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第122話 藤かんな東京日記〜パワースポットで出会った懐かしい人たち

川島さんに教わるパワースポット巡り

 わたくし、パワースポット巡り、始めました。
 そう書くと、なんか胡散臭い沼にハマってない? と思われるかもしれない。しかしご機嫌に過ごすためのヒントを見つけた気がしたので、ここに書き残しておこうと思う。

 2024年10月9日、夜。元会社の先輩・川島さんと、サイゼリアで食事をしていた。川島さんって誰やっけ、と思った方は、第117話を併せて読んでほしい。(文末リンク参照)

「東京に来てから、どうも定期的に風邪をひくんです。そこで最近、お祓いに行ってきました」
 私は、明治神宮でお祓いをした話を川島さんにしていた。これも前話の第121話参照だ。
「30代は女の厄年やからな。私もその時期くらいから、パワースポットに行くようになったで」
 え、川島さんがパワースポット。
 彼女はとても現実主義だ。パワースポットのような見えないものには、あまり興味がない印象だった。
「日本全国のパワースポットを書いた本があってな——」と、彼女はスマホで検索して、その本を教えてくれた。そこには80ヶ所ほどのパワースポットが掲載されているらしく、川島さんがまだ行っていない場所は、残すところ、たった2ヶ所だけなのだそう。
「青春18切符で大阪から東北に行ったりしたで。当時はお金なかったしね。場所によっては1時間に1本しかバスが来ない所とかあるから、行って帰るまでがサバイバルよ」
 川島さんは「すごい根性よね」と他人事のように笑った。彼女とこれまで一緒に仕事をして、何度も食事をして、旅行まで行ったのに、こんな話をしたのは初めてだった。
「人生は選択の連続よ。東京に住むことを選択した以上、そこでいかにご機嫌に過ごせるかを考えた方が効率的やで」
「あとな——」と彼女は続ける。
「パワースポットに行くとね、必ず何かが起こるねん。例えば、気になっていた人から連絡が来たりとかね。出かける目的にもなるし、パワーももらえるし、一石二鳥よ」
 この日、川島さんと別れた帰りに、教えてもらったパワースポットの本を買い、早速翌日、都内のパワースポットに行ってみることにした。

小網神社で自転車撤去

 まず初めに訪れたのが『小網神社』。
 ここは強運厄除の神・東京銭洗い弁天の杜らしい。
「正月に行ったんやけど、100人くらい並んでたで。みんなお金、好きやからな」
 昨日、川島さんが言っていた通り、100人の行列までではなかったが、40人は並んでいた。みんな本殿へのお参りより、財布の中のお金を洗うのに必死。中にはクレジットカードを洗っている人もいた。
 俗世とは切り離された聖域で、俗にまみれた人間が必死に金を洗う。このチグハグさを皮肉に思いながらも、周囲に倣って真剣にお金を洗っている自分がいた。

 お参りを終え、諭吉や漱石たちが乾くのを待つ間、小網神社に来た日付や時間、その他もろもろをノートにメモした。
「隣でお金洗っていた母親が、息子にむっちゃ怒鳴ってた。500円を無くしたらしい。神様の前で怒鳴らんでもなあ」など些細なことを書いておく。後でその時の空気感を思い出せるように。私なりの御朱印帳だ。
 そろそろ次のパワースポットへ行こうと、お金をしまい、自転車を置いていた場所へ向かった。私の移動手段は基本的に、ママチャリである。

 しかしここで事件が起こる。
 私の自転車の横に、既視感のある白の軽トラが1台、止まっていた。
 サッと過去の記憶が蘇る。
 ヤバい! あいつは自転車撤去の軽トラや!

