新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(24)女豹。そして、女王蜂、蜘蛛娘。
来週更新予定でしたが時間が出来たので更新します。
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「お〜い瞳太郎(とうたろう)、久しぶり」
夏休みも終わりに近付いてきた頃。
少年野球チームで早朝練習している瞳太郎の元へ二人の女性がやってきた。
瞳太郎は投手をやっている。投球練習場で投げ込みをしていたのだ。
「アサミおばさん、どうしたの?」
「なに、、おばさんだって?おねえちゃんって言いなさい! って、いつも言ってたでしょ? 美樹が山形まで遊びに来てくれてね。たまには東京へ出てくれば?というから、私も少し時間があったから美樹と一緒に里帰り。2〜3日滞在するつもりだよ」
「ふ〜ん、、僕のところなんかより、お婆ちゃんところに顔を出すのが先だろ? 母ちゃん(瞳)も会いたがってたよ」
「瞳太郎、お前も随分生意気な口を利くようになったわね? それにしても、去年より随分大きくなったね?」
「うん。一年で8cm伸びた。今、162cmあるよ。あと1年したら母ちゃん抜いちゃうと思う。叔母さんもいずれ抜くよ…」
練習している瞳太郎の元に訪ねてきたのは叔母である堂島麻美と榊枝美樹であった。
麻美が赴任している山形へ、美樹は休暇を取って遊びに行っていたのだ。
兼ねてから、麻美が監督をしている山林寺女学園の噂を聞き美樹はどうしても麻美と会いたかった。二人はNLFSの同期であり色々なことがあった。そんな榊枝美樹と瞳太郎も何度か面識がある。
「瞳太郎君の叔母さんですか? 噂は色々聞いてます。はじめまして!」
瞳太郎のボールを受けていた少年が帽子を脱ぐとペコリと頭を下げた。
「こいつは、宍戸球児っていうんだ。あの宍戸拳児さんの息子だよ」
「へえ〜! あの宍戸さんのね。瞳太郎をよろしくお願いしますね」
「は、はい!」
爽やかで素直そうな球児少年に麻美は好感を持った。子どもはこうでなくちゃ。
「瞳太郎、どのくらい腕を上げた? ちょっとキャッチボールしない?」
瞳太郎のボールは回転数が多くキレる。とても小学生の投げる球とは思えず、怖くて逃げようと思ったほどだ。それでも余裕があるふりをして受けた。
「さすが、男子校を破った女子校野球部の監督さんだけあるね。僕の全力ボールから逃げない女の人は初めてだよ」
「ふん、小学生の投げる球なんて大したことないのよ。まだまだ練習しないとね…」
麻美は甥っ子の成長が頼もしかった。
「じゃ、夜にお婆ちゃんのところ(源龍)へ顔を出すから、お父さんとお母さんにも伝えておいて。良かったら、久しぶりに家族みんなで食事でもしようって…。瞳さんと会うのも楽しみだな」
麻美はそう言うと、チームの監督に挨拶するとグラウンドをあとにした。
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「麻美、これからどうする? 久しぶりに道場に寄ってみない? 」
「そうだね、、、何年ぶりかしら?」
堂島麻美は久しぶりにNLFS道場を訪れた。
麻美はあの引退式以降、殆どここには顔を出していない。もう、格闘技には未練がなく興味もなくなったからだ。否、どうしても、兄との禁断のシュートマッチを思い出してしまう。妹である麻美は、あの試合で兄の堂島龍太を身障者に追いやった。父もNOZOMIとの死闘で帰らぬ人となった。そんな格闘技を麻美は憎んですらいた。
道場は多くのNLFS女子ファイターのスパーリングで凄い熱気だ。この汗の匂い、麻美は遠い日を思い出し懐かしさが込み上げてきた。憎いけど格闘技は好きなことに変わりはない。
榊枝美樹が麻美を伴ってやってくると、それを目ざとく見つけ近寄ってきたのはシルヴィア滝田と嶋原(旧奥村)美沙子だ。
麻美が知る顔は、美樹以外ではシルヴィアと美沙子、そして、今ではコーチとなった桜井姉妹だけだが、このツインズは当時はまだ練習生に過ぎなかった。
「麻美! 久しぶりね。それにしても随分雰囲気が変わった。あの獲物を狙う女豹の目と云われた殺気がなくなって、高校球児みたいに澄んだ目だわ…」
シルヴィアは麻美に声をかけた。
彼女は初めて麻美と出会った時のネコ科猛獣が獲物を狙うような目を見てゾッとしたことを覚えている。
シルヴィアの言葉に麻美は静かに頷いた。
「山形の山林寺女学園の監督になってから5年? この夏の地方予選で男子チーム相手に三回戦まで進んだのは凄いね。女子校が男子校を破ったって全国的に大ニュースになってたわよ。来年は甲子園ね(笑)」
そう感心して言ったのは嶋原美沙子。
「はい! でも、野球はチーム競技なので女子チームが男子チームに勝つのは大変。格闘技は個の力なので男子に勝つ女子は稀にいるけど、野球は和の力が必要。一人の力では勝てないの。それでも来年はベスト8を目指します。とても難しいけど、いつか甲子園にって夢だけは持ち続けたい。不可能と思ったら終わりだから」
夢を語る麻美はキラキラしている。
シルヴィアも美沙子も美樹も、熱心に話す麻美を目を細めて見ている。
道場の午前中の練習が終わった。
そこで、全員が集められ榊枝美樹から堂島麻美の紹介が始まった。
周囲を取り囲んだのは角川聖子、久住琴、植松あかね、白木志乃、奥平美由紀、神永紗織の既にデビューしている6人に、練習生である女の子たち9人だ。
