見出し画像

52.【読書と私】⑪本心/平野啓一郎:小説の面白さを堪能する一冊

平野啓一郎さんの本を何冊か読んでいた。普段見ない漢字のことばがあって小難しそうな印象が一瞬あっても、文章はわかりやすくすっと入ってくる。そして、こういう風に表現できるんだ、と形に出来ていない思い、思想を表現してくれるところが有難い。

今回も、そんな名言というか、心に残る一文を期待して読み始めたところがあった。その期待、印象は小説序盤よりあっさりと覆された。

 *

文庫版のあらすじを見ると、「メタバースが日常化した2040年代の日本を舞台に」って書いてあったのに、よくよく見ていなかったか、母のAIを作るという設定こそわかって読み始めたものの、主人公朔也と母の同僚三好が最初にVF上の場所で待ち合わせ対面する設定から、うわーなんか近未来な小説だったのねと驚く私。そして、イメージ一新。そう、「分人」を定義する方だもの、多様な面があるのは然るべきことだった。でもSF感は想定外だった。思えば『ドーン』って宇宙飛行士の話も書いていましたね。

宇宙と言えば、第八章では、仮想空間で宇宙空間の中に入る場面があります。その描写には一緒に異空間に導かれる感じとともに、そこを境に、それまで静かに進んできた話が急にフェーズを変えて進み出したように思いました。

一体小説としてどういう構成になっているのか。起承転結がどういう配分意味合いなのか、そもそも起承転結なのか、音楽…何かの交響曲のような構成なのかと考えさせられたり、終盤に行くにつれて着地点が気になったり(つい速読してまず確認)と、小説というものを考えさせられたり、味わえたような気がします。

 *

『マチネの終わりに』も良かったですが、そうなると『マチネの終わりに』の方は、詩のようにも思えてきます。(どちらが好きかと言われると『マチネの終わりに』の方、どちらが面白かったかと言われると『本心』のような)どなたかの記事で、マチネの後の『ある男』のことを「完璧(完全?)な小説」と書いていた方がいましたが、その辺はこの『本心』と通じるところなのかとも思いました。

 *

そして、正に小説としてのノイズの多さ。文章自体はもちろんですが、基本線は<自由死>を願った母の「本心」を探るための話で、母のAIを作ったことや、生前の母を知る人との出会いですが、ある出来事を通しての出会いから、多様な問題も詰まってきて、それだけでない部分にまた読み応えがありました。

加えて、作家って凄いとまた思ったのが、ディテールの部分で劇中劇ならぬ、架空の小説やお笑いのネタなど、創作の中の創作の丁寧さ。
また、AIの<母>は、会話を通じて学習を進めていくわけですが、朔也が下を向くことを悲しんでいると判断して、母の表情が冴えなくなってきて、下を向くことを気をつけると元気になってきたというような件は、生身の人間以上に律儀に動きから判断するという点でリアリティがあるなと感じました。

 *

格差の部分、個々人が抱える痛みの部分については、重さや胸が押しつぶさせるようなところはありますが、結末は明るい展望で終えられています。

「本心」とは結局なんでしょう。
本心を曝け出して結果を得た人
本心を自覚しつつ抑えるしかなかった人
本心を出さなかったけど伝えた人
本心を伝えられなかったけど掴んでもらえた人

いやその本心でさえ、また別の本心にとって代わるものかもしれない

読み終えてから、タイトルについて思いを巡らせました。

「小説」についても考えさせられた今作品。
ふと、積読になっていた 平野氏著の『小説の読み方』を開いてみると、答え合わせのように最後に『本心』の一コマと
タイトルの意味を考えながら読む とした解説がついていました👏

朔也の母について言えば、朔也にとっては辛くも響く「もう十分に生きた」という言葉と、「死の一瞬前」を意識して“自由死”を希望していたというのはやはり印象的です。2040年代の母の年齢を思うと、私は同じような世代?でもありそうで、「死の一瞬前」は全く考えないことではないです。その瞬間でこそが大事か、その瞬間に悔いがないように出来ることは行っていけるか、考えつつ、「もう十分に生きた」をどんな色彩で言えるかと、これからの過ごし方生き方に思いを巡らしてます。


追記:『本心』映画化も決まって撮影済みとか。
    映画化したもの→遅ればせながら(映画
           は見てないが)原作読む
    というのが常々のパターンですが、今回
    はこうして原作を先に読みました。

気になるのはキャストです。朔也はリアル・アバターとして働いていて、汗のニオイのことを言われたり、気にするシーンがあるので、きちんと汗にニオイがしそうな俳優さんがいいですね。それでいて、彼の情緒の雰囲気があるというのと。一人思い浮かぶ人がいて、ネットで見ていたら同意見の人がいてちょっと嬉しかったです。大人の事情(興行的)にもありだと思うのですが。

VFのシーンなどどうなるか。ラストの方のシーンはもう原作でも映画的とも思うので、あまり辺にアレンジしないでほしいなーなど、原作厨ではないですが思いますね。


                            『本心』平野啓一郎 2021

   📚他に読んだ本
 『本の読み方/スロー・リーディングの実践』2006/2019
『私とは何か「個人」から「分人」へ』2012
『マチネの終わりに』2016
 『死刑について』2022

追記: 6.21夏至の日にキャスト発表となりました。
  朔也期待した人とは違いましたが、いい感じ
  です。だいたい、小説より年齢が上がるよう
  な設定になるのは仕方ないかで。わたしの
  イメージでは、こことここが逆では?と思う
  ところもありましたが、力ある役者さんなの
  でありかなとか、なかなか豪華キャストで
  期待大の印象です。あら、あの人は?という
  のはあるので、そこ含めて小説とは構成が
  変わるのでしょうか。小説とは別物として、
  観てみたいと思いました。
  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?