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ときめく献立

今日は朝から突風が吹き
職場へ歩くにも、向かい風との戦いでした。

私は若い頃から、どちらかと言えば「朝型人間」でした。
なので、寝付きは悪いけれど
朝の寝起きは、とても良く
学生の頃は、起きてすぐ机に向かう事も、多々ありました。

今も、朝は得意な方ですが
やはり仕事が立て込んだり、寒暖差が激しい最近の朝は
寝床のぬくもりと
一緒に寝ているワンコの暖かさに、後ろ髪を引かれます。

お仕事を再開してから
家事分担を再構築したり
また、夫婦の出勤時間のズレなども鑑みて
平日、お互いに仕事がある時の食事は
「なるべく簡単に用意」という決め事となりました。

結婚した当初は、主人は家族の為に一生懸命働き
私は家事・育児全般を担当し、その合間をぬって仕事をしていました。

今、たびたび話題になる「ワンオペ育児」という認識もなくて
かといって専業主婦を選べるほど、景気も給与も上向いてはおらず
我が家のような兼業主婦は、けっこう多かったのではないでしょうか。

そんな頃も「ご飯を作ること」は、私の役割でした。
「得意な方が、得意な事をする」なんて
私は結婚前まで、親不孝にも家事をして来ませんでしたので
これは後付な言い訳になります。

ただ、上手か下手かは解りませんが
「ご飯を作ること」は
「自分以外の人に喜んで貰える事」として、私の近くにありました。

幼い頃、私は両親と祖母の4人暮らしでした。
そして仕事で忙しい母に代わって、料理は祖母の担当でした。

私は当たり前に3食、祖母の作るご飯を食べていましたが
母と父は、仕事が終わってから2人で
お酒を呑みながら、食事をしていました。

私が初めてお料理をしたのは、幼稚園の頃でした。
母は、具合が悪くて仕事を休み、朝から寝ていました。

そんな時、祖母が
「お母さんに暖かいうどんを作ったら、きっと嬉しいに違いないよ」と
そっと私に教えてくれました。

そして99%祖母の力を借りて、うどんは完成し
母の枕元へ運ばれて、祖母が母に経緯を話すと
そこには母の「驚いたような笑顔」がありました。

生まれて初めて自分が「人の為に作ったご飯」で
子供でも感じる「何かあたたいもの」を
母の中に見つけた時

たぶん私は、受け取った母よりも
自分の方が「あたたかな感情」を貰っていたのだと思います。

たぶんそれは私が、確かに感じた
「生まれて初めての幸せな感覚」だったのかも知れません。

人に何かをすることで、逆に自分自身が自然に
「あたたかな気持ち」になるのだと、感じたのかも知れません。

今、確かに「自分の役割分担」として食事を作るとき
仕事で疲れていたりすると、わずかに抵抗を感じる事もあります。

そして主人が、食事作りを請負ってくれる日は
3食で分断されない「まとまった時間」を、得たような気もします。

ただ、幼い私の中に根付いた
「ご飯を作ることは、人に喜んで貰えること」
という「幸せのひとつの形」のようなものは、今も深く残っています。

そしてまた、お料理を作る時は
その瞬間の心根が、伝わってしまう気がしますので
自然体で気持ちよく!

面倒と思う時は、面倒な味わいになってしまいそうなので
そんな時は賢く時短で、自分も許してあげて!

幸せを感じるハードルは、低い方が良いし
たくさんのアンテナを持っていた方が、良い気がします。

少し頑張って仕事をして
少し頑張って家事もして
粗末でも、丁寧に、ご飯を作って
笑顔で食べられたなら
そして自分以外の誰かをも、笑顔にできたなら
それは、今の私にとって、大切な幸せの感じ方です。

風が強くて寒い日に
「今日は何か、温かい物を作ろう!」と
ふと思える事に感謝です。



ギャラリーからお借りしたのは
大好きな「hoho」さんの作品です🌷ありがとうございました






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