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オッド・アイ 第3話

 オレがこんな話をしたもんだから、マリアは何かをたくらんだようだ。バルでワイワイ会話を楽しんでいたら、サラがオレの隣にきた。

「ねえ、レイ、日本についてもっと教えてよ。」
「何が知りたいんだい?」
「日本食と言えばお寿司だけど、ほかにどんなものがあるの?」
「いろいろあるよ。」
「お勧めは?」
「そうだな、かつ丼とか。」
「レイ、それ作れる?」
「ああ、作れるよ。」
「じゃ、今度うちで作ってくんない?」
「構わないけど。」
「やったぁ。」

 翌日、オレはサラと待ち合わせして、食材を買いに行った。案外、日本で調達できるものは売ってるもんだ。調味料だって問題なく手に入った。サラには、多めに食材を買ってほしいと言われて、多めに調達した。サラに連れられて、初めてサラの部屋に行った。結構、広い。ここで一人で住んでいるのか。良い身分だねぇ。台所も広い。オレは早速、かつ丼に取り掛かった。横でサラも手伝ってくれた。なかなか手際がいい。

「サラ、切るのうまいねぇ。」
「でしょ。」
ご飯も炊きあがったので、トンカツづくりに取り掛かった。揚げあがったトンカツを置いといて、オレ流のカツ丼を作る。

「レイ、いい匂い。」
「匂いだけじゃないぜ。」
最後は溶き卵を入れて、一煮立ちで完成だ。丼にご飯をついで、上に乗せて完成だ。ほんとは蓋を乗せて少々蒸らしたいところだが、ないからしょうがない。
「さあ、食べてみて。」
「ありがとう。頂くわ。」
「なにこれ?めっちゃ美味しい。」
「そうだろ。」
そこへ、来客だ。誰かな?と思ったら、マリアたちが入ってきた。

「えっ、めっちゃいい匂いやん。」
「レイのカツ丼最高よ。」
「私たちもお願いね。」
そういうことか。どうりで多めに買ったわけだ。しゃ~ない、作ったるか。オレは残りの材料で、みんなの分も作った。結構、みんなに喜んでもらえた。そこからは、みんなで持ち寄ったワインとかでどんちゃん騒ぎだ。どこも大学生はこんなもんだろうな。

 でも、ラテン音楽がかかると、みんな踊り出す。オレも踊れということになったが、踊ったことがない。そんなオレの手を取って、サラがリードし始めた。こうならどうにでもなれ!ってんで、オレはサラと適当に踊った。なんか知らんけど、みんなにはそれが受けたみたいで、結構、楽しかった。曲がスローな感じになると、それぞれチークって感じになった。サラもオレにぴったりからだを寄せてくる。受け止めないとあかんのだろうなと、オレもくっついて踊った。

 オレには、ここスペインでの生活が性に合っている。割と楽しく暮らしていけそうだと思う。だが、そんな楽しい生活もあっという間に終わりがきた。

 オレたちがバルでワイワイやっていると、激しい揺れが起こった。スペインで地震だなんて、あり得ない。というか、ほとんど起こったことがない。でも、地球上である以上、どこでも地震はあるものだ。でも、こんなに大きなのは、ここでは初めてかもしれない。

 オレたちは、天井からの落下物に当たって、意識を失った。
「ねえ、上條クン、大丈夫?」
オレはその声に起こされた。
「みんな大丈夫か?」
誰かの声・・・え、日本語?なんで?

 すぐに誰かがスマホのライトをつけた。その光に照らしだされたのは、大石と木村の顔だった。ここはもしかしてカラオケ?高木さんもいる。間違いない。もとに戻ってしまったみたいだ。

 なんてこった。一番戻りたくないオレが戻ってしまうなんて。高木さんは?ここにいる高木さんは、一緒に飛んだ高木さんなんだろうか?とにかく、オレたちは、建物から外にでた。

 見渡すと、周りの建物もかなり被害を負っているようだった。ということは、あの時とは全然違うということだ。高木さんはオレと一緒に飛んだ高木さんではなかった。この地震が怖かったのだろう、結構、震えていた。オレたちは彼女たちを送っていってから、大石んちへ向かった。

「おまえんち、倒壊してたらどうする?」
「そんときはそんときだ。」
確かにそうだ。だが、なんとか大丈夫そうだった。
「よかったじゃん。」
「とりあえず、今夜は寝れるな。」
「ああ、助かるよ。」

