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居心地の良い場所 第5話

 俺たちは少し話をして、寝ることにした。あとは、正子にお任せだ。俺は、また、よりを戻すことを考えたけど、やっぱ、どうするか迷っている。

 翌日、正子と知佳はとても仲良くなっていた。まあ、一緒に寝たんでいろんな話をしたんだろう。ふたりで作ってくれた朝食を三人で頂いた。結構、和気あいあい的な感じで楽しい時間を過ごせた。

「じゃ、知佳を送っていくから、留守番頼むわ。」
「了解、任しておいて。」
「いろいろとありがとうね。」
「いえいえ、お気になさらずに。」
「いってくるよ。」
「またね。」
「はい、またいらして下さいね。」

 まあ、そんなわけで俺と知佳は駅まで向かった。
「正子ちゃん、かわいいわね。私もあんな妹、欲しいわ。」
「あれのどこがいいのかな。うるさいだけやし。」
「そんなことないわよ。」
俺は、正子がちゃんと妹役を演じてくれたことに感謝した。

 家に帰ると、正子が神妙な面持ちでいた。
「昨日は突然、帰ってきてごめんなさい。」
「まあ、いいよ。知佳も喜んでいたし。」
「せっかく、彼女さん、連れてきたのに、邪魔してごめんなさい。」
「あんまり、気にしすぎだ。俺は気にしてないから。」
「ほんと?よかった。」
「で、何かあったん?」
「・・・」
あんまり、言いたげじゃなさそうだ。

「ちょっと、私が思っていた感じと違って、我慢しようかと思ったんだけど、どうしても無理で、飛び出してきちゃった。」
「そしたら、行くとこがここしか思いつかなくて・・・」
そういうわけか。まあいいか。
「なら、気が済むまで、ここに居ればいいよ。」
「ほんとにいいの?」
「ああ、正子がここでいいならいいさ。」
「うれしい、ありがとう。」
俺もお人よしだよな。
「でも、居るのなら、今まで通りでいいよな?」
「はい、わかってます。」

 というわけで、また、正子との生活が始まった。まあ、自分で全部するのって、面倒臭いのでついサボってしまって、ほこりだらけだし、洗濯の山だし、台所も山になってしまうし。だけど、正子という家政婦のおかげで快適な生活が送れる。正子の飯、うまいしな。

「あれ、田中さん、なんかうれしそうですね。」
「えっ、そうかな。」
「もしかして、ついに彼女できたんじゃないですか?」
「いやいや、それはないよ。」
「ほんとですか?怪しい~。」
俺の微妙な変化を、会社の女子は見逃さなかった。俺って、そんなにわかりやすいんかな。

 スマホに連絡が入った。知佳からだ。
「ねえ、また、会いにいってもいい?」
そういえば、俺の中で、よりを戻すということの結論がでてなかった。会えば、そんな話になるだろうし、どうしようか。
「出張やらが入っていて、ちょっと先になるけど、かまわないか?」
「いいよ、私は。いつ頃になりそう。」
「3週間後にこちらから連絡いれるよ。」
「わかったわ。」
先延ばしにしてしまった。その間にどうするか、俺なりに考えよう。

 そんな矢先に、佐々木が来た。
「この前は送って頂いて、ありがとうございました。」
ちょっと、あんまり、いい顔してないな。
「ちゃんと、送り届けられてよかったよ。」
「あのあと、おとうさんにかなり怒られちゃったわ。」
「まあ、どこの親もそんなもんだろう。娘が心配だしな。」
「で、今度こそ、田中先輩のうちに連れて行って下さいね。」
「だめ。」
「どうして?けち。」
「俺をお前は会社の上司・部下の関係以外、なんでもないからだ。」
「でも、絶対、振り向いてくれると思うの。」
「そんなことは絶対ない。」
「そこまで、言い切るの?」
「こういうことはあいまいにできないだろ?」
「ひどくない?」
「自分だって、好きでもない男から、好きです、付き合って下さいっていわれたら、はいって言えるか?そのうち絶対に好きになるからって言われて、はいって言えるか?」
「もう、わかったわよ!」
ちょっと、言い過ぎたかな。でも、それくらい言わないと、この子にはわかってもらえない気がする。

 でも、なんか俺、今はモテキなのかな?佐々木やら、元カノやら、集中するな。あかりの一件で、しばらくそっとしておいてほしい気もするけど、困ったもんだ。でも、普通、これはうれしい悲鳴というのだろうか。

