SF小説『天使の眠る星』4章
4章
ステラは、ぼくの部屋に置いてあった家族写真も見た。両親とぼくとエリンが映った、古い写真だ。
エレンジ色の屋根を持つ白い家、緑の木々に囲まれた庭、父が作ったブランコ、母が丹精した花壇。問われるまま、事情を説明する。ステラはどうやら、理解してくれたようだ。
「これ、エオンの家族。これ、子供の頃のエオン。これ、エリン。エリン、もういない」
「そうだよ。二十年以上も前に、いなくなった。最初、きみがあんまりエリンに似ているので、驚いて……いや、勝手に似てるなんて思って、ごめん。でも、これも何かの縁なのかもしれない。こんな遠い宇宙で、こんな風に出会うなんて」
「えん、何のこと」
「あー、そうだな……不思議なつながり? 大事な関係……? うーん。何て言えばいいんだろう」
テーブルや椅子は、その物体を示せば済むが、抽象概念は説明が難しい。
しかしそれは、教育者や言語学者が助けてくれるだろう。世界中の学者が、ステラを研究したがる。こうしてぼくが世話役を務められるのは、今のうちだけだ。
「関係、ステラ、わかる。あなたとわたし、関係ある。わたし、あなたが起こした」
「えっ?」
「エオンが、わたしのこと、起こした」
話が勘所に向かいそうなので、慌てて身構えた。ステラがどうやって冬眠から目覚めたのかは、まだ確認できていないのだ。息を整え、慎重に尋ねてみた。
「この船を、きみの冬眠カプセルが探知したんだろう? どんなメカニズムが働いたのか、わからないけど。きみのカプセルが、きみを起こしたんじゃないのかい」
「カプセル、わからない」
「カプセルは、入れ物のこと。きみが寝ていた、岩の寝床だよ」
「岩の寝床は、わたしが選んだ。布団、欲しかった。宇宙は寒いから」
宇宙は寒いって!?
それは、恒星の近傍でない限り、もちろんそうだが。あの岩塊を、布団と表現したのには驚いた。いや、ぼくが寝床と言ったせいか。そういえば、あのゼリー状物質は、断熱性があったのかもしれない。あれなら毛布と言っていいのかも。
ただし、ダンディが分析しようとしている間に、蒸発して消え去ってしまったから、ゼリーの性質は未確認のままだ。密閉容器に保存しておいた分も揮発してしまい、容器内には普通の酸素や二酸化炭素、窒素、水蒸気などしか検出できなかった。ステラには、謎が多すぎる。
「わたし、ずっと寝ていたけど、あなたの声、わかった。あなた、話してた」
ぼくはまじまじ、ステラを見た。岩の中にいたステラが、ぼくの声を……どうやって聴いたというのだ。
「きみは、ずっと寝てたと言ったよね……戦争が終わってから、長いこと寝ていたと」
何十万年か、ことによったら何百万年も。
「寝てた。すること、なかったから。でも、目が覚めた。あなたの声、聞こえたから。わたし、エリンのこと見た。こういう髪。こういう顔してた。だからわたし、エリンの姿になった」
ステラは自分の姿形が、エリンの姿を引き写したものであるかのように言う。まるで、テレパシーでも使えるような……
いや、そうなのか!?
真空の空間を隔てていながら、ぼくの心の声を聞いたから、そしてエリンのイメージを感知したから、その通りの姿を選んで復活したと!?
ステラは真剣な顔で続けた。
「エオン、ずっとエリンに会いたい……エリンが好き……だから、今はわたし、エリンの姿。でも、わたしの元の姿、違う。わたしを創った人たち、あなたの種族と違うから」
愕然とした。ステラは、ぼくの仮説を覆そうとしている。ステラの種族は、人類とは全く別種なのか!?
他人の心の声が聞こえ、なりたいと願った姿になることができるのなら……それは確かに、人類の理解を超える存在だ。
「わたし、武器。人の願い、かなえる。そのために、生まれた」
待ってくれ。理解が追いつかない。ステラがいったい、何の武器だというんだ。
するとステラは、遠くの声に耳を傾けるかのように、首をかしげて言う。
「わたしを創った人たち、ずっと戦争してた。戦いのため、わたしを創った。わたし強いから、たくさん戦った。そして、敵を滅ぼした」
強いって、どう強いんだ。今のきみは、ただの女の子……
いや、これは仮の姿であって、本当は、もっと恐ろしい怪物なのか。どんな姿でも、誰かに望まれるままに、変身しうるのか。
「でも、敵も強かった。敵も兵器、作った」
何だって。
それは……ステラに対抗する最終兵器だったのか。
「わたしたち、最後まで戦った。わたしと、ライバル。ライバル、合ってる?」
「あ、ああ、ライバルだね。わかるよ」
「わたしたち、陸でも、海でも、空でも戦った。地震おきた。津波おきた。星も砕けた」
それはもしや、衛星のことか。戦いの余波で砕けて、母星を取り巻くリングになったのか。
「わたしは敵、たくさん殺した。敵はこちらの人たち、殺した。そのうち、敵も味方も、みんないなくなった。だから、わたしたち、役目終わった。もう、戦争ない。ライバルも、消えた。それから、ずっと寝ていた。エオンが来て、起こしてくれるまで」
つまり……このステラが究極の戦闘兵器で……同類の兵器もいて、激しく戦って……ついには敵も味方もみんな滅ぼしてしまい……役目を終えたから、休眠していたというのか。
ずっしりと重いものを載せられたようで、肩が下がる。ついにはうなだれて、頭を抱えてしまった。どうしたらいいんだ。とんでもないものを目覚めさせてしまって。
ステラの言葉を疑う理由はない。一生懸命、使える限りの言葉を駆使して、ぼくに文明の滅亡を語ってくれた。そして今は、ぼくの反応を心配そうに見守っている。
ステラはぼくの心が読める……だから、嘘は無意味だ。それどころか、有害だ。正直に向き合うしか、ステラと付き合う方法はない。
「教えてくれて、ありがとう。ぼくの心の声がきみを起こしたなんて、知らなかったよ。妹のことを考えていたのは、いつものことなんだ。きみは、ぼくの心が読めるんだね……」
ぼくはこれまで、ステラに、人間の醜さや、よこしまな男の欲望を見せてはいなかったか? くそう、何てことだ……最初にステラに服を着せた時……風呂の入り方を教えた時……つい、雄の本能が発動しそうになって、慌てて気をそらせたが……あれはステラには、どう受け止められていたのだろうか。
「エオン、悲しい?」
心配そうに問われたので、急いで首を横に振った。
「ごめんよ、そうじゃない。ただ、驚いて……」
ステラは真剣な目をして、言葉を続けた。
「わたし、人の心、わかる。そのように、作られた。人の願い、叶えるのが仕事。あなたの願い、妹と暮らすこと。だから、わたし、あなたといる」
しばらく茫然として、ステラの可憐な顔を眺め続けた。邪悪な考えを反映すれば死の天使になり、優しい考えを反映すれば、こんな可憐な生き物になるのだとしたら……
人類には、ステラと接触する資格があるのか!?
