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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(6)イジメられっ娘。

あかねはあの時のことを思い出す。
あの大晦日、、父が女子選手NOZOMIに敗れると、あかねも祖母も黙ったまま除夜の鐘も耳に入らなかった。床に就いても女の人に絞め上げられ失神している父の姿を思い出し悔しさで明け方まで泣いていた。父が家に戻ってきたのは、翌日(元旦)の夜、9時過ぎだったと記憶する。
父がMMA王者になってからというもの、大晦日には毎年のように試合が組まれるようになった。例年なら軽く相手を倒し翌日の朝、颯爽と帰ってくると祖母とあかねと3人でお節料理を食すのが恒例だった。その日の父は何の連絡も寄越さず、余程女子選手に敗れたのが悔しかったのか? 顔色冴えず幾分酔っているようでもあった。

「遅くなってごめん。明けましておめでとう。今年もよろしくな…」

父は祖母とあかねの顔を見ると、気まずそうに新年の挨拶。

「拓哉、昨日の試合大変だったね。身体の方は大丈夫かい?失神してたから心配してたんだよ。連絡も寄越さないし… 」

祖母の言葉に照れ笑い?を浮かべた父は、一息付くとあかねに目を向けた。

「あかね、お父さん負けてしまった。期待に応えられなくてごめんな…」

「期待も何も、、、お父さん “男は強くあらねばならない” っていつも言ってたじゃない!強いはずの男が女の人に負けるなんて恥ずかしいよ。お父さんは日本一強いって信じてたのにどうして負けちゃったの?」

あかねは父の顔を見ずに言った。

「そうだね、、本当に恥ずかしい。それでもお父さん死力を尽くして戦ったんだ。それだけは認めてほしい…」

「ええ! 死力を尽くして戦ったのに負けちゃったの? それって、女の人に実力で負けたってことだよね? NOZOMIさんって、普段はミニスカートを穿いてモデルもやってるんだよ。そんな女の人に大勢が観ている前で男なのにのされちゃって、、、 そんなのお父さんじゃない。 頑張ったことは認めろだって? 認められるわけないでしょ! 恥ずかしくて私、外歩けない…」

「あかね!!  お父さんに向かってなんてこと言うの。謝りなさい!」

いつも優しい祖母が声を荒げた。
あかねはチラッと横目で父に目を向けると下を俯いているだけだった。
あかねは小声で「ごめん…」と言うと、そのまま階段を駆け上がり自分の部屋に閉じこもってしまったのだ。
それ以来、あかねは以前のように「お父さん、お父さん!」と戯れるようなことはしなくなった。日常必要最低限のことしか話さなくなり、それは中学3年15才までの4年間も続くことになる。

あかねは思う。
あの頃の自分はまだ11才の子どもで、人の痛みが分からない年頃だった。だから、傷つくようなことを平気で父に言ってしまったのだと思う。誰よりも強く優しく尊敬する父が女の人に負けてしまったという事実がどうしても受け入れられない。これから何を支えにして生きていけばいいの?という気持ちだった。現在、父が鬱状態にあるのはあれも遠因にあるのだと思う。あかねは後悔していた。


AKANEこと植松あかねの衝撃デビューから数週間が過ぎていた。年末『G』主催格闘技大会の前、NLFS主催の単独興行も10月にに行われる(秋季大会)。ここの処、男子格闘家に次々と敗れるNLFS女子選手に失望したのか? ファンの足は徐々に遠のいていたのだが、「女王蜂AKANE」の登場で前売り券の人気は上々だという。
あかねがNLFS新エースとなり、桜井姉、妹のツインズもそれに負けじと道場での稽古も熱を帯び活気が出てきたようだ。その桜井姉妹の胸を借り、デビュー以来4連敗の鳩中薫が必死にスパーリングしている。

そんな鳩中薫を榊枝美樹は気になって仕方ない。今回負けたなら、もうあとがない。美樹はこの(鳩中)薫にかつての自分を見ていた。美樹は後にASAMIとなった堂島麻美とNLFSスクールでの同期であり、ルームメイトでお互い切磋琢磨した間柄だった。
麻美はどんどんその才能を発揮して忽ちの内にスーパーヒロインとなったが、美樹は男子と戦わせるレベルではないとの理由でデビューすることは叶わなかった。
代表の山吹望はそんな美樹の運営能力を高く買っており、選手引退、影でNLFSを支えてほしいとの旨を伝えられ現在のNLFS代表としての “榊枝美樹” がある。

鳩中薫は、入校してきた当初は161cm 65㎏というぽっちゃりした大人しそうな女の子であった。誰が見ても才能があるようには見えない。何よりも格闘技、特にNLFSのようなシュートマッチをする団体には闘争心が足りないように見える。それでも、当時まだ選手であった奥村美沙子が「あの子はどこか見どころがある…」というので入校させてみると、その努力は並のものではなかった。一年後には65㎏あった体重が54㎏まで落ち、55㎏以下級でデビューしたのは彼女が18才の時であった。
相手は同じくデビュー戦になる柔道上がりの18才男子選手。柔道上がりと云っても、高校時代全国大会に出場したようなレベルではなく、地方大会でベスト8がやっとの並の選手。薫のレベルではキャリアある男子選手と戦わすのは危険だった

