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vol.9 大神神社

 大きな鳥居を前に、足がすくむ。

「なんか緊張する」
「はじめてなんだっけ?」
「私は二回目~」

 私を挟んで、友達2人は実に楽しそうだ。

「そうだけど、霊験あらかたっていうじゃん!」
「霊感ないじゃん」
「関係ない、関係ない」

 右そして左から聞こえてくる声に、不安は掻き消された。そのかわり、気分が落ち込む。
 何ヵ月も前から計画していた大神神社参拝。1時間半かけてたどり着いた場所は、思ったよりも奥地だった。鳥居を潜る。今から山の中に踏み込むような、緊張感。自然の中、砂利道を進む。参道は広く、長い。緊張に口数が少なくなった私をよそに、2人はとても楽しげに会話を弾ませていた。頭上で繰り広げられる会話に、私は一切入り込めない。
 徐々に解けてきた緊張に、回りを見る余裕がでてきた。
 古札所なるものを通りすぎ、さらに奥へ進む。

「お守り、持ってくれば良かった」
「やっと喋ったね」
「怖がりすぎでしょ」

 静かな参道に、美優の笑い声が響く。美優は女子にしては身長が高く、低身長な私と10センチ以上の身長差があった。見上げ続ければ、首が痛くなる。だけど頭上で笑い声を聞くのも、本当にバカにされている気がして腹立たしい。笑い声を払うように頭上をはたいている間に、頂上に着いた。ここに来て私と朋子は、若干疲れていた。バレー部の美優は息切れひとつない。
 さらに石畳を進み、拝殿の前に並ぶ。茶道部である朋子の姿勢のよさを見習って、少しずつ背筋が整いだしたお辞儀。最近は気持ちが引きずられるようになって、少しだが心が落ち着くようになった。これで手を合わせる頃には息は調わないまでも、さっきまでの笑い声を忘れることができるようになった。

「御朱印もらってきて良い?」
「私、おみくじ引きたい」
「稲荷神社に参拝」

 参拝を終えた私の提案に、朋子と美優が言葉を重ねる。
 石畳から反れたスペースで、睨み合い、笑い合う。

「じゃーんけーん」

 私の掛け声に、三者三様、拳を突きだす。そして、振り下ろす!
 グー、グー、パー。

「よっし、出発~」

 私と朋子は顔を見合わせて、意気揚々と先導する美優に、仕方なくついていった。少し進んだところで、朋子の足が止まる。 

「なんか、この木、賽銭箱あるよ?」
「ほんとだね」

 言葉につられて、美優の足も止まる。

「お稲荷さま~」
「ちょっとくらい良いじゃん!」

 ごねる美優を横目に、私と朋子は大きな樹木に近づいた。樹木にはしめ縄が巻かれている。

「なに祀ってるんだろ?」
「白蛇様だって」

 朋子は木の板を指しながら教えてくれる。そこには巳の神杉と書かれていた。木の囲いの外には簡易な棚があり、そこには卵が数個、お供えされている。その奥に賽銭箱があった。よく気づいたものだと思う。
 ご神木にむかって3人居並ぶ。一礼して、5円玉を納める。横で美優がお財布を広げた。

「5円玉足りるかなー」

 ぼやきと一緒に、小銭が引っ掻き回される音が聞こえた。

 二つの柱にしめ縄が吊るされた仕切りを抜けて、一度境内からでた。これが“他人に連れられて”なら不安で仕方がないような道中も、鼻唄でも歌いだしそうな美優が先陣をきっていたせいで呆れが勝った。「駐車場かと思うくらい車が多い」と会話するのも憚られるほど、陽気な雰囲気に当てられる。
 ちょっとした坂道を登ったところで、美優は足を止めた。稲荷神社にたどり着いたのだ。

「鳥居の間に曲がり角がある」
「結構離れたところにあったんだね」
「お稲荷さま~」

 朱色の鳥居を前に、美優は大きな体を広げた。実に嬉しそうだ。
 美優は私たちを振りかえることなく、一礼して鳥居を潜る。私たちは呆然とそれを見送った。

「本当、お稲荷さま好きだよね」
「なんで?」
「なんか、並んでる朱色の鳥居が好きなんだって」
「お稲荷さまじゃなくて!?」

 こじんまりとした稲荷神社に満足した美優が、戻ってくる。
 美優は立ち尽くす私たちを、首をかしげて見下ろした。

「行かないの?」
「行くよ!」

 吠えるように答えて、私は鳥居を潜った。後ろから「私もー」なんて言いながら朋子がついてきた。鳥居を抜けて、二人並ぶ。それで空間がいっぱいいっぱいだった。参拝を終えて、朱の鳥居を抜ける。お辞儀して心を切り替えると、私は朋子と向き直った。