 でも、部屋の中は結構散乱していたので、適当に片づけて、寝る体制に入った。オレとしては、元の世界に帰ってしまったことが、残念でならなかった。今度はどうしたら、あの世界へ行けるのかを考えていた。こっちの世界では、オレはスペイン語なんて話せやしない。と、思ったけど、なんとなく、頭にスペイン語が思い浮かぶ。あれ?話せるんとちゃうかな。この世界でも、オレの両親は生きていて、やっぱり、あの両親なのだろうか?それに腹違いの姉、つまり、マリアもスペインで暮らしているんだろうか?こりゃ、行ってみるっきゃないな。オレはそう考えるようになった。絶対、スペインはオレに合っている。間違いない。だから、夏休みになったら、絶対に行くのだ。

 確か、外語の、それもスペイン語の先生がいたはずだ。オレは早速、外語の学食へ向かった。だけど、こんなところからその先生をさがすのは至難の業だ。最初から、その先生の研究室へ向かった方がいい。そう思って、確か、ロドリゲス先生?だったっけ、の研究室は、あれ?どこだっけ。何回も行っていたはずなのにな。

 なんとか、探し出してその研究室に入った。お、先生がいた。
「先生、こんにちわ。」
「えっと、君は誰だったかな?」
忘れてる?じゃなくて、オレを知らないんだ。
「他の学部なんですが、スペイン語を話したくてここにきました。」
「おお、それなら歓迎するよ。」
「オレ、上条レイって言います。」
「レイか、なかなかスペイン語、上手じゃないか。」
「父親がスペイン人なんで。」
「なるほど。君くらい、この学科の学生も話せたらいいんだけどな。」
「日本語ばかり使っていると、スペイン語、忘れそうで。また、ここに来ていいですか?」
「いつでもおいで。カフィオレ、ごちそうするよ。」
そうだった。カフェオレが好きだったんだ、この先生。

 なんか、オレ自体も少し忘れているような気がする。きちんと、ノートにメモっておかないとどんどん忘れてしまいそうだ。それからというもの、過去の記憶はすべて事細かにメモった。すでに、マリアの友人たちの名前は忘れてしまっていた。というか、全然定かじゃない。ノートを見ないと、両親が住んでいる町の名も忘れていることもある。

「おい、上条。最近付き合い悪いじゃん?」
「ちょっと、用事があってな。」
「どんな用事なんだ?」
「外語の教授と仲良くなって、研究室へ行ってるんだ。」
「おまえがそんなに行くてぇのは、よっぽど、面白いんだな。」
「だけど、大石には無理だと思うよ。」
「なんでやねん。」
「だって、スペイン語だもん。」
「えっ、おまえ、どこのハーフか、わかったん?」
「そうなんだ。オレはスペインと日本のハーフなんだ。」
「そういうことか。でも、スペイン語は話せないだろ?」
「いや、今はだいぶ話せるようになった。」
「すげ~な、いつの間に?じゃ、そのうち、スペイン人の女の子、紹介してな。」
「まだ、わからないよ。」

 とにかく、夏休みまではこの研究室で言葉を忘れないようにしないといけないな。オレはそう思って、できるだけ、通うようにした。この研究室には、オレ以外に熱心に通う学生が数人いる。当然、外語のスペイン語専攻の学生だ。オレのように、他学部からくるヤツなんていないからな。

「上条クンはいいなぁ。スペイン語を話せる環境があったんだもんね。」
「だけど、オレは物心ついたときには、スペイン人の親父はそばにいなかったし、母親も親父についていっちゃったから、日本のじじばばしかいなかったんだ。」
うそだけど。
「じゃ、なんで、そんなに話せるの?」
「オレもさっぱりわからないんだ。だからこそ、忘れないようにここに通ってる。」
「すごい努力家なんだね。」
「そんなことないよ。」
オレに話しかけてくるのは、山内恵子さん。先生がいないときは、すべて日本語だけど、先生がいるときはスペイン語になる。だから、今は全力でオレと話をしようとする。多少はいいけど、うっとおしいんだな。

 一人でコツコツと、辞書を片手にスペイン語のテキストを解読しているのは、立花由香里さん。まあ、オレには害はない。で、同じようにコツコツとやっているのは、青島琴絵さん。でも、コツコツやっているのは、スペイン語のアニメの解読だ。

 たいがいは真面目なヤツが研究室にくるもんなんだろうな。外語だからか、男は少ないってぇか、オレしか来ない。先生がいるときは、ディスカッションがほとんどで、何かの話題について話し合う。興味ある話が一番楽しいんだろうけどな。オレはいつも遅い時間にくるものだから、ディスカッションの途中に入ることになる。いつも、先生はそれまでの経緯をオレに説明しないさいと、彼女ら3人のうち一人に依頼する。でも、三人ともまともに説明できない。まあ、仕方ないよ。なんとか、オレが恐らくこういうことかと、逆に質問するから話が通じるのだ。

