見出し画像

第11話 初めてのAV撮影までの余裕のない日々


AV女優の引退後を心配して苦しむ

 マドンナとの契約を済ませると、私の気持ちは少し落ち着き、不安で眠れなくなる夜もだいぶ減った。

 しかし、たまに<AV女優 日常>や<AV女優 引退後>などを検索して、パンドラの箱を自ら開けてしまうことがあった。まだデビューもしていないのに、”AV女優で売れなくなったら、その先どうやって生活していこう”と不安になり、ネットに答えを見つけようとしてしまうのだ。

 ネット検索すると
<彼女たちは意外と倹約家?!人気が全てのAV女優というお仕事>
<あの人気AV女優のその後!風俗、ソープ、まさかの自殺?!>
などの記事が出てくる。

 タイトルを見ただけでも”うぅ・・・”と思うのだが、怖いもの見たさで見てしまう。そしてやはり”うぅ・・・”となる。

 そこまで不安なら、なぜAV女優をやるのか。私も何度も自分に問いかけた。しかし当時の私に、答えを見つける余裕なんてない。なので「そうなる運命だった」と自分に言い聞かせ続けた。
 
 人は時に、明確なきっかけなしに、リミッターを外す瞬間、ゲージを振り切る瞬間があるように思う。「変化は怖いけど、それでも『変わりたい』って気持ちが勝る瞬間」だ。そして『変わる』にはきっかけがいる。そのきっかけがエイトマン社長との出会いだった。

 社長は「本気でやり続けたら、絶対幸せなる!」と言ったし、あの言葉には強い力があった。だから”私は絶対大丈夫!”と思った。しかし、これまでずっと安全なレールの上しか走ってこなかった私だ。社長の言葉を信じたくても、レールをはみ出した後なんて想像もつかない。

”売れなくなったら、元AV女優という経歴は就職に不利になるかな”
”就職できるように、何か国家資格を取っておこうか・・・”
なんて、なってもいないAV女優のその後の人生を、ぐずぐず考えていた。

初めての撮影の1週間前から体調絶不調

 初めてのAV撮影まであと1週間となった頃、全身に蕁麻疹のようなものが出てきた。もちろん顔にもだ。
「これはまずい。帯状疱疹かもしれない。あと1週間なのに!」
と焦り、会社は午前休をとって、急いで皮膚科に行った。

 皮膚科はとても混んでいた。おじいさん、おばあさん、ちびっ子で待合室はいっぱいだった。ようやく診察室に通され、私が症状を説明すると、皮膚科の先生は言った。
「あー。肌荒れですね。体はしっかり保湿してもらって。顔は保湿のローションと、ニキビの原因になるタンパク質を抑える塗り薬、出しておくんで・・・」

”え、嘘やろ?いやいや、もっとちゃんと診て!帯状疱疹ちゃうん?!脇の下とか真っ赤よ?なんかもっと、肌のターンオーバー早める飲み薬とか、1日で肌荒れ治る点滴とかしてや!いっそ肌張り替えてよ!!あと1週間やねん!”

こんな私の心の叫びなど、もちろん先生には聞こえない。横にいた看護師さんが「こちとら忙しいねん」オーラを出し、私を診察室から追い出そうとした。しかし私は粘った。
「あの、これって何が原因ですか?」
「んー。ストレスですかね」

”あーあ。はい、ストレスね。なんでも『ストレス』が原因やねん。なんやその目に見えない概念。『風邪』『ストレス』、体調不良は全部これ!便利な言葉でんなー!”
と心の中で悪態をつきながら、私は診察室を後にした。

 それから、処方してもらった薬を全身に塗りたくる日々を過ごし、ついに3月末。東京へ行く日が明日に迫ってきた。
 初めてのAV撮影は平日のど真ん中、3日間を予定されていた。パッケージ撮影1日、なか1日空けて、AV撮影1日。会社には有休を申請していた。

撮影前日に立ちはだかる『残業』という壁

 東京へ行く前日は平日だったため、普段通り仕事をした。定時に上がって、すぐ東京へ向かえるよう、私は朝から駆け足で仕事をこなしていた。そして終業10分前、帰る準備は万端。終業のチャイムを待った。しかし、こういう日に限ってアクシデントが起こる。