試合は序盤一進一退、格闘技経験のない薫には善戦? 否、やや優勢だと思われた時だった。相手の右アッパーが薫の顎に炸裂するとダウン。怯んだ薫に相手が馬乗りになったところでレフェリーストップのTKO負け。薫は練習ではそこそこやれるのに試合になると及び腰になるようだった。とくに打撃には腰が引けて全く対応できない。
その後、薫は男子選手と戦わせるレベルにないということで、女子プロレスラーや他競技の女子格闘家とやらせるも、常に優勢でありながら逆転KO負けで女子相手にも3連敗を喫した。それは誰の目にも彼女の気の弱さに起因していると思われた。

薫は所謂いじめられっ子であった。
それは容姿的に小太りであって小学生の頃は「コブタちゃん」というニックネーム。中学になるとはっきり「ブタ」とまでバカにされた。それでも言い返すだけの気概があれば良かったのだが、人見知り?対人恐怖症と思われるほど内向的で、何を言われても下を向いて黙ったまま。そのリアクションがあまりにも可笑しいので益々いじめられるのであった。思ったことをはっきり言えない性格は残酷のようだがイジメられやすい。彼女がイジメられてきたのは容姿にあるのではなく性格にあった。

高校になって交友関係が変わっても、薫の性格では友達も出来ない。同じ中学出身の女子が薫の噂を流したのだろう? 気が付くと小中学生時代と同じように “ブタ” というありがたくないニックネームは高校になっても継続することになり、女子からは「キモい」と仲間外れ、男子からも「ブス」と罵られ性的虐めまで受けるようになった。
やがて、高一の秋になると登校拒否から自主退学。それしか道はなかった。

勉強もスポーツもだめで、こんな陰気な性格では自分の将来は真っ暗だと薫は思う。
でも、一つだけ自信のあることがあった。力が強いのだ、、そして足腰も強い。その怪力は逆に皆から「こええ〜(恐い)! 流石ブタだな、ブヒブヒ、、」と誂われたのだが、
何を思ったか? 自分を変えたい、自分に自信を持ちたい、そして、自分を虐めてきたやつらを見返したい一心で、NLFSの入校テストを受けると信じられないことに合格してしまった。彼女の虐められてきた日々の話を聞いた榊枝美樹、シルヴィア滝田、奥村美沙子らが、放っておけないと思ったのだろう。とくに奥村美沙子は「あの娘はどこか見どころがある」と推薦した。

薫は身長161cmで入校テストを受けた時は65㎏であったが、中三受験期は70㎏近くあった。日々のトレーニングは本当にきついものだったが、一年もすると55㎏を割っていた。スマートになってみると案外可愛いということに気付いた。薫はきついNLFSのトレーニングにも音を上げず、むしろ日々クタクタになりながらも楽しかった。それは、NLFS創始者 “山吹望” の考えで決してイジメ行為、パワハラ行為、差別等を赦さなかったからだ。学校時代と違って皆とてもやさしい。逆に薫の素直さは皆に愛されたのだ。笑顔で「カオルちゃん」と、接してくれるのがとても嬉しい。

薫は自分が格闘家としてデビュー出来るとは思ってもみなかったが、前述のように18才でデビュー。しかし、フィジカル面、格闘技スキルは成長したものの精神面があまりにも弱すぎる。デビュー戦で男子相手に敗れ、その後は女子相手にも3連敗。

鳩中薫20才。4戦4敗(4KO負け)

この秋のNLFS単独大会で敗れればあとはないだろう。薫は気を強く持とうと自分に言い聞かせた。例え格闘家として引退することになっても悔いはない。

薫の相手は?
望月雅之22才。5戦5敗(4KO負け)
彼も20才でデビュー以来5連敗。
望月も薫と同じように精神面が弱い自分を変えようと格闘技の世界に飛び込んだ。彼はイップスに悩んでいた。ここぞという時に、練習では出来ることが出来ないのだ。
ここで負けてしまえば後はない。

「雅之、、お前は本当に今まで頑張ってきたが格闘家には向いてない。でも、一度ぐらい勝ちたいだろ? 今度の相手は鳩中薫というNLFSの女子選手だ。彼女も試合で勝ったことはない。お前の力を出し切れば負けるような相手ではないが、それに負けるようなことがあれば分かってるな?」

「女子と戦うんですか?」

望月はプライドを傷つけられる思いになったがこんな弱い自分では仕方ない。彼は死んでも負けられない試合だと思った。

男と女、決して負けられない戦いがある。
強者同士だけではない。弱者同士の試合であっても、自分に自信を持ち自分を変えるためにも負けられないのだ。

つづく。

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