 知佳と会う日が近づいてくる。俺はなんか、あんまり会いたくない気持ちでいる。自分自身どうしていいのか、まだ結論が出ていないんだ。だが、だんだん会う日が近づいてくる。どうしたらいいんだろう。だんだん、気分が重くなってきた。

「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとね。」
「なんですか?私に言えないことですか?」
正子が心配してくれている。それじゃ、聞いてみようかな。

「実は、知佳が来るんだけど、ちょっと困ってるんだ。」
「知佳さんが来るんですか?わあ~、楽しみぃ。でも、何を困っているんですか?」
「確かに元カノではあるんだけど、おそらく彼女はよりを戻したいと思ってるんじゃないかなと思ってるんだ。」
「よかったじゃないですか。いい人ですし。」
「う~ん、でもね。なんか、気が重いんだよな。」
「そうなんですか?」
「卒業の時に俺が振られたんだけど、結局俺に戻ってきたいみたいなんだ。でも、それがね・・・」
「ワタルさんはどうしたいんですか?」
「多分、彼女というより、友人のままでいたいのかも知れないな。」
「そうなんだ。じゃあ、そう話してみたらどうですか?」
「だけど、なんか、もやもやしてる。」
「ふ~ん、じゃ、彼女にしてあげたら?」
「それも重いんだよな。」
「困ったものですね。でも、結論はもうすぐ出さないといけないんでしょ?」
「そうなんだよな。」
「こればっかりは、ワタルさんの気持ち次第ですからね。」
「わかっては、いるんだけどな。」
なんとなく、会うのが重い気持ちになっている自分がわかっていた。つまり、優柔不断ってことなんだろうな。こんな気持ちで会ったら、知佳に悪い気がしてきた。

「正子が楽しみにしているのはわかるけど、やっぱり、会うの、やめるわ。」
「なぁ~んだ。残念。」
しかたないよな。俺は知佳に連絡を取った。
「悪いけど、やっぱ、会えないわ。」
「どうして?」
「俺にその気がない。」
「そっか。じゃ、仕方ないね。」
「すまんな。また友達として会おう。」
「ワタルの気持ちがちゃんと聞けてよかったわ。」
「おう、元気でな。」
「うん。」
これでよかったんだよな。

「結局、会うのやめたよ。」
「そう、私としては知佳さんに会えないの、淋しいけど仕方ないわね。」
と、言いながら、なんとなく正子が嬉しそうな気がした。

「まあ、当分、彼女はいいや。」
「そう。」
でも、正子はなんとなく淋しそうな気もした。

 しばらくして、会社では、新たな事業プロジェクトが発足して、俺が選ばれた。6名のメンバーでやっていくことになった。その中に佐々木もいた。

「田中先輩と同じプロジェクトに入れたなんて、絶対、運命ですよ。」
「またか。」
「これはもう付き合うしかないでしょう?」
「おまえなあ、まずは仕事に専念しろよ。」
「は~い、わかってま~す。」

 プロジェクト初日、キックオフミーティングと飲み会が催された。一応は3か月の短期プロジェクトだが、分科会として3つのチームに分かれ、どういうわけだか、佐々木と同じチームになってしまった。佐々木は完全に運命路線を崩さず、俺と付き合えると思い込んでいるようだ。そんなことに脱線せんと、仕事してほしいんだけどな。

 とにかく、俺がチームリーダーだから、限られた期間の中で、成果を出さなければならない。すべきことをまとめて、みんなで飲み会に行った。佐々木は俺から離れない。困ったものだ。

「佐々木さん、よかったね。念願通りね。」
「うん、がんばる。」
何を、頑張るんだか。
「え、どんな話になってるの?」
「知らなくていいの。」
「おいおい、教えろよ。」

 佐々木のことを知っている女子メンバーからの激励と、何も知らない男子メンバーとのやり取りだ。あんまり、大っぴらにせんといてほしいんだけどね。だが、酒が入るとほぼ無礼講だ。

「3つのチームがいい競争して、それぞれがちゃんと成果を上げると、このプロジェクトは意義のあるものになる、頑張ってくれ。じゃ、乾杯。」
「乾杯。」
「おまえ、俺の横に来なくていいから、あっちの女子と話に行ってこいよ。」
「あん、私、こっちがいい。」
「頼むから、ちょっとはこっちの話を邪魔しないでくれよ。」
「私も一緒に入りたい~。」

