変わらない

ここ最近、地元の知り合いとご飯を食べた。
久々に会う人ばかりで不安と少しの楽しみがあった。
今の自分はどう見えているのか、みんなはどういう世界で
生きてるのか気になった。

まず、見た目は全然変わってなかった。
まだまだ若いからなのかもしれないが一目で誰なのかはっきりわかる。
声もそんなに変わらない印象だった。違和感を感じなかったから
そう思う。

話した内容は小中学校でいた人たちは何をしているのか。
すでに働いてる社会人のやつはどんな感じなのか。
いま恋人はいるのか。
久々に地元の知り合いと呑むときのよくあるテンプレみたいな内容だった。

正直、そんなに面白く感じられなかった。
確かに他のみんながどういう道を歩んでいるのか話すのは面白い。
はずなのに、「まあ、どうでもいいかな」と思ってしまった。
結局、自分にしか興味がないのかなと少し考えてしまった。

自分の地元の知り合いは全員いろんな面で優等生だ。
賢いし運動も出来るひとばかり、自分はここ数年になるまで
自分の頭で考えるということがあまり分からなかった。
(今もそんなにわかってないかも)

帰り際、別の知り合いと通話していて
自分は変わらないと言われた。声も見た目も。
多分、いい意味で言ったのかもしれない。
ちょっと皮肉もあったかもしれない。

大学で拠点を変え、環境を大きく変えて、違う自分が芽生えた。
この数年で内面にいろんな変化があった。
精神的に弱って1回死んだと思うこともあった。そこから何とか
今は前を向いて生きてる。

地元の知り合いは悪い人たちではないと思う。
でも、自分からすると生きてる世界が違うように見えた。
みんなから見える自分は小中学校の頃と何も変わってないのか。
見た目や声はまだそんなに変わらないかもしれないけど、
自分もいろいろあった。

地元の知り合いには出来の悪いやつに見えたかもしれない。
何も考えてないあの頃のままだと。
その通りの部分もあるけど、それだけじゃない。
みんなもいろいろあっただろうけど、自分もあった。

それを強く言う気はないし、理解されたいとは思わないけど
久々に会って喋っただけで自分のここ数年を知った気になってほしくない。
思ってなさそうだけど、賢いだろうから。
そもそもそんなに眼中にないだろうけど。

悪態をついてしまい申し訳ない。
決して知り合いが悪いやつというわけではない。
むしろよく自分と一緒に飯を食ってくれたと感謝しかない。
変わってないことに対する嬉しさと苛立ちで
何かちょっと悔しかったからこう思ったのかもしれない。

もう少し自分に興味をもってほしかったのかもしれない。
結局わがままで本当に何も変わってないのかな。
何かカネコアヤノの歌詞みたい。
まだまだ子どもだな。

だんだん自分だけが大人に社会に馴染んでいない感覚に陥ってきた。
多分そうなんだろうけど。社会人になってないし。
改めて自分の立ち位置を確認できたように思う。
これはいい経験になった。地元の知り合いありがとう。

後でPayPayでお金返しとくね。

2024/03/16

追記
ジャイアントカプリコおいしい。

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