「私は女豹と云われた堂島さんを目標に、これからも頑張りたいと思います」
「アナタが植松(拓哉)さんの娘さんね?目標にするのはお父さんの方がいいわよ。年末に鞍馬友樹さんに挑戦するって聞いたけど、男子階級で女子が王者になるのはここの悲願だったはず。頑張ってね!」
「はい!」
すると、キラキラした目の少女が手を挙げた。奥平美由紀である。
「堂島麻美さんって、女豹と言われて凄く強かったって聞いてます。引退するまで一度も負けたことないんですよね? こんなにきれいな人なのに、憧れます」
榊枝美樹は思ったことを臆面もなく口にする美由紀に苦笑している。
麻美は “こんなまだあどけなさの残る可愛らしい女の子と宍戸さんは戦ったの?” と、目を丸くして美由紀を見た。
「アナタが、この前の大会で宍戸拳児さんと戦ったスパイダー美由紀さんね? もう身体は方は大丈夫なの?」
「はい! 2〜3日休んだら元通りになりました。又、すぐ試合をしたいです」
実は麻美は、宍戸拳児とスパイダー・美由紀の試合を観ていなかった。正確には観ることが出来なかったのだ。
兄の龍太と宍戸は無二の親友と言ってもいい間柄で、その関係もあり宍戸とは何度も会ったことがあり妹のように可愛がってもらった記憶がある。ちょっぴり恋にも似た憧れの感情があったのかもしれない。だから、彼が世界王者になった時は自分のことのように誇らしかった。そんな宍戸がNLFS所属女子選手と総合ルールで戦うと聞いた時は複雑な気持ちだった。今ではスクールの代表になった美樹に連絡をして、そんな試合止めさせようと思ったほどだ。
ボクシング世界王者にまでなった宍戸拳児がデビュー戦の女の子に負けてしまうところなんか見たくない。それに、彼は国民的ヒーローでもあったのだ。
ボクシングしかやったことのない宍戸が、例え16才女の子相手であっても、総合ルールで戦うのはあまりにも危険だ。麻美は自分もNLFSに所属していたので、そこの所属女子ファイターの実力は知っている。
麻美は兄(龍太)との死闘、そして引退してからというもの、山吹望(NOZOMI)が提唱していた「例え男が女に格闘技で負けても普通のことで、屈辱感、違和感のない社会にしなくてはならない」というジェンダーレス論のことをよく考えた。山吹望のことは尊敬しているけれど、それは本当に正しい考えなのか?と疑問に思うことがある。
男が女の、女が男の領域を侵していいのだろうか? 其々の役割があるはずだ。男はやはり強くあってほしい!と麻美は思う。
父(源太郎)はNOZOMIと、借金返済、家族のためとはいえ戦ってはならなかった。家族の前で女の人に負ける姿は晒してほしくなかった。勝ち目のない試合だった。
兄も私との戦いで情をかけてはならなかった。本気なら私の腕を折っていたはずだ。
兄は妹に負けてはならないと思う。
麻美率いる山林寺女学園は、夏の高校野球予選で女子校ながら三回戦まで進んだ。
一回戦は男子校相手で8−2で勝利。二回戦は共学校だが相手は男子チーム、それを接戦の末6−5でサヨナラ勝ちした。
麻美は打倒男子チームを目指しながらも、心の中で “君ら男の子だろ?このままじゃ女の子のチームに負けちゃうぞ。 しっかりしなさい!” という気持ちもあった。女子校に敗れた男子チームの屈辱で泣きじゃくる姿が忘れられない。
“男子が女子に敗れ屈辱を感じるのはその根底に差別意識があるからよ”
そんな山吹望の言葉を “そうかしら?その気持ちは男子として、とても大切ななことじゃないかしら” という考えに麻美は変わってきた。それでも、女子校野球部が男子チーム相手にどこまでやれるか? そんな可能性を試す今の仕事が生き甲斐なのだ。
その後、久しぶりの再会だったので、麻美はシルヴィア滝田、嶋原(旧奥村)美沙子、榊枝美樹の4人で女子会、寿司ランチをすることになり旧交を温めたのである。
「ところで奥村、、いや、今は嶋原さんでしたね? 年内でスクールを退校するそうですね? お疲れ様でした。ご主人のダンさんはお元気ですか?しばらく会ってないな」
「うん。私のあとは桜井姉妹が素晴らしい指導者になると思うから安心。私は年末格闘技戦でアカネが鞍馬友樹さんを破るのを見てから退校ね。主人は相変わらず元気。
麻美もたまには遊びに来てね。主人も喜ぶと思うわ。それより、麻美は結婚しないの? もう31になったんでしょ?」
苦笑いを浮かべている麻美に榊枝美樹がチラッと視線を送る。麻美と美樹の過去のことはふたりだけの秘密。
麻美はシルヴィア滝田に目を向けた。
「植松あかねっていう子。一目見ただけで この子は強いって感じたわ。さすが植松拓哉さんの娘さん。年末の鞍馬友樹さんとの試合は勝算ありそうですか? それと、奥平美由紀っていう子もただならぬものを感じたの。本物の天才だって…」
「アカネも美由紀も、のぞみさんや麻美と同じ。アナタは女豹だけど、アカネは女王蜂、美由紀は蜘蛛娘。その源流は雌蛇ことNOZOMIさんだけどね。でも、アカネが挑戦する鞍馬さんは強すぎる。女子にあんなのと戦わせて大丈夫かしら…」
シルヴィアは不安そうにそう言った。
その夜。
麻美は実家である「源流」に行くと、継父今井壮平、母佐知子、兄龍太&瞳夫妻、甥瞳太郎の家族6人で食事会をした。
もうすぐ秋。
つづく。
次回更新は来週末予定。
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