「御朱印!」
「おみくじ!」
「狭井神社!」

 横から降って沸いた声。首がもげる勢いで、声の主を見やった。

「さっき勝ったじゃん!」
「ちょっとは遠慮してよ」
「いやだよ」

 舌をだしてまでアッカンベーをする美優に、悔しさで歯が軋んだ。朋子は責めるというより、仕方ないと子供のわがままを聞くような声音だ。軽く笑っているし。美優は絶対引き下がらない。もう分かっている。
 大人な自分を胸の奥から引き出して、私はしょうがなく拳を突きだす。

「じゃーんけーん」

 チョキの形で、振り下ろす。案の定、私と朋子は負けて、美優の一人勝ちだった。魂が抜ける思いだ。朋子は空笑いをして、チョキの形を保ったままの手を眺めていた。

「じゃ、戻るべ」

 頭の後ろに手を回して、美優は背伸びした。その背中を、朋子は見上げる。

「ほんと、強いね」
「なんで勝てないの~」

 私は小さい背をより小さくして、美優の後に続いた。
 来た道を戻り、本堂を横切る。こっちにも道があったのかと驚く私をよそに、美優は馴れた足取りで先に進む。足をとられそうになりながらも坂を下って、右に曲がる。また広い空間にでた。いや、本堂よりも視界が明るい気がする。感動している私をおいていく二人に気づいて、慌てて駆けよる。二人は右手にある社殿に向かっていた。

「狭井神社ってここ?」
「ちがーう」
「どうせなら、参拝していかない?」

 美優は難しい顔をした。きっと五円玉の心配をしてるんだろうな。気づいていながら、私と朋子は返答を待たずに、賽銭箱に向かって進んだ。唸る声と小銭がかき回される音を聞きながら、目を瞑った。
 美優を待っている間、朋子がなにかを見つけたらしい。

「なでうさぎだって」
「なにそれ?」
「なでる、なでる」

 いつのまに参拝を終えたのか、美優が一番に朋子の指した方へ向かっていいく。さっきの苦悶はなんだったのか、とても機嫌が良さそうだ。
 うさぎの像にたどり着くと、まるで本物のうさぎを可愛がるように美優は頭を撫でた。

「頭良くなーれ、頭良くなーれ」

 唱え始めた美優に、朋子はのった。

「腱鞘炎なおれー、腱鞘炎なおれー」

 小さな手を、朋子は撫でる。私は真剣に考えた。そして、うさぎの顔を撫でた。

「かわいくなーれ、かわいくなーれ」
「いや、それは無理だわ」
「治してほしいところだよ? さっちゃん」

 撫でる手を止めた二人と、目が合う。

「治してほしいよ! 顔面!」
「いや、治癒だから」
「頭よくなれも、治癒じゃないけどね」

 冷静に突っ込まれて恥ずかしくなって、うさぎの顔をこれでもかと撫で回した。
 飽きるまで撫で回したあと、美優に連れられて先に進む。砂利道を進み、社殿を横切り、脇にある階段まで進む。くすり道という石標を過ぎる。階段を上って、平地を進んで、また階段を上って。狭井神社に着いた頃には、私と朋子はゼェハァと息を荒げていた。

「階段多いね」
「文科部の体力のなさ、なめんなよ」
「先いくよ~」

 なのに美優は余裕そうで腹立たしい。美優は言葉通り、私たち二人を置いて、一人拝殿に向かう。私たちが拝殿に着く頃には参拝も終えて、脇にあった巫女さんが振っている棒を振っていた。参拝を終えて近づくと、美優は白い紙がついた棒を、元の場所に立て掛けていた。

「なにそれ」
「大麻。厄よけだって」
「じゃあ、私もやろうかな」

 朋子は横にあった説明書きを見ながら、大麻という棒を右へ左へ振っていた。私は美優と一緒に社務所に向かう。

「ね、お水売ってる」
「ほんとだ」

 お守りの並んだ横には、他の神社ではなかなか見かけない、ペットボトルのお水が売られていた。青いパッケージには、御神水と書かれている。

「買うの?」
「いや、向こうで飲めるはず」
「飲めるみたいだよ」

 美優と相談していると、厄よけを終わらせた朋子が戻ってきた。私は気持ちが高揚するのを感じながら、朋子が指した方、拝殿の奥へ向かった。そこには大きく丸い石が祀られていた。いや、祀られている、ように見える。石にはしめ縄が巻かれているし、雰囲気が。なんだか神社の清廉さが閉じ込められているように感じる。
 先に居たおじいちゃんが、なにやら自分で持ってきたらしいペットボトルに水を注いでいる。岩の台座には三つの蛇口がついていた。その一つを使って、おじいちゃんは三本のペットボトルを御神水で満たしている。

「持って帰れるの?」
「自分で入れ物持ってきてたら、確か」
「買わなくても良いんだね」

 美優につられるように向かった先には、マグカップが吊るされている棚と、水場があった。朋子から渡されたカップを一度水洗いしてから、御神水に向かう。一つの蛇口を三人で囲う。美優が終わるのを待って、朋子に先を譲って、自らの分を注ぐ。私を待ってくれていた二人に合流して、はしっこで三人揃って静かに乾杯した。