「レイも一緒に一杯どうかね。」
「いいですよ。」
「じゃ、みんなでいきましょうか。」
そう言われて、彼女たちは、すぐにはピンと来ない。オレがジェスチャーを交えてスペイン語で話すとわかることが多い。行った先は、日本式の炉端ではなく、先生御用達のバルだ。オレは何回か、スペインで行ったことがあるから、何も問題ない。スペイン料理も結構食べれるし、先生は気に入っているようだ。当然、先生がいるから、全部スペイン語だ。彼女たちは、まあ、真面目だから一生懸命についてくる。えらいもんだ。

「スペインでは、このようなバルが若者たちの楽しい場として、活用されているんだよ。」
「オレもバルセロナで何回か、行ったことがあります。確かに若者が多いですね。」
「レイはスペイン料理は好きかね?」
「たいがいは美味しいんですが、エビの殻とか、貝の殻なんか、食べれないところは入れてほしくないですね。食べるのが面倒くさいんで。」
「確かにそうかも知れないが、その殻がいい出汁になるんだ。」
「わかりますけどね。食べるのが大変なんで困ります。」
「はははは。」
「ネギを丸ごと焼いて、外側をむいて、丸ごと食べる、ええっと、なんて言ったかな?」
「長ネギのカルソッツかね。あれは美味しいね。」
「ですよね。」
と、まあ、彼女たちは、全然入ってこれない。

「先生、今日はお酒も入っていることだし、無礼講で多少日本語もOKにしましょうよ。彼女だち、全然入ってこれないですよ。」
「わかった、通訳頼むよ。」
オレは許可をもらったので、話の通訳をした。

「・・・という話をしてました。」
「ふ~ん。そうなんですね。」
「あとは、自分たちの言葉でどうぞ。しばらく、オレ、食事に集中しますから。」
別に皮肉っているわけじゃないけど、どうやらそのように感じてる人もいるみたいだ。オレは一人で話して悪いから、どうぞって譲ったつもりなんだけどな。

 オレが食事をしている間、彼女たちは知ってる単語で話せる話をしていた。先生も気長に待って、話を理解して、会話していた。オレは先生がオレに振ってきたときだけ参加した。

 食事会のあと、先生と別れ、オレも彼女たちと別れてと思ったが、引き留められた。
「ねえ、上条クン、私たちにレッスンしてくれない?」
「別にいいけど。」
「聞きたいこととか、言いたいことをスペイン語でどういうのか教えてほしいの。」
「全然、問題ないけど。」
「じゃあ、決まりね。」
オレたちは、その足で一番近い立花さんちへ押しかけることになった。オレは研究室でやるのかなと思ってたんだけど、まあいいかって感じだ。

「ゆっくりくつろいでね。今、お茶を入れるから。」
「ありがとう。」
そこからは、彼女たちが聞きたい話し方を教えまくった。こういう場合はこういうふうに言った方がいいよとか、男の場合はこうだけど、女性が話す場合は、こういうふうに話すねとか、結構、長居してしまった。

「さて、そろそろ、オレ、帰るわ。」
「泊まっていっていいのよ、みんなで雑魚寝だけど。」
「はぁ?女3人の中に男1人寝ろっていうのか?やめとくわ。」
「全然、気にしなくていいのに。」
気になるだろ。女の匂いムンムンのこの部屋で寝るなんて、オレには無理てぇ~もんだ。好きな彼女だったら、話は別だけどな。
「じゃ、またね。」
「残念。」
「またね。」
オレは夜の町へ出て行った。あいつらとは少々距離を置かないとあかんな。ああいう、レッスンは研究室限定で、彼女たちの部屋ではやらないようにしないとな。

 しばらく、研究室へ行く時間がなくていけなかったけど、数日後、ようやく訪れた。
「あ、上条クン、久しぶり。」
「よう。あれ、山内さん1人?」
「そうなの、今日は、先生来れないんだって。」
「なんだ、そうか。じゃ、帰るかな。」
「あ、待って。また、レッスンお願いできるかな?」
「ここでならOKだよ。」
ということで、2人でレッスンを始めた。山内さんはすぐに脱線することが多い。

