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昨日の続き Vol.28

危険予知活動は昨日も書きましたが、努力義務です。
日常の現場で起こりえないことが先日の八重洲の鉄骨落下事故や、5年ほど前に六本木で足場の解体中に部材が落ちて歩道を歩いていた老人に刺さる
などの事故かともいます。

なかなか現場ではそこまで想定に入れて危険予知はしていないと思います。
ただ、部分的に見ていくと六本木の事故の場合、下桟用の水平ブレスが落下する可能性は大いにあったともいます。
当時の新聞に「4.5m離れた歩道を歩いていた歩行者に」とありますが
約10階の高さからものが落ちれば放物線を描いて落ちますからそのくらいの距離は危険区域になります。

落ちていく途中にどこかに当たればさらに危険区域は広がります。
歩道にこの事故の場合は落下したわけですが、地上にあるトラックなどに当たって跳ねれば車道を走る車に当たっていたかもしれません。またその車のドライバーに当たれば、アクセルを踏んだままどこかに追突し、そこには、子供たちが集団下校していたかもしれません。

だから、一つ一つの危険予知が必要で、まず水平ブレスを落とさないことから想定しなければならず、さらに言うならば、交差筋交いと一体型の下桟の使用を計画していれば、落ちなかったかもしれないし。

資材を下す部分のアンチ(足場の床材)だけを外し細かい部材を先行でおろしていれば、メッシュシートがシューターの役割をなし、外部にものが落ちることはなかったのではないだろうか。仮に落ちても5m立ち入り禁止にしていたらこの事故には至らなかったのではないか。

発生してからではいくらでも、指摘はできるのです。

事故の詳細が公表されていないので、八重洲の事故の件も今はよくわかりませんが、支保工の強度がなかったといわれていますが、これとて、支保工は乗せるもの上からの加重に耐えるように作りますが、横荷重は(地震で揺れたり(中震程度)、風の影響は)空想ですが考えていたと思います。
ただし、仮ボルトでつないだ鉄骨が落ちていくのを支えるほどの強度なんて誰も必要と(想定)はしていないかったと思います。ただそんなことまでは起きないよなって感じていた方は中にはいたかもしれません。

危険予知活動を通して、作業員1人ひとりが危険に対する感受性(過剰になることはない)を鋭くして集中力を高めることが重要です。
慣れやマンネリ化してくると人の感覚は麻痺してきます。

街を一般の方が歩いていて、上を見上げたら職人さんが梁の上を歩ていたら、「うわーすごい、あんなところよく歩けるね」とかそれを見て「無理無理無理!」なったりするのが普通ですが、実際にそこを歩いている職人さんは、普通の道を歩いているくらいリラックスしていたりするものです。

しかしその日の天気や体調作業の内容にもかなり影響を受けます。
だからそこで危険予知をしたり、安全に配慮した人選をし適正配置をすることが必要になってくるのです。

・今日は風が強いから
・今日はいつもより高い場所だから、
・作業床が狭いから
・日差しが強く熱いから
・西日が目に入るから
午前と午後でも環境は違います。だから毎日作業開始前、何だったら作業内容が変わるたびに実施する必要があるのです。

あの時こうしていればと思うことは今でもたくさんありますが、今が一番新しい自分です。どんどん進化し変わっていくことが昨日の失敗と同じ過ちをしないこと。昨日と同じことをやれば、また同じ環境が整ったときに類似した事故を起こす可能性も上がります。

失敗を糧にしなければ進化や成長はありません。

日常生活の中にも危険予知を取り入れることで、人生は変わります。
臆病になり過ぎては他の問題が出てきますが、リスクを想定する。書きだすことで、人生の舵の方向を変えることで今より自己肯定や、評価に値する人物に飼われるきっかけになるかと思います。


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