「喉が潤う」
「冷たいね」
「染み入るね~」

 喉を通る清らかさに、頬が紅潮する。その清らかさが全身に満ちるまで沈黙を堪能する。一杯を飲み干して、コップをなおしにむかう。徹底的に水洗いして、引っかけ棒に取っ手を引っかけた。
 水を飲みに来た人たちとすれ違いながら、来た道を戻る。社務所前で美優が立ち止まったので、私たちも足を止めた。それを見て、美優がにかっと笑う。 

「じゃーんけーん」
「なんの!?」

 美優の掛け声に、肩が跳ねあがる。

「登拝」

 戸惑いの眼差しで美優を見ていた朋子の目が、怒りに歪んだ。私も同意見だ。

「勘弁して!」
「運動部め!」

 ごねる美優をなんとか宥めて、私たちは大神神社の社務所に戻ることにした。

「休憩所あるって」

 最後の上り坂で、また美優は気を散らせる。

「え! 御朱印は!?」
「おみくじもだよ」
「じゃ、あとで行こ」

 大して疲れていなかったからか、美優はあっさり引き下がる。もしかしたら、明らかに口数が減った私たちを、気遣ってくれたのかもしれない。

「御朱印ココだって」

 坂を上りきったところで、美優が目ざとく御朱印帳の文字を見つけた。私はすぐさま鞄から御朱印帳を取り出す。

「あ、おみくじ向こうだ」

 朋子の声に、美優の足がむかう。

「ちょっと! 私もするよ、おみくじ!」

 置いていこうとする二人の背中に叫ぶ。

「しょーがないなー」
「待ってるよ」
「頼むよ!」

 帰ってくる二人に半泣きになりながら叫ぶと、二人は楽しげに笑った。こっちはなにも楽しくない。
 私は書いてもらうページを開いて、一人座るお兄さんのもとに駆け寄る。

「御朱印、お願いします」

 神社のお兄さんは笑顔で御朱印を受け取ってくれた。

「はじめてですか?」
「はい」

 にこやかな笑顔に気持ちが昂った。お兄さんの手元を見ていると、さらにテンションがあがる。リズムを刻みそうになる足をなんとか抑えながら、書き上がるのを待つ。

「お待たせしました」

 ちょっと離れた場所で私を待っていた二人に合流する。御朱印を見せてとせがむ二人にお披露目しながら、拝殿の脇にあるテーブルへ向かった。テーブルの上には、狭井神社にもあった大祓いの棒と六角系の木筒が三つ並んでいた。

「戦いはここから始まっているのです」
「なんの台詞?」
「さっさとフるよー」

 思い思いの木筒を持って、振る。横に降り、ひっくり返して上下に振った。何度目かで、質のいい割り箸のような棒が一本落ちてくる。

「え? この棒、抜けないんだけど!」
「抜くなよ。番号覚えてって書いてあるから」
「あ、ほんとだ」
「お前もかーい」

 美優は朋子にもすかさずツッコんで、社務所へと先人を切った。行儀良く一列にならんで、番号を告げる。おみくじを受けとると、見ないよう勤めた。

「せっかくだから、休憩所でみようよ」

 朋子の提案に、休憩所に向かった。休憩所には喫煙所があり、自販機があった。ポットやコップなどが用意された窓口もあったのだが、閉まっていて利用するには憚れた。並べられたテーブルには、年寄りの夫婦だったり、おばちゃんのグループが十分な空間を開けて座っていた。
 美優が自販機の前で足を止める。

「みて。アイスの自販機ある」
「ほんとだ! 美味しそう!」
「懐かしいね」

 私と朋子の顔をみて、美優が笑う。

「じゃーんけーん」
「いや、じゃんけんはやめて」
「え! 奢るのは良いの!?」

 制止の声に美優は口を尖らせた。

「じゃ、何で決めるよ」

 なぜか奢ることは確定された中で、美優は提案を促した。朋子と顔を見合わせて、二人で逡巡する。

「おみ、くじ?」
「良かろう!」

 朋子の提案に、美優は胸を張って答える。
 各々おみくじを取り出すと、両手で挟んで構えた。

「せーのっ!」

 響いた声に、一斉に開く。

「大吉!」
「小吉」
「末吉」

 美優は一人ガッツポーズを決めた。 

「まって! 中吉と末吉ってどっちが下なの!?」
「神社によって違うんじゃなかった?」
「調べよう、調べよう」

 二人でスマホを取り出して、我先にとググる。私が調べ終わるより先に、朋子のやった! という声が聞こえた。
 負け確定を、耳と目で確認するはめになった。

「私、チョコミントー」
「私はなんにしよかな」

 項垂れる私に、歓喜の声が届く。

「くそう!」
「席取ってるねー」

 ご機嫌な美優は大して混んでもない席を取りに行く。
 私は泣きながら、自販機に飲み込まれていく千円札を見送った。


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