 なんで、こんなやつを大事なプロジェクトに入れたんだ?誰が人選したんだろう?俺は佐々木をほっといて、プロジェクト推進役員の加藤部長と話しをすることにした。
「今回のプロジェクトの位置付けがまだよく見えないのですが。」
「そうだな。その点は、それぞれのチームの結果がでてからだな。」
「なんか意味ありげですね。」
「田中くんは、なかなか鋭いね。」
「いえ、その先のことが気になったもんですから。」
「まあ、そのうちわかるはずだよ。」

 いったい、何をもくろんでいるんだろう?このプロジェクトには、俺の同期もいる。今回で篩にかけるつもりなんだろう。何をさせようと思ってんだろうか。それにしても、なんで佐々木も入っているんだろう?これはよくわからんな。

 この日の飲み会は、ほどほどにして俺は佐々木をかわして、早々に家に引き上げた。家に帰ると、正子が待っていてくれた。
「なにか、軽く食べます?」
「そうだな、お茶漬けでもあればいいんだけど。」
「ありますよ、ちょっと待っててくださいね。」
「お、あるか、頼むわ。少な目でよろしく。」
「は~い、わかりました。」
こういうところは勘がいいというか、俺のほしいものがわかっているんで、ありがたい。

「はい、どうぞ。」
「ありがとう、お、梅干しか、いいねえ。」
「だと、思いました。」
「さすがだね。」
「えへへ。」

 俺は今日の話を正子にした。
「ということで、プロジェクトメンバーに選ばれたんだけど、これは次の仕事の篩みたいなんだよ。」
「ふ~ん、そうなんですか。でも、選ばれるってすごいですね。」
「だけど、そんなそうそうたるメンバーばかりじゃないんだ。」
「例えば?」
「今年の新人もいるんだ。そんなにできるヤツではないと思うんだけど。」
「そうなんですか。そうなると、今後どうなるかわかりませんね。」
「うん。」

 どうも佐々木と同じチームというのが、引っかかる。俺は早いうちに佐々木とミーティングをして、すべきことを確認して、期限を決めてまとめていくことにした。結構な量だ。

「佐々木への負担も大きいけど、大丈夫か?」
「なんと頑張ります。」
「どうしても納期に間に合わないときは、早めに言ってくれよ。」
「わかりました。」

 大丈夫かな。少々不安だ。俺は早め、早めにチェックを入れることにした。そしたら、案の定だ。佐々木はまったくやれていない。おかげで俺の負担はかなり増えた。こんなんとチームだなんて、やってられないな。俺はほぼ一人で資料をまとめて、何とか納期に間に合った。

 それそれのチームの発表になったが、佐々木はそばにいるだけで何の役にも立たない。全部、俺が段取りして発表を行った。こんなんで、チームかよ。まいったな。でも、まあこれで終わりだと思ったら、ほっとした。通常の業務に戻れるしね。

 しばらくすると、俺はプロジェクトの加藤部長に呼ばれた。
「君を呼んだのはほかでもない、新会社の取締役として抜てきだ。」
「はぁ?どういうことですか?」
「実は・・・」

 新しい子会社を設立するので、その取締役をお願いしたいとのことだった。あまりに、唐突すぎる。それに心の準備もできてない。あのプロジェクトは、こういうことだったのか。

「それじゃ、一緒に来てくれ。」
「はい。」
どこに連れていかれるのだろうか?加藤部長と一緒にタクシーに乗り、向かった先は新会社のオフィスだった。そこで待っていたのは、どこかで見たことがある人だった。

「社長、お連れしました。」
「加藤君、ありがとう。」
「はじめまして、田中です。よろしくお願いします。」
「君と会うのは二度目だね。」
やっぱり、どこかで会ったことがあると思った。でも、いったい・・・
「娘がお世話になったね。」
「あっ。」

 この人は佐々木のおとうさんだ。俺はこの佐々木社長の元、取締役で仕事をすることになったのだ。俺、まだ20代だけどいいんかな。というより、これは佐々木の陰謀か。俺、だんだんはまっていくのかな。どうりで、佐々木と同じチームだったりしたんだ。その日は顔合わせだけで、後日、詳細な打ち合わせをすることになった。

(つづく)

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