 「○○さん(私の本名)、ちょっといいー?」
先輩に呼び出された。この先輩には、AV撮影のため会社を休む3日間、私が抱えている仕事を少し手伝ってもらうお願いをしていた。お願いする仕事内容については、今朝先輩に説明しているし、資料にまとめて、メールでも送っている。何か別件の用事だろうか。

「○○さん、明日から有休取るやんかー。私が頼まれてる仕事の進捗どうなってるか教えてくれない?」
”え、どういうこと?それに今から?!”
私は心の中でワナワナした。

  自分の仕事をお願いしている手前、先輩のことを悪くは言えないが、先輩は『残業平気民族』なのだ。この民族には終業時刻という概念がない。なので、終業時刻ギリギリでも平気で呼び出す。もちろん彼女に悪気はない。大体はサラッと終わってくれるのだが、3回に1回くらいはしっかり仕事を頼まれ、彼女の民族行事である『残業』に巻き込まれる。
 こういう時私は”『悪気がない』は罪なり”といつも思う。

 私は答えた。
「あの。今朝、説明した通りで、特にあれから進捗ないです。明後日に外注でテスト依頼に出していたサンプルが戻ってくるので、それだけ受け取ってもらえればと思います。データの打ち込みとかは、私が休み明けにするので、サンプルは私の机の上においといてください。
 有休中も社用携帯は持っていますし、電話はすぐに取れない可能性ありますが、何かあれば対応できます」
必死に、帰らせてくれプレゼンを行った。しかし先輩には思い届かない。

「あ、そう。資料も丁寧にまとめてくれてたしね。えーっと資料資料。あれ、どこやったかな。・・・」
「先輩!私、資料もう一回印刷しますよ!それに資料はメールでも送っているので、何かあればそちらでも確認できます。□□さん(上司)もCCに入れて送っていますので!」

”焦っちゃだめだ、焦っちゃだめだ、焦っちゃだめだ・・・”。
ここは先輩から解放される最短ルートを見つけて、全速力で駆け抜けなければならない。なんたって今日は1秒でも早く東京へ行って、明日のために早く寝たいのだから!

 結局、先輩に捕まって1時間以上ロスしてしまった。帰り際、
「あ、もしかして急いでた?ごめんねー。明日からどっかいくの?今日出発?休み、ゆっくりしてねー」
と先輩は手を振って送り出してくれた。”ゆっくりしてねー、っじゃねえよ!”と、つい心の中で毒づいてしまった。
 これは「東京へ行かせるものか!」という会社の陰謀だったのだろうか。
 
 23時すぎ、私は東京のホテルに着いた。何だかよくわからないけれど、クタクタだった。お風呂はシャワーで済まし、すぐベットに入った。とにかく寝ないと。明日はパッケージ撮影なんだ・・・。

撮影当日のコンディションは最悪

 翌日、朝6時起床。私の体のコンディションは悪かった。身体が浮腫んでいる。”なんで?!”と思ったが、昨日東京へ向かう新幹線の中で、カツ丼弁当を食べてしまったのだ。しかもコーラも飲んだ。「むしゃくしゃしてやった」ってやつだ。

 だが、ここでメンタルやられてられない。
”カツ丼は験担ぎよ!これから色んなものに勝たないといけないから”
とポジティブに自分を奮い立たせた。しかし・・・

”結局肌荒れは綺麗にはならなかったし、おまけに浮腫んでるなんて。最悪・・・。今日は第一回目なのに・・・”
すぐにネガティブが消沈させてくる。私の中でポジティブとネガティブが忙しくせめぎ合っていた。

 7時、山中さんがホテルまで迎えに来てくれた。
「おはようございます!体調、気持ち、どうですか?」
「ばっちりです!!」
嘘ばっかり。体調も気持ちもどこがばっちりやねん。でも私は堂々としていることで女優になると決めたのだ(第10話参照)。「ばっちりです!」と言うことでとりあえず自分を高めるしかない。

 ”神様仏様、AV界のプロの皆様。どうか藤かんなをよろしくお願いします・・・!”
私はすがる気持ちで撮影現場へ向かった。

サポートは私の励みになり、自信になります。 もっといっぱい頑張っちゃうカンナ😙❤️