 大阪にいた頃、私は自転車を3回撤去されている。前科3犯だ。だがその経験により、自転車を撤去されそうな場所は、直感的に分かるようになっていた。それなのに・・・・・・東京は侮れん。
「堪忍してくださいっ」
 自転車をドナドナしようとしている男性に駆け寄った。男性は口をへの字にし、こちらを睨む。年齢60代、身長160センチ程。骨と皮だけの枝のようなおっちゃんだ。
「お姉さん、大阪の子かいな」
 おっちゃんはニコッと笑った。前歯が一本ない。
 ああ、懐かしい。こういうおっちゃん、大阪にいっぱいおった。「うち帰る電車賃ないから、お金貸して」と、金をせびられた。
 それ、いつ返してくれるねん、と思いながらも、いくらか渡してしまう。そんなことが3回はあった。
 さあ、今日なら清めたばかりのお金があるわよ。そうそう、そのしわくちゃになった笑顔をもっと見せて。鬱陶しいくらいの人懐っこさで話し続けて。
 郷愁にかられ、胸がときめいた。
 それから歯のないおっちゃんと、「大阪のどっから来たんや」という話から、「東京は自転車に愛がないよなあ」という話で、30分ほど盛り上がった。お金はせびられなかった。さすが東京。

「パワースポットに行くとね、必ず何かが起こるねん——」
 早速、起きましたよ。川島さん。
 無事、自転車は返してもらい、次のパワースポットへ向かった。

小網神社

神田明神でオタクとSMプレイ

 次にやって来たのは、秋葉原にある『神田明神』。
 ここは運気を活性化し、再スタートを切る力を与えてくれるらしい。赤や緑、金色の豪華な門や本殿。お土産店も充実しており、隣にはアイドルなどがイベントをする、神田明神ホールなるものがあるらしい。
 商売上手な神社やな。
 ギラギラしたパワーに満ち溢れた、頼もしい神社だ。

神田明神

 お参りを終え、お土産店を物色していると、「甘酒」が売っていた。高さ5センチ程度の紙コップ1杯で、400円。なかなかな値段。
 きっとご利益という付加価値がたんまり乗っかった価格なのだろう。神社でケチくさいこと考えたらあかん。興味を惹かれたからには買うんや! ということで甘酒を購入。店外のベンチに座り、本殿を眺めながら飲んでいた。

 私はアルコール感知能力がべらぼうに高い。調子が良い時は、インスタント味噌汁に含まれている、微量のアルコールまで感知できる。感知するとどうなるか。顔が赤くなるのだ。
 この日は神社からパワーをもらいまくっているので、きっと体調は絶好調だったのだろう。一口飲んで耳が熱くなってくるのが分かった。
 その時、1人の男性が目の前を横切り、同じベンチに座ろうとした。私の目は彼に釘付けになった。
 身長約170センチ、年齢30代前後。中肉中背、もっさりした黒髪、黒縁メガネ、ボーダーのシャツに黒いズボン。ポケットは何が入っているのか分からんが、パンパンに膨らんでいる。そして背負う位置の高い黒のリュック。

 ———あれは、絶対に、大学の研究室の先輩だ!
「あっ!」
 私は大きめの声を上げた。東京で大阪にいた頃の知り合いに出くわすなんて、奇遇すぎる。そして嬉しすぎる。しかし「あのー」と声を掛ける勇気もないから、とりあえず彼の注意を引いた。
 彼はこちらを向き、一瞬目が合った。
 私は目を逸らし、残りの甘酒を飲み干した。
 ・・・・・・先輩ちゃうやないかい。

 先輩のそっくりさんは、私から1メートルほど離れた位置に座り、スマホでアニメを見始めた。その属性まで本物にそっくりだ。先輩もアニメが大好きで、ちなみにアイドルも大好きだった。自他ともに認めるアニドルオタク。 
 ああ、懐かしい。どうかそのまま、私の隣でアニメを見続けてほしい。場所も人目も気にせず、自分の好きなことに没頭する。いつまでもそんな貴方のままでいてほしい。
 横から顔の赤い女に、じっと見られて気まずいね。私から1メートル離れて座ったはずなのに、ジリジリと距離を詰められて怖いね。でもこのくらいで動じてはいけないわ。いつ何時どんな状況でも、堂々と自分の世界を保っていられる。それが真のオタクよ。
 アニメのエンディング曲が流れ出したと同時に、彼はサッと立ち上がり、去って行った。
 よく耐えたね。私の地味なプレイに付き合ってくれてありがとう。

「パワースポットに行くとね、必ず何かが起こるねん——」
 川島さんのこの言葉はどうやら確からしい。
 上京して1年。いまだに馴染めていない東京だが、少しでもご機嫌に過ごすヒントを見つけた気がした。


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