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学会遠征編ショート版 第30話

服を買おう

 上の階へ。エスカレーターを上がった先の2Fは品出しされる前のような、段ボールで山積みの状態の店が窮屈に存在していた。人がぎりぎりすれ違える程度の細い通路だけ残し、2Fにはどこにも入るなと言わんばかりに3Fへのエスカレーターへと誘導されたのだ。3Fでは、見える景色が更新されたかのように思えた。日本でよく見る大型ショッピングモールと言えば、吹き抜けのような形になっていることが多かったりするだろうが、ここは違った。2Fまではそのようになっているが、3Fで一度また広い床が広がっているのだ。そこから見上げると、また巨大なショッピングモールが広がっていた。もしかしたら入口のところは地下だったのかもしれないとすら思ったが、この旅においてはここが何階なのかというのはどうでもいい※。そこに拘っていたのは大塚国際美術館のときくらいだ。そして、中に格納されている店々は、見渡すばかり衣料品売り場だ。UNIQLOにH&M、無印良品など、一生着ても着足りないくらいの衣類が売られていた。ここで服なんか見てどうするつもりだと思う人は多いかもしれない。しかし、ホテルにあんな豪華なプールを見てしまっては、とても泳がずにはいられないのが人の性というものだろう。今のところCRAZYのホテルでしかプールを拝見していないが、僕のホテルにもプールはある。なんなら、予約の段階でそのことを知ったからこそ選んだまである。夢にまで見た南国リゾートのプールだ。先ほどの段階では軽く書き流してはいたが、本当はプールを見た瞬間内心ブレイクダンスをするかのごとく舞い上がっていたのだ。それなのに泳ぐのにふさわしいパンツを持ち合わせていない。ここまでの旅は着替えを一組だけ持ってきておいて、毎日交互に着てもう片方を選択・乾燥させると言った形でやりくりしていた。非常時のために使い捨てパンツもあったが、素材があまり好きではないので非常時だけにしておきたい。いまこそその非常時だ、履き慣れたパンツを水着代わりにしろというのは暴論だ。海外で捕まったらいろいろと大変だろう。大人しく水着を買おうと思ったが、価格は安いものでも2,500バーツ(=10,000円くらい)あって大きな買い物になりそうだった。確かに、競泳用水着はすごく高いと耳にしたことがある。本格派ではないものであったとしてもバカにしてはいけないのだ。それならUNIQLOでちょうどいい短パンでも見つけてこればいいではないかと思い、そちらに寄ることにした。内装は日本の店と同じような感じだった。価格帯も円換算で日本と同じくらいなので、相対的にタイでは高級店のような値段に見えてしまう。中にはヒートテックまで展示されているのを目撃してしまった。中身が同じと言っても同じすぎではないか。こんな暑い地でいったい誰が着るというのだろうか。もちろん寒い地方に出かけたい人にとってはありがたいことだろう。とはいえ需要の狭さに対してショーケースが大きすぎる。タイでは厚着というのはどんな高級ブランドよりも魅力的な衣装だということだろうか。もしかしたら彼らはモコモコのダウンを着てマフラーを巻き、凍えながら外を歩くのが憧れだったりするのかもしれない。そう考えれば理想の一部としてヒートテックが飾られていても納得できるだろう。思うことはいろいろあったが、今の自分には必要ないのでスルーした。短パンも見つけた。だいたい700バーツくらいだろうか。他の店ならもっと安いかもしれないということでいったんここでは買わないことにした。CRAZYは最初から何も買う気はなさそうだ。何故なら泳いでいられるほど彼には時間が残されていないからだ。せっかくここまで来たのに夕方以降は残業をしなければいけない。さっさと発表資料くらい作ればよかったところを、彼はいったい何をしていたというのだろうか。そうなれば僕が一人で楽しむだけである。それにしても外は灼熱なのに施設内は涼しいという極端な温度差もあってか、緊張感が緩和し、深めの眠気がやってきてしまった。緊急省エネモードに体が切り替わり、座れる場所を無意識に探していた。CRAZYには他の店がないか探そうと伝えて歩き回るのである。上下の移動はエスカレーターだが、疲労がたまっているので一苦労だ。やっとの思いで空いているソファを見つけ、休憩のつもりで腰かけたら、少しの間転寝してしまったようだ。その様子をCRAZYはニヤニヤしながらパパラッチしていた。おいやめろと止めてもよかったが、そこまでする体力も残っていない。研究室のグループラインに共有されても構わないと覚悟しながら、今はこの眠気を取っ払うことを優先した。5分も経っていないが、ちょっとウトウトすれば気分はリフレッシュできた。ちなみにCRAZYも休んだようだが眠くはなっていないらしい。さすが、暑さに強い体質なのだろうか。それとも国際便に慣れていて、飛行機で十分寝たのだろうか。相変わらず元気である。6歳の息子と精神年齢は変わらない。まるで子守をするかのようだ。
 無印良品に入った。内装も商品も日本の物と変わらない。何なら、製品の説明が日本語でも書いてある。本当に現地人向けの店なのだろうか。僕としてはありがたいのだが、ここで見たいのは短パンだけである。店内を隅々まで見て回ったら短パンは見つかった。ここもUNIQLOのものと似たような素材で、同じく700バーツだった。価格競争は均衡状態にあるのだろうかと思い、ここで購入することにした。クレカも使えた。他にもタイで着ればちょうどいいようなシャツもたくさんあったが、荷物になるのでこれくらいにしておく。他にもLOFTだったり寿司屋だったり、観光客にも現地人にも嬉しい店が揃っていた。CRAZYがここにきてようやく焦り始めた。発表資料を完成させたいらしい。すべてを見て回ることができなかったが、引き返すことにした。


※ この記事では入場したところを1階とする。実際は違うらしい。

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