自分が今、重大な岐路に立っているという認識が芽生えた。このステラは、数百キロの彼方からぼくの心を読んだだけで、自分の姿を作り変えることができたのだ。外見はおろか、細胞レベルまで完璧に。それだけで、現在の人類の科学水準をはるかに超えている。今の人類に、このステラが制御できるのだろうか。
いや、そうではない。人類は、ステラに生存を許してもらえるのか。
遠からず調査チームが来たら、彼らだってそれぞれ、願うことがあるだろう。ステラが大勢の願いに心を引き裂かれたら、どうなるのだ。ねたむ心や、いがみ合う心に影響されて、破壊神になってしまったら。
「エオン、ステラのこと、嫌いになる?」
妹そっくりの顔に問われて、はっとした。しっかりしろ、エオン。ステラに不安な思いをさせてはいけない。
「嫌いなはずがない。きみは……きみは、何も悪くない」
ステラはただ……役目を果たしただけだ。鏡としての役目。
「わたし、誰もいなくなって、困った」
ステラは眉を曇らせて言う。
「戦うの、つまらない。ずっと眠るのも、もうつまらない」
そこで、ぱっと明るい笑顔に変わった。
「それより、エオンと一緒にいて、ケーキを食べて暮らすのがいい。アニメも見る。もっとたくさん。絵本も好き。ステラもお絵描き、上手になりたい。エオンといると、楽しいこと、たくさんある」
そうか。少なくとも、ステラには自分の意志があるのだ。楽しく生きたいという意志が。
それならば、これから時間をかけて、兵器から人間へと育てればいいのでは……
いや、待て。そうではない。
高度な文明が、無邪気な殺戮兵器を生み出してしまったのだ。人間もまた、ステラには害になる。
今の人類を見よ。市民社会と違法組織に分かれて、互いに互いを非難しているではないか。市民社会は建前ばかりで硬直している、違法組織は野蛮だ、身勝手だと。そして、銀河を二つの領域に分けてしまった。
もし、市民社会でステラを、違法組織を滅ぼすための武器にしようとしたら。違法組織がステラを、市民社会を支配するための道具にしようとしたら。
とんでもないことだ。悲惨な結果になることが、見えている。
地雷原に踏み出すような気持で、尋ねてみた。
「ステラ、教えてくれないか。きみは、どうやって戦うの。今のきみは、ぼくより力が弱いだろう?」
すると、青い目の娘は、生真面目に言う。
「わたし、人の心に呼びかける。死ぬ、殺す、戦う、何でもさせられる」
敵の心を操る能力なのか。
真空の宇宙空間を通してぼくの心が読めたなら、敵の基地内にいる司令官の心も読めるだろう。司令官の意志と、逆のことをさせたらどうだ。司令官が間違った命令を出せば、軍隊は壊滅する。
途方もない力だ。ステラが人類社会に危険視されて、凍結処分や、廃棄処分にされるという未来も頭に浮かぶ。
いや、そんなことは考えるな。そんなことにはさせない。とにかく、まずは事実関係の確認だ。
「それじゃあ、きみのライバルも、そういう力を持っているんだね」
ステラは首を横に振った。違うって?
「×××は、速いの」
主語が聞き取れなかった。
「何が速いって?」
「エオンには、聞こえない。発音できない。その名前、エオンの言葉なら、稲妻だと思う」
ステラの種族の言葉は、人類には聞き取りも発音もできないから、あえて使わなかったのだろうか。
「じゃあその、稲妻……それはやっぱり、岩のリングのどこかで眠っているのか?」
「違う。たぶん、地上のどこか」
その時、ダンディが声をかけてきた。
「エオン、注意を喚起します。複数の超空間転移反応があります。星系外縁に七……十……十五……二十まで確認しました。コード発信はありません。所属不明艦隊です」
慄然として立ち上がった。もちろん、待っていた調査チームではない。それには早すぎる。
「違法組織か!!」
『天使の眠る星』5章に続く
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