「上条クンは彼女いないの?」
「一度、上条クンの部屋に行ってみたい。」
「今度、一緒に食事いい?」
それって、オレを誘ってるの?オレは興味ないんですけど。
「勉強する気ないなら、終わりにしようか。」
「あ、ごめんごめん、ちゃんとするから。」
まったく困ったもんだ。

 ある時、彼女たちはみんなといる時はそうではないのだが、オレと2人になったときに、やたらとオレのプライベートな話を聞いてくる。3人共にだ。ちょっと、居辛くなったオレはバイトを始めることにした。研究室へはしばらく行くのを止めにした。

 オレのバイト先はスペイン料理の店。オーナーはスペイン人のルイーザさん。気さくなお姉さん(おばさんって年じゃないかも)で、居心地がいい店だ。当然、スペイン語OKなので、店内ではすべてスペイン語で話す。研究室へ行く必要がなくなったのだ。オレとしてもバイト収入は入るし、スペイン語は話せる、一石二鳥ってことだ。ルイーザさんの旦那さんは日本の方で、サラリーマンをしている。平日は店にこないが、休日はたまに手伝いにくる。

「レイはスペイン語できるので、ほんと楽だわ。」
「いえいえ、オレもスペイン語忘れないために、日常的に話せる環境がほしかったので、感謝です。」
「うちの旦那より、上手よ。」
「ははは。」
当然、料理はルイーザさんが、オレは接客と皿洗いを担当。まあ、ボチボチでそんなに忙しくなく、オレにはいい環境だ。具材の仕入れ先との間で、わからない日本語はオレが通訳もした。

「でも、オッドアイなんて、珍しいよね。」
「いつも言われます。自分自身は気にしてないんですけどね。」
「まあ、覚えてもらえやすいから、いいんじゃない?」
「そうですね。」
「レイのおとうさんがスペイン人か。どこにいるの?」
「多分、バルセロナです。」
「いいところじゃない。」
そうだよな、感じのいい町だったよな・・・たぶん。なんか、楽しかった??・・・気がしたんだけど、どうだったかな。だんだん、忘れてきている。どうなってるんだろう。

 オレは授業のないときは、この店でバイトに入った。しっかり、お金を貯めて、スペインへいくのだ。でも、なんで・・・なんでいくんだったかな?そんないいとこなのかな?なんか、いくのめんどくさい・・・な。オレの心境はだんだん変化していった。

 そのうち、なんでオレ、バイトしてるんかなって、心境になってきた。まあ、ルイーザさんの楽しい人だし、ずっとやっててもいいんだけれど、オレの生活費を入れてくれる人もいるし、生活には困らない。まあ、日本と違う環境に身を置くのもいいかって、感じになっていた。その時のオレは、もうスペインへいくことさえ、忘れていたんだ。

 ある時、オレの下宿で一冊のノートを見つけた。これ、なんだっけ?開いてみると、行ったことのないスペインでの出来事なんかが書いてあった。オレの字だよな、これ。こんな経験してたんだろうか。小説でも書いてたんだろうか。しばらく、いろんなことを考えていた。何かわからなかったけど、ひとつの結論に行きついた。オレはスペインに行こうとしてたんだってこと。

 その時から、毎日、そのノートを読み返した。オレの両親はスペインにいる・・・はずだ。オレには姉のマリアもいる。このノートに書かれているように、オレはスペインで生きてくことを望んでいるのだ。オレは毎日、呪文のように、ノートを読んでは、そのことを頭の中で、想い続けた。そうしないと、夕方には、アレ?なんだっけ?ってなことになってしまう。このノートは多分、オレの道しるべなのだ。オレの生きていく方向性が書かれているんだ。そう、想い続けた。

「ルイーザさん、バルセロナって、行ったことあります?」
「私は違う町の出身だったから、よくわからないけど、有名な町よね。灯台下暗しって感じかな。」
「そっか、同じ国内でも行ったことないとこ、ありますもんね。」
「そうね、サクラダファミリアとか、行ってみたいね。」
「ですね。」
「ねえレイ、レイはスペインに行くの?」
「ええ、バイトでお金貯めて、一度行ってみたいと思ってます。」
「そっか、私ね、スペインの知り合いにいつも航空券を送ってもらうの。その方が日本で買うより安いのよ。」
「そうなんですか。そんな方法があるんですね。」
「だから、時期がわかれば、バルセロナまで用意してもらってもいいわよ。」
「うわ~お、それはうれしいです。ありがとうございます。」
「お安い御用よ。」

 オレは単に行って帰るだけの費用だけじゃなく、当面、スペインで暮らせる費用も貯めたかった。毎日、ノートを読んでいると、そんな気持ちにあふれてきていた。

(つづく)

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