」
「それでも、私なら絶対振りません。」
「ははは、もう30年も前の話だ。」

 彼女はしばらく考えて、こう言った。
「その彼女のお名前って、教えてもらってもいいですか?」
「聞きたい?」
「はい。」
「オレ、こんなに元カノの話を聞かれると思わなかったよ。」
「ごめんなさい、でも、教えてほしいです。」
「かすみ・・・、鹿野香澄(かのかすみ)って言うんだ。」
彼女の表情がちょっと変わった感じがした。

「オレと同じ45歳だよ。おじさんとおばさんだ。」
「そんな彼女のこと、一途に想っている北山さんって、素敵だと思います。でも・・・」
「でも?」
「その方はご結婚されているんでしょ?お子さんもいるんでしょ?」
「そうだね。多分、大切な家庭があって、幸せに暮らしていると思う。」
「だったら、その方を諦めて、次の一歩を踏み出して下さい。」
そういわれても、なかなかね。できるもんじゃない。

「少しづつでいいですから、北山さんの中で、私の存在を大きくして下さい。」
「お願いします。私、ずっと待ってます。」
「期待に応えられるかどうかなんか、わかんないよ。」
「でも、待ってます。」
「それじゃ、オレと同じになっちゃうぞ。」
「いいです。」
困った子だ。

「私の人生の中で、たった1日でも、北山さんと心を通わせられる日があれば、私は満足なんです。」
なんてことを言うんだ。
「ばかなことを言うもんじゃない。」
「君はこれから出会うべき人と出会って、長い人生を一緒に歩んでいくべきなんだ。」
「私のそんな運命の人は、北山さんだけです。」
オレはあっけにとられた。そして、席を立った。
「もう、お帰り。」
「忘れないで下さい、ずっと私待ってます。」

 なんてことなんだ。河合さんにはびっくりさせられる。こんな子は初めてだ。でも、もう会うべきじゃないだろう。彼女は彼女の人生を、歩んでほしい。オレはスマホから、メール、電話は着拒し、彼女のアドレスはもちろん、削除した